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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第5章:月の裏側
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月の出

「おい、まだなのか?」

「そろそろでしょうか」

「あ、浮くなよ。バレるだろ」

「浮いてませんっ」


 いつもの黒いフードを被ったアレフが、ローブで翡翠色の髪を隠したシルフィを上から片手で押さえつけた。民衆のはやる気持ちが伝染して居心地が悪い。


 (『なりたくない』と思った私は、卑怯者なのでしょうか……)


 ギュッと両手に力を込めて色が白くなるほど強く組む。その様子を見ていたアレフは彼女の細い手首を掴んでそれを制した。


「跡になる。やめておけ」

「……アレフ?」


 アレフはそのままシルフィの片手を奪って自分の右手首へ導いた。抑制器_ガントレットの無機質でひんやりとした感覚が伝わる。同時に人肌に近い温度が指先を掠った。ガーネットだ。

 火の精霊の子の証であるそれは、ほのかに暖かい。弱気になっていた気持ちを払うように指先から温もりが伝わってきた。


「余計なこと考えてると、またレムに怒られるぞ」

「……優しいですね」

「は?」

「私には優しい仲間がたくさんいます。幸せです」

「別に俺は……」

「優しいです、あなたは。そしてレムも」


 恐らく彼はガーネットの効果を知っている。

 シルフィも物心ついたころから不安を感じると無意識にオパールを触っていた。今はそれでも足りなかったのだろう。

 宝石がなぜお守り代わりにされているのか。この迷信は精霊の力が籠った特別な宝石である魔宝石においてはまごうことなき事実として発揮される。『魔除け』や『運気向上』、『健康』『気のやすらぎ』まで、それは大きな意味を持って効果をもたらすとシルフィは思う。

 アレフの厚意ににシルフィはガーネットを慈しむように触れて感謝した。




 集まった群衆の興奮と好奇で落ち着かない空間で教皇がすっと手を挙げると、水を打ったような静けさが会場に訪れた。

 まずは舞台の奥の方に設置された王座に皇帝とその一族が着席した。四家の貴族を中心に貴族院の重鎮や当主たちがぞろぞろと来賓の席に並んでいく。貴族たちの入場が終わると、臙脂の長い絨毯が敷かれた奥の方から華美な装束に身にまとったポーラ・アーネストが、神官のローブに身を包んだ人間に恭しく手を引かれて現れた。

 神官は全部で四名。容貌からしてまだ対峙したことない最後の神官のようだ。

 祭壇へ続く数歩の階段の前でポーラは神官の手を離し、ゆっくりと教皇の待つ祭壇に登っていく。そのまま教皇の前に出ると、魔法陣の中心で跪いて手を組んだ。



「精霊の証を持つものよ。汝に問う。人間としての枷から解放され、真の精霊として生まれ変わる覚悟はあるか」

「はい。もちろんです」

「ならば、その枷を解き放て。祈りを捧げよ」


 教皇の言葉にポーラは目を閉じて祈りを捧げた。右手のムーンストーンが輝くと同時に、足元の魔法陣も光り出す。



「闇夜を照らす聖なる光よ。古の盟約のもと、我が身に宿れ。その御名をもって蘇れ」


 淡く光っていた魔法陣から突き上げるような青白い光が放たれ、ムーンストーンから溢れる魔力に比例するように地面が鳴った。

 民衆から感嘆の声が上がり、貴族の方も食い入るようにその様子を見ていた。


「これ、全部あの娘の魔力なんですか?」

「……いえ、おそらく魔宝石のよ」


 リマの問いにレイラは眼を凝らしてコアを視た。

 人間といえど精霊の子ならば、魔宝石を触媒として魔力が使えるため多少なりとも本人のコアが消費される。すでに体内でコアが飽和状態だったリマがいい例だ。

 つまり石の魔力と術者がひとつになるはずなのだが、その融合が視られない。むしろレイラはぶつかり合う複数の魔力を感じていた。


(どちらも属性は光。月の魔力はとりわけ希少……でも何かしら、この違和感は)




「様子はどうなの?」

「やあ、イヴ。お疲れ」


 儀式を脇から見ていた神官のひとりであるイヴが珍しくデトラスに話しかけた。


「オレにはエルフのような能力はないからなぁ~。不快に感じる光の魔力がでかすぎ!という所見しかできない」

「役に立たないわね。聖堂も破壊してシルフも取り逃がして満足に仕事もできてない自覚はあるの?」


 はぐらかしたデトラスに目線は向けないまま彼女は淡々と嫌味を放った。


「さっすが『氷の女』と名高いイヴだねぇ。この儀式の魔力集めに貢献したオレにそんな態度取っちゃうの?」

「ふざけないで。耳障りなのよ、その『声』」


 デトラスはイヴの背後から彼女の耳元にゆっくりと顔を近づける。すると視界の端に銀色に光るものが映った。服の袖から隠していた刃物をデトラスの首に突きつけてイヴは溜息を吐いた。


「あー怖い。ここまでオレの『声』に靡かない人間の女は初めてだよ」

「本当に厄介……いえ、利便性の高い能力ね。“相手を虜にする声”だなんて」

「お褒めに預かり光栄です」

「質問に答えて」


 無遠慮に顔を近づけて耳元で喋るデトラスの顔を手の甲で払うとベチンと音が鳴った。

 魔族の中でも高等種に属されるヒト型は、魔術を施行する能力はもちろんのこと、個体ごとに特別な能力を備えているモノがいる。

 何の因果か神官に任命される時に集められた者の中に、人ならざるモノが紛れこんでいた。否、あえて彼らが選ばれていたのだ。教会は目的のためなら手段は選んでいられないらしい。

 デトラスと名乗った魔族の男は、諜報に秀でた「個体」のようで相手を意のままに操る能力を持つのだとか。特に自分と異なる性別の生物には効果が倍増するのだそう。耐性の薬を飲んでいるイヴからすれば耳障りなことこの上ない。


「ま、今回は限りなくホンモノに近いからな。試す価値はある」

「確率は?」

「五分五分だな~。成功したら勿論のことだし、失敗しても『罠』くらいにはなるだろ」


 興味が失せたような話し方にイヴは内心呆れていた。この男は精霊の行く末にはさほど興味が無いように見える。ではなぜこの地位にいるのか。お互い詮索はしない主義ゆえに浮かんだ疑問を黙殺する。


「ニセモノが『罠』ならホンモノは『檻』というわけかしら」

「軍人名残が怖いねぇ。ラトウィッジ伯爵家のご令嬢ともあろうご婦人が」

「生き遅れの女にもう価値なんてないの。あなたもその気持ち悪い笑顔やめたら、もう少し男前になるのではなくて?」

「これ以上人気になったら困るんだよ」


 手近な手すりに肘をついて頬杖をつきながらデトラスは人垣の向こうの渦中の人物を眺めた。軽口に飽きたとでもいった風な態度に呆れつつ、イヴは彼の背中に垂れる大きなフードを頭に被せてその顔を隠した。


「ナルシストの同僚なんて必要ないわね」

「ほんっと…可愛くないオンナ」

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