四霊柱‐ギラ‐
小規模な爆発に間に合わず、リマは軽く吹き飛ばされた。床にたたきつけらる前に身体を変化させて衝撃をいなす。
聞きなれない高い声とコツーン、コツーンと聖堂の大理石が冷たい音を響かせながら祭壇の方から黒髪の少女が現れた。シルフィと同じ歳の頃で赤と黒を基調とした人形のドレスに似たものを着ている。幼さを強調するようなフリルやリボンで飾られた洋服とヘッドドレスがこの場との不釣り合いさに不気味に映った。
エナメル素材の光沢を持つ真っ赤な丸いフォルムな人形のような靴がヒールを鳴らしながら、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてきた。
「あ、やっぱり扉自体に魔術かけ忘れてたんだ。城の警備使えないヤツ配置しすぎ」
チラリと赤い瞳が破損すらしていない錠を見遣って呟いた。その時に、黒髪からチラチラと赤く色づいた毛束が覗く。
「ソレ、内側からの魔術を無効果するの。つまり、あんたは外から魔術で入ってきた……と」
ゆっくりと視線をリマに移動させて少女はそう言った。
「どこの誰だか知らないけど、アタシを出し抜こうなんて100年早い」
「きゃあ!!」
「リマ!!」
少女が言い終わるよりも早く、見えない力によってリマは扉に叩き付けられる。今度は魔術の発動が間に合わなかった。妖しく笑いながら少女は上座からシルフィを見遣った。
「アタシは四霊柱が一人、ギラ。初めまして、“シルフ様”」
「!!」
そう呼ばれてシルフィは唇を噛んだ。四霊柱と名乗るギラはその様子をを楽しむように言葉を続けた。
「おとなしくしてないとダメじゃないですかぁ」
「シルフィはそんな名前じゃない!!」
床に這いつくばったままリマが威嚇するように叫ぶ。こんなことでしか抵抗を示せないことに焦りながら痛みでしびれる身体に鞭を打って立ち上がろうとする。するとギラは嘲るように鼻で笑った。
「うざ。まだ動くの?カワイイ女の子なら黙って倒れてろっての。シルフ様にアタシたち教会を拒否できるわけないよねぇ?あんなにお世話になった教会だもん。恩を仇で返すような真似、したくないよね?」
「っ……」
幼子を諭すようにギラは言った。
「あなたが本当に神官なら……精霊に生まれ変わる方法を知ってるんですか?」
「もちろん。神聖な台座を付けた精霊の子が女神へ祈りを捧げた時、人間としての役目を終えたその躯に、精霊が宿るんだよ」
「私の今までの祈りは…」
「人間としての役目を終えるための段階。自ら望んでティルナ様に捧げてきたんだよ。まぁ“ノーム様”のお陰で台無しだけど……」
おもむろに手元から何かを取り出して突き出した。それを見てシルフィの顔色が変わる。
「私のオパール!!か、返してください!!」
「これが無いとただの人間だもんね?」
「違うっ!…それは……」
感情が言葉になる前に不安が押し寄せて涙が溢れる。
「お願い……かえして……」
シルフィの思考は、返して欲しいということだけに支配されていた。一刻もそれに早く触れたいのに、何もできない悔しさで、立っているのがやっとだった。子供の癇癪のように返してと繰り返し呟くことがやめられない。
「わかったらおとなしく……!!」
勝利を確信したように薄ら笑いを浮かべたギラが、突然後方に跳んだ。今まで立っていた場所が水に濡れていた。
「あなたが持ってていいものじゃない!…返して」
「水の系譜……?」
こちらを見てくる冷めた目に負けずに、リマはそれをまっすぐ見て言った。
「それは……精霊と私たちを繋ぐ、唯一の手がかりなんだから!!」
リマは叫ぶと同時に祭壇の方へ間合いを詰めた。瞬時に放った魔術が――水が、刃物のように周りのものを切り裂いた。
ギラは慣れたような動きで躱す。魔術発動後にできる空白に、今度はギラが間合いを詰めた。
「!!!」
下から視界に侵入したギラは、リマが身体を水に変える間も許さず、小さな体躯のどこにそんな力があるのか彼女の胸ぐらを掴んで組み敷いた。背中に重たい衝撃が走り、上半身を鈍らせる。
「ぅ…あ!!」
「………」
上から見下ろす金色の中の瞳孔が、一瞬猫のように細くなったのを見て、リマは声を奪われた。ギラがナイフを持つ手を振り上げたので、リマは反射的に目を閉じた。
やられる。そう確信した。




