亡き母の形見
――ディアン
誰だ?
――また遊ぼうね
懐かしい声。
「……………ィアン!」
いや違う、これは…
* * *
「ディアン!!」
「!!」
少女のよく通る高い声で目を覚ました。
「あれ……真っ白だ…」
「お前の髪、顔にかかってんだよ」
「あー、ごめんねディアン、大丈夫?」
どうやらリマの髪が視界を邪魔していたらしい。光を受けてきらきら反射するそれを退けると、リマとアレフとレムが除き込んでいた。
「あぁ、大丈夫」
ゆっくりと上体を起こしたところで、自分がベッドの上にいることを知る。
「それを握ったまま倒れたんだよ。アルテミスにどうにか開けてもらって、ここは騎士団の駐在所」
「すみません…」
「無事で安心したわ。で、何か言うことはある?」
レイラにそう言われディアンは口をつぐんだ。何を言えばいいのだろうかと言葉を模索する。
「夢を見ていて……そこで光の精霊と名乗るペガサスに会いました」
慎重に言葉を選んだが、これしか言えなかった。
「やっぱりお前のものだったのか…」
すると、彼の兄であるライアンが部屋に入ってきた。
「兄さん…?」
「母さんがそれを着けていたのは、確かにお前が産まれた後だった。納得できるな」
「何の話だよ」
「俺が持ってる母さんの形見は日記だ」
ライアンは少し古い手帳をディアンに差し出した。
「お前も知っての通りあんな感じな人だったから、深刻には書かれていなかった。というより……楽観的が正しいかもな」
パラパラとページをめくる度に、ライアンの歯切れが悪くなる。
「部外者であるあたしたちも見てもいいのかしら?」
「どうぞ。といっても、本当にうちの母親は……」
■■■■■
XX75年のページ。書き出しはこうあった。
『今日は私と愛する夫との三人目の子供、“ディアン”が生まれました』
なんと36時間という長期戦!手強かったけど……やっと会えたね、ディアン。
産毛をみた限りだとライアンとおんなじ水色の髪かしら?瞳の色はまだわからないけど。
ついさっき後産も終わったんだけど、なんか変なモノもが出てきました。
琥珀みたいな色の綺麗な石でまん丸なの。
私、すごくない!?胎内に何宿してんのよって話!まぁ記念に取っておくけど。
これは私とディアンの秘密ね。
XX日。
今日お買い物してたら、露店のおばあさんに話しかけられたの。
お守り袋に入れて首からかけてたあの石を、服の上から見破ったのよ?
『強すぎる力は使い方によって、毒にも薬にもなる』
それでペンダントのケースをくれたの。
エルフ製の魔除けのお守りなんですって。どういう意味かしら…
ちょうどいいのでコレを入れることにします。
最後に、今日も子供たちは元気いっぱいでした。
ライアンは道場の三級になりました。
Helena・D
■■■■■
ディアンを含む精霊の子4人は目を点にしていた。
「あぁ、やっぱり…」
ライアンは額に手を当ててため息をもらした。
「ダグラス夫人、肝座ってる~」
「でなきゃ七人も産めないわよ。尊敬するわ」
楽しそうに言ったレムにレイラが突っ込む。
「じゃあコレは…」
「おそらく、長時間の出産が影響して、魔宝石が胎内で離れてしまったのね。だから精霊の子と認識されなかった」
そう彼女は推測してゆっくりと呆然としているディアンを向いた。
「少し考えた方がいいわ。リマ、一緒にいてあげて」
「わ、私が?」
出ましょう、と言ってリマだけがそこに残された。ディアンはリマが残ったことさえ気づいていないようだったが。呆然とする彼を伺うようにリマは声をかけた。
「ねぇ、大丈夫?」
「正直、まだ混乱してる」
「……だよね」
ぽつりと呟いたディアンにリマは苦笑し、ベッドの隅に腰掛けた。
「私も最近知ったんだ、自分が精霊の子だって。17年振りに魔宝石に触って自覚したの」
「そうなのか……リマはどう思った?」
「家が教会だったんだけど私は敬虔な信者ではなかったら、入ってはいけない世界に踏み入れた感じだった。だって」
「精霊になるからか?」
「うん。でも何も知らないままそれを受け入れるなんておかしいよ。アレフはこの力を疎まれていたし、教会はシルフィたちにさえ詳しいことを話してないみたい。それを怖いって言ってくれたのに、私は…」
そこまで言って無理やり作っていたのか、笑顔が歪んだ。膝に置いていた彼女の手に力が籠るのをディアンは見た。
「気づいていたつもりになってたの。シルフィが連れていかれるのを見ているしかできなかった」
「………」
「…その時わかった。”知らない”だけじゃダメなんだって」
ゆっくりとリマは首元の宝石に触れた。
「私は…ウンディーネにもらったこの力を、正しく……誰かを守るために使いたい。皆の悲しみやあなたの不安が少しでも取り除けるように」
そう言ってリマはチョーカーの中心に嵌まっているアクアマリンを外した。
「!…外していいのか?」
「直で触るなって言われてるけどね。たまにこうしてるの」
ナイショ、と人指し指を口に当てて、ディアンにそれを握らせた。まるで水の中にいるように手から全身がひんやりとした。
「これは……」
「これを握ると、不安な時安心する気がするの。そして冷静になれる」
目を閉じて、と言ったリマにディアンは従った。
――オレはどうすればいいんだろう?気になることが山ほどある。
『あなたは既に会っている……』
ソエルが言ったその言葉が、さっきから頭で反復される。自分の知らないことが、こんなに怖いなんて。
すっと目を開けて手の中のモノを見てみた。水色と橙色の石が僅かに光っていた。
「アルテミスの言い方だと、オレが必要なんだよな」
「……」
「今、自分にできることを考えてみた。誰かの役に立てるなら、騎士としての義務だと思う」
それを聞いてリマは無意識にディアンの手を掴んでいた。
「義務じゃダメほんとにあなたがしたいこと?」
無理しないで、と目で訴えているのが痛いほど伝わってくる。そんなリマを安心させるように、ディアンは緩く笑ってみせた。
「オレの意思だよ。誰かの助けになりたい…そう思って騎士になったんだ。必要としてくれてるのなら、応えたい」
その真っ直ぐな言葉を聞いて、リマは指先から何かが駆け巡ったように感じた。まるで太陽の陽射しのような、暖かくて優しい”光”の魔力。
「一緒に行ってもいいかな?」
「うん!……ありがとう!」
その”光”に負けないように、リマは目に涙を溜めたまま満面の笑顔で応えた。




