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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第5章:月の裏側
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かけがえのない妹へ

 デトラスが消えると同時に、地面に広がっていた闇も消えて身体の自由が戻り、リマとアレフはディアンに駆け寄った。


「大丈夫!?」

「どうしよう、オレ……アルテミスを!!」



 皇女へ振り向くと腕の中で気を失っている姫に、シルフィが治癒術をかけている。おぼつかない足取りで近づいてくるひとりの男性がいた。


「ステラ……?」

「アーノルド殿下!!」

「あなたは、シルフィ様…それにバウエル公爵?どうして…?」


 皇子アーノルドは状況に着いていけずに茫然としていた。行き場を失った両手が宙をさまよっている。混乱が起こると周りの皇帝を含め貴族階級のものは我先にと避難しており残ったのは彼ぐらいだ。

 父が、真っ先に娘を切り捨てた事実に思考が追いついていかない。そんな状態の皇子にも特に気にかけなかった様子。


「息はある。でもコアの状態が……!」

「レイラさん、これ!!」


 リマが拾ったムーンストーンを差し出す。そこに光はもう見られなかった。


「おかしい。精霊の子には覚醒状態になる前でも多少なりとも魔力があるはず」

「ムーンストーンを握らせてみてはどうでしょう?」


 シルフィの提案にレイラは頷くと動かない皇女の手のひらにムーンストーンを握らせた。すると手の中の石から皇女の全身が淡く光だした。



「なんだ!?」

「これは…!!」


 そのまま皇女の身体がふわりと浮き上がり、目を閉じたまま直立して口を開いた。


『やっと巡り会えた。わたくしを継ぐ者……』


 声が重なるように聴こえるその現象をレイラは知っている。以前プールに落ちたリマが同じような現象になった。その身体を使って言葉を放ったのは確か___


「精、霊?」

「なにが起きてるんだ、トールの皇女が精霊の子??」

『ですが、わたくしの望んだ形ではありません。人間でいう長い間、わたくしたちは離れ離れでしたから』

「……セレーネなのね?」


 『彼女』はゆっくりと目を開き、少しだけ眉を寄せて悲しそうにそう言った。


『その通りです。どうやらこの娘は魔力が欠乏しているようですね。このままでは命を落とします』

「ステラは!?妹はどうなるんだ!?」


 妹の身体を借りて喋る得体の知れない存在に混乱しながら、皇子は必死に望みに縋る。そんな彼の様子を認めてから、ゆっくりとあたりを見渡してある人物を認めると目を細めた。


『ソエルの…あぁ、会えてよかった。大丈夫、彼がいればこの娘がすぐに死ぬことはないでしょう』


 と柔らかい声をディアンとアーノルドへ向けた。


『ソエルの石を持つ者よ。暫くはあなたに任せます。魔力が切れます……そろそろ時間です』

「待ってくれ!!オレは…、オレはあなたの守護者を…!!!」


 守護者というものをディアンは知らない。アレフが話していたのを聞いたことはあるが、ソエルの守護者でさえ見たことがないのだ。

 アレフの話から察するに、精霊にとって大切な存在のはず 。それを自分は奪ってしまったのだから。


『あなたが照らすからわたくしたちは輝けるのです。どうかそれを忘れないで……』


 それだけ言い残すとセレーネが皇女の中から消えたのか、光がおさまった。糸が切れた人形のように崩れる体制をアーノルドが抱え上げた。


「……君たちに話がある。頼む。一緒に来てくれ」


 背を向けたまま震えた声でそう言った。怒りではない。何か違うものをリマは感じた。


*****


 皇族のみが知る道を通って皇子に案内されたリマたちは、一通り事情を説明した。ベッドに寝かせているステラを一瞥するとアーノルドは口を開いた。


「なるほど……しかしそれが妹に起こっていることは信じ難いが……」

「妹君が精霊の子だと?」

「……いま考えてみれば筋は通る。六年ほど前だ。一部の関係者にポーラのことが公表された。ステラの体調に変化が表れたのは同じ頃。でも生まれてから今まで一度もステラは魔宝石を身に着けたことがない」

「おそらくコアの欠乏が始まった時期だったのでしょう。アルテミスの話を聞くに、月の精霊に魔力の自己供給は難しい。それを補っていたのが、彼」


 重たい空気のまま話をするアーノルドとレイラが、ぐったりとした皇女の手をベッドの脇で握って集中しているディアンの方を向いた。


「光の精霊は二対一体の精霊。あの子たちが幼くして出会っていたのも必然だったのかもしれないわ」



 レイラの指示通りに応急措置で魔力提供をしているディアンの後ろから、他の精霊の子たちは不安気に様子を伺っていた。


「ディアン、しんどくない?大丈夫?」

「ああ……」

「トールは自国のお姫様を教会に売ったのか」

「……なぁ。守護者っていうのは他の精霊にもいるのか?」


 握っている手を見つめながらディアンがポツリと呟いた。


「僕は会ったことないかな。ノームにいるのは知らないな」

「私も無いですね。イグニスさんに会ったのが初めてです。何かあったんですか?」


 シルフィの問いかけにディアンは表情を強張らせた。繋がれた手から魔力の揺らぎを彼らは感じ取った。


「オレが魔法陣の魔力を断ち切るのに使ってた剣……アルテミス自身だったんだ」


 消え入りそうに震えた。仲間の息を呑む音が聞こえる。


「何も出来なかったオレに力を貸してくれたんだ。でも!!……壊れるなんて、思ってなかった」

「俺たちがアルテミスに会った時から、あいつの魔力がほとんど無かった。おそらくギリギリだったんだな。月の精霊が元通りになれば、守護者は自ずと魔力を回復して実体を取り戻せる」


 今はあいつを休ませてやろう。そう言ってアレフは後悔に苛まれていたディアンの肩に手を置いた。ディアンは深く息を吐いて少しだけ息がしやすくなった気がした。



「妹は、これからどうすればいい?」


 精霊に生まれ変わるのか?と、アーノルドが重たい口を開いた。


「どのようにそうなるのかは、ここにいる誰一人わかっていないんです。ただ、今の彼女の状態ではそれも不可能でしょう」


 レイラが静かにそう言った。


「医者として、研究者として言わせてもらえば、“精霊の子”は極めて特殊な体質の持ち主です。本質はマナフィラーに近いと私は踏んでいます。ただ、あまりにも情報が少ない。此処での私たちの目的が済んだら、マナフィラー研究の権威に会おうと思ってました」


 彼らの治療のために。とレイラは視線をシルフィとレムに移した。おそらくこの二人は身体の一部に感覚が無い。シルフィは全身に広がりつつ記憶障害を起こしているし、レムは今まで増幅器を着けられていた左腕にそれぞれ不調が生じている。


「治るのか?」

「コアや魔力の提供は相性や耐性が関わっているので一概に言えませんが、ディアンがいれば問題はないと思います」

「そうか。では……」

「殿下!?」


 そうレイラが言い切ると、アーノルドが突然跪いて頭を下げた。その場にいる全員が驚愕している。


「頼む。ステラをここから連れ出して欲しい。父上は…あの人は、自分の娘を売ったんだ。何も知らないまま裏切られていたなんて、酷すぎる。精霊に生まれ変わることが避けられないことだとしても、ステラには知る権利があると思う。足手まといになるかもしれないが、連れて行ってくれないか?」


 目の前で捨てられた。自分の妹を。家族を。

 たった一人の命で大勢の命が救われるなら、立場上その決断を出さなければならない。それが血の繋がる家族だとしても切り捨てる必要がある。

 その判断を皇帝は一瞬でしたのだろうか。あの人は自分の娘を差し出す覚悟があったのか。何かがおかしい。


「しかし…」

(ここ)にいたら、きっと…‼︎」


 声が震えた。一国の皇子が頭を下げて懇願する。顔は確認出来なかったが、それが全てを物語る。その光景に気圧されて暫く重たい沈黙が広がった。


 沈黙を破ったのは、金属がぶつかる音。ディアンが立ち上がった音だった。


守護者(アルテミス)の願いも最後まで叶えられなかった奴が言うことじゃないかもしれない。でも守ってみせます。精霊の子だからとか関係ない。騎士として……オレはこの人の盾になりたい」


 意志の込められたコバルトブルーの瞳をアーノルドはしっかりと見た。かつてステラと遊んでいた少年はランティスの騎士となって再びこの城に現れた。

 彼が何も言わずにトールを去って、ステラがとても悲しんでいたのをアーノルドは今でも覚えている。いや、今でも引きずっている、という方が正しい気がする。もちろんアーノルドとも親しかったため、風の便りでくらいしか彼のその後を知らなかった。

 体つきも声も変わって、風格は騎士のそれ。ただ澄んだ朝空のような髪色は変わっていなくて安心する。


 膝をつく皇子様の手をぐっと握って、ディアンはアーノルドを立たせると、今度は自分が跪いた。


「妹を任せてもいいだろうか」

「仰せつかりました。剣に誓って、我が身をもって主を守ります」

「……ありがとう、頼んだぞ」

第5章:月の精霊の編 了

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