烟月-エンゲツ-
どよめく会場の貴族席が突如光り出した。先ほどまで目先で輝いていた青白い光の魔法陣が貴族席の足元で展開したのだ。それは皇女を軸にして陣の広がりに合わせて外野を排除した。真横に居た皇子や側近が弾き飛ばされる。
「ステラ!?」
「お兄さま!!」
魔法陣から突き上げる光の壁がステラを周囲から隔離した。驚く周囲の中いち早く反応した兄皇子であるアーノルドが必死で壁を叩くがビクともしない。
「くっ!どうなってるんだ?!教皇を呼べ!!儀式を中し……!?」
「うろたえるな」
拳を叩きつける皇子の手を、皇帝が制した。
「父上!?」
「儀式は続行だ」
異変の起きている娘の方を一瞥もしないまま、皇帝は教会の関係者へ指示を出す。
「そんなっ、ステラはどうなるんだ!?あなたの娘なんだぞ!?」
「その言葉をアーネスト公爵にも言えたのか」
「!!」
「お、にい……さ……」
冷水を浴びせる皇帝の一言に、喉が縮まり皇子の表情が引き攣った。普段見ていた父親はこんな人だっただろうか。頭が回らなくなって二の句が全く出てこない。その一瞬で、姫の琥珀色の瞳から生気が消えた。
「ご協力頂き感謝します。陛下、殿下」
「デトラス殿、」
ぬっと陰から出てきたデトラスは、深々と頭を下げてそう言った。
「一体…これは!どうなって?!」
「落ち着いてください殿下。ポーラ様の協力を経て、ようやく復活するのです。月の精霊が」
アーノルドがステラを見ると、祭壇の上のポーラとは光で繋がっているようだ。双方ともに意識はない。
「まさか、ステラは……?」
***
「嘘だろ…?月の精霊の子はポーラ・アーネストじゃなかったのか?」
『消えちゃう……お姉ちゃんも、僕も。魔力が、無くなっていく……』
目の前の状況に茫然としたディアンに、アルテミスの声が響く。
「待て!消えるな!!」
剣を鞘から抜きながらポーラの前へ行くと、最前列の民衆から悲鳴があがる。遠くで教皇騎士団が武器を構えるのが見えたが、それより早く辿り着ければいい。教皇騎士団に魔法剣士はいない。魔術による攻撃の可能性は低い。
(とにかく、魔力の繋がりを絶つ!!)
ディアンは魔術で高速移動をしてポーラの元にたどり着いた。
「貴様何者だ!?」
「セレーネ様を守れ!!」
(これが魔術か……周りが遅く見える……)
ディアンの魔術はほとんど即席の会得だ。術を発動させるより魔力を何かに付与する感覚の方が先に身についた。光属性は身体に付与することで移動速度が上がる。向かってくる教会関係者や騎士団の攻撃がスローモーションのように映っている。
訓練中にうまく攻撃がハマった時の感覚が蘇ってきて、かわす度に余裕が生まれたのは一種運のことで、ふと呼吸と共に自分と周りの速度のズレが戻ってくる。
ぐっと足を踏み込んでぐらつきそうな視界にギリギリで耐えながら、魔法陣から伸びる一筋に向かって剣を振り下ろした。しかしそれは金属同士がぶつかる鈍い音で阻まれた。
「邪魔をするなよ、いいところなんだから」
「!!」
ディアンの釼先が捉えたのは、光の筋に滑り込むようにして現れたデトラスとナイフだった。細身のナイフでディアンの受け止める尋常ではない力に刃同士が震える。
「この人たちに一体何をした!?」
「見ればわかるだろ?月の精霊が蘇るんだ」
「っ…!月の精霊になるのはアーネスト嬢のはずだ!」
「あれはフェイクだ」
「!?」
一瞬の気の揺るぎにデトラスは手首を捻って剣先を弾いて、ナイフの数を増やしてディアンに向かって投げる。間合いを取らざるおえなくなったディアンが後ろに退くと、リマたちが前列に出てきた。
「ディアン!」
「あーもう、待ってってば!」
リマたちが声をかけるやいなや、ディアンは特に反応せずに追撃のために地面を蹴った。レムが後方で詠唱に入り、前衛組が標的へと走り抜ける。
再びデトラスと真正面から対峙し、金属がぶつかった音が不協和音を生む。
「フェイクとはどういうことだ!!」
「そのままの意味さ」
ニヤリと口の端を上げたデトラスの足元に水の塊が飛び、退いた地面が変形し、棘のように伸びてデトラスが距離を取った。




