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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第5章:月の裏側
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得体の知れない何か

 割れた石による粉塵と攻撃の火の粉が古い建物内に舞って視界が悪い。乱れる呼吸を整えるのもそこそこに気配を探ったアレフは、靄の向こうで光った金色のまなこに睨まれた。


「ハァ……ハァ………っ!」

「いつまでそうしてるの、ギラ」

「なめてんじゃねーよ。人間風情が」


 声の主である少女は、先ほど放たれた炎を、逆に纏うように吸収して立っていた。ありえない、アレフは上級の攻撃魔法を放ったはずだ。


「アタシに火は効かねーよ」


予備動作なく手元から投げた何かが、疲弊して回避が遅れたアレフの腿を掠めた。服の中で生暖かいものがじわじわと膝の方へ伝わる。足技を多く使うアレフへのダメージは深刻だった。治癒術をかけようとしても魔力が足りないのと刃に何か塗られていたのだろう、毒による痺れのような感覚でそれどころではない。



「っ!?……く、そ…」

「アレフ!!」

「はいはい、キミは大人しくしてね」


 とデトラスが掴んでいたリマの手を後ろに回して捻らせた。痛みで顔が歪む。


「デトラス、赤いのはやった。あとそいつは『器』。殺すな」

「器なんかじゃない!!」

「はぁ、だる……二度とそんな口叩けないようにしてやる」


 ギラはつまらなさそうにブツブツとリマに向かって悪態をついた。消耗しているのか目が据わっていてリマは恐怖を覚えた。


「おいおいギラ、言ってることさっきと真逆だぞ?だって勿体ないだろ?」


 とデトラスは無遠慮に後ろからリマに顔を近づけた。そして耳元に言葉を落とした。


「“精霊の血、か…美味しそーだね”」

「ぁ……あぁ…」


 ドクン、と心臓が大きく波打つのをリマは感じた。恐怖とともに得体の知れない何かが頭を支配する。靄のかかった頭にやたらと甘く響いたそれにリマは腰が砕けて、そのままズルズルとへたりこんでしまった。


「ふぅん、気絶に至らないのか。結構『力』を入れたはずなのにな。さすがウンディーネの器といったところか?」

「っ!ハァ……ハァ…なに、を……?」

「呼吸が乱れるのは抗う証拠。素直に堕ちたほうが楽だろ」


 つまらなさそうにデトラスが腕を開放して見下ろしてきた。急激な目眩と頭痛に襲われる。目を閉じたら意識が飛びそうだ。


(なにこれ知らない。全部ずっと頭の中に響いてる……気持ち悪い……!)

「おい!しっかり…しろ!!」


 アレフがその場から声を張り上げていたが、なんとか意識を保っているリマの耳には届かなかった。


(なんとか……しなきゃ)


 幸い二人はこちらを向いていない。必死に意識をかき集めてリマはアレフに問いかけた。


(アレフ、魔術使える?)

(!こっちは使えるのか……でかい攻撃なら一発くらいだ)

(レイラさんが言ったことを信じて、もう一回火をお願い。私が引き付ける、から……)

(っ、おい!?)


 一方的に念話を終わらせ、リマは震える膝で肩で息をしながらなんとか立ち上がった。


「はあ?まだ立つの?」

「器、じゃ……ない」

「あ?」

「ウンディーネは私を、そんな風に……言わなかった!!」

「あーあ、大人しく気絶してればいいのに」


 とデトラスが呆れたように肩をすくめた。

 ギラはニヤリと笑いながら、リマの胸ぐらを掴み少女とは思えない力で持ち上げた。


「いい度胸ね。壊れない程度にいたぶってあげる」

(かかった)


 リマは足から水を走らせ、自分とギラを囲うように小さな円を描いていく。円が完成した瞬間、二人を囲んだ水の跡から一気に水が放出した。渦を巻くように上へ昇った奔流が、中に捕らわれたギラのドレスを切り裂く。


「おい、ギラ!遊んでる場合じゃ………!」


 デトラスは視線を上へ向けたが、急に足元が熱くなっていた。そこで漸く後方で膝をついていた緋髪の少年を向いた。ふわりと火の粉が舞うのも刹那、デトラスの足元から火柱が上がる。


「くらえっ!!!」

「くっ…!」


 デトラスはそのまま火柱に呑み込まれた。直後、渦の中から弾かれるようにリマだけが出てきた。


「ハァ…ハァ…ありがとアレフ」

「お前、立ってるのもやっとなんじゃないか?」

「まだちょっと、頭も体も変な感じ」

「俺もさすがにもう魔力が…」


 息をつこうとした矢先、双方の柱が消えた――否、破られた。ズタズタになったドレスと濡れガラスのような髪から水を滴らせたまま、ゆらりとギラが立っていた。

 腕は力なく垂らしていたが、その先を見たリマとアレフは驚愕した。全て指先の黒い爪が、魔物のように長く伸びていたのだから。

 それはデトラスも同じで、体を覆うように腕を交差させていた。シュウゥと音を立てながらギラの体から湯気が上がる。


「“器”だからって下手に出てれば調子に乗りやがって」


 ぼそりとそう吐いて、ギラは体にアレフとは別の炎を纏わせた。そして顔にかかった赤が混じる黒髪をかきあげてこういい放った。


「怒らせたのはあんたらだ。……特別に見せてやるよ!!」


 くわっと大きく見開いた金色の瞳がまっすぐにリマを捉えた。そして眼光鋭い獣のように、瞳孔が縦に細くなったのを二人は見てしまった。

 轟音と共に見えない圧力がこちらに向かってきた。聖堂のガラスが次々に割れるアレフは咄嗟に片腕で前からリマの腰を抱き、衝撃から庇うように後ろに跳んだ。


「ぐあっ!!!」


 爆風と共に何かが左肩に当たった。そこから激しい痛みが起きる。直後の衝撃に耐えきれず、アレフはリマに覆い被さるようにそのまま倒れた。


「アレフ!?大丈…」

「……動くな!じっとしてろ!」


 顔は見えなかったが、小声で鋭くそう言われた。コツコツと二つの靴音が近づく。


「ギラ、もういいだろう。それ以上干渉するな。オレのスーツが台無しになる」

「ムカつく!……殺す!!」

「“だ~め”」

「っ……」


 デトラスは荒立つギラの背後に回って、耳元でそう囁くとずるずると座り込んで眠った。ふう、と一息つくと同時に、再び聖堂の大きな扉が勢いよく開いて、騎士が慌てて入ってきた。


「デトラス様!!ポーラ様の容態が!儀式は中止と教皇様が……って、うわ…」


 中の惨状を見た騎士は思わず声を漏らした。


「わかった。今行く」


 とデトラスはギラを抱え上げて瓦礫の山になっている聖堂を急ぐように出ていった。

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