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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第1章:眠れる力
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洪水のち朝ごはん

 

 今しがた水を手から大量発生させたリマは、事態が落ち着いたところで、サイモンと朝食をとっていた。


「……」

「食欲無いのか?」

「うん、あんまり」

「朝は大事だから、とりあえず炭水化物は食っとけ。不可抗力とはいえ魔術を使ったし」


 先程から運ぶ回数が少ないフォークが、手元のサラダをつついているだけの状態のリマに、サイモンはクロワッサンが入ったバスケットを差し出した。控えめにひとつ取って小さくかじると、さくっと生地が音を立てて、ふわりとバターの香りが鼻をくすぐる。


「おいしい……あったかい」

「だろ?俺も久々なんだ」

「3年ぶりに?」


 リマはレイラが言ったことを思い出した。


「まー、そうなるのかもな」


 サイモンは特に気にすることなくベーグルを口に運んだ。白衣を着ていると、こういうスタイリッシュな食べ物がよく似合うとリマは思う。


「レイラさんもハーフエルフなの?」

「あぁそうだ。外見は自称24歳で止まってるけどな。多分、あいつの発言からして200年は生きてるはずだ」

「に、200……!」

「俺たちみたいなのに歳の話は堂々巡りだぞ」


 と笑いながら言う彼も自分の倍は生きているらしいから、そうなのかもしれない。頭の中で考え込みながらリマは口と手を動かして食事を続ける。


「俺は物心ついた頃から、レイラの元で魔術師と研究者としてしごいてもらってる。3年前に王立アカデミー卒業してそのまま宮廷研究所に配属。実地調査が必要だと判断したからウェルス国内の各地を転々としてたんだ。そこでリマに会った」


 歳の感じは大して変わらないだろ?とサイモンが経緯を話し始めた。


「え?」

「別に言いたくないなら構わないが、俺自己紹介もそこそこに連れ出したなと今更思ってな」


 少しばつが悪そうに視線をずらしてサイモンはコーヒーを飲んだ。城に入るまで研究者かどうかも怪しかった自分の身分を証明するものを、先程やっと発行された研究者の証が首から揺れる。



「えっと……私はベイシアに生まれて、2年前までは教会の手伝いしながら学校行ってたよ」

「お前17だろ?飛び級でもしたのか?」

「違うの。地方だとこっちみたいにルールがなくて、色んな歳の子が混ざってたりするの。漁業関係の子が多いから、一般知識を困らない程度にだったよ。でもやっぱりウェルスだから、勉強したい子はこっちに行くけどね」


 へらりと笑ってリマは説明した。

 研究機関が発展している王都を象徴して、ウェルスは魔術と学問の国とも呼ばれる。地方によってはまちまちだが、リマも日常生活において不便は無いし、子供の頃から本をよく読んでいたので、困るには至らない。

 何事においても習うより慣れろ、があの町のスタンスだったりするのかもしれない。



「悪かったな。親御さんと友達から引き離して勝手に連れてきて」

「ううん。あのままだったら、きっと……」



 その先は息を止めて耐えた。涙が出そうになった。

 しばらく下を向いていたら、視界いっぱいにオレンジ色が飛び込んで来た。


「!……びっくりした」

「飲めよ。絞りたてだってさ」


 そう言われて顔をあげると、少し遠くで白い制服を着た女性と目が合った。手にはオレンジ色の飲み物が入ったボトルを持っている。にこりとされたのでペコリと会釈で返した。


「シェフが作る朝のジュースは格別だから」


 リマはその言葉を聞いて、あの女性が置いていったのだと確信してジュースを飲んだ。

 爽やかなオレンジが程よい甘さで喉を駆け抜けていく。舌を撫でる粒々の果肉が新鮮さを物語っていた。


「おいしい!」

「な?うまいだろ」


 少し顔色が良くなったリマに安心して、サイモンはまた真剣な顔をした。


「大丈夫だ。レイラは悪いやつじゃない。俺が保証する」

「……うん」

「じゃ、それ飲んだら行くか」


 *****

 その後、サイモンとレイラの部屋に向かっていると、若い男性の研究員がサイモンに声を掛けてきた。


「よ!あの氷はレイラさんかな?」

「あぁ…」


 よく見ると彼の耳は尖っており、親しげな話し方からして同族のようだ。


「こんな可愛い娘を氷づけたのか!?」

「手だけだった」

「すごいな~オレには出来ねえ」

「まったくだ」



 同じハーフエルフでも、レイラの魔術の腕は抜きん出ている。それは弟子であるサイモンが一番わかっていた。


「てか、なんで今朝お前は来ないんだよ!『氷』は得意分野だろ!」

「ぐっはぁ!職場内暴力~」


 サイモンが同僚に蹴りを入れると、大した力も入れていないのに大袈裟な声を出した。実に楽しそうである。



「ま、なんとかなったんだからいいだろ?その子も無事だったんだし♪」


 と人懐っこい笑顔を浮かべて彼はリマの頭を撫でた。朝から同僚のテンションにムカついたので、サイモンは爆弾を落とすことを決める。



「お前がリマに唾付けたって、レイラに言っておいてやるよ」


 にやりと人の悪い笑みを浮かべると、彼は弾かれたように高速でリマから離れた。


「なっ、お前チクるなよ!鬼!悪魔!!」


 その他諸々言い残して、その場を去って行った。


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