女神の望む世界のために
ティルナ教会が国王への謁見を待つ間、一行はレムの屋敷こと、バウエル邸へお世話になることになった。当日はレムが手配してくれた礼服に身を包み登城した。レムとシルフィは上座の近くで目的の人物を待つ。国王の配慮で同席が認められたレイラと非公開の二人を騎士や他の貴族が控えている列へ混ざった。
「トール帝国のアーネスト嬢、並びにティルナ教会の使者をお通しします」
側近が毅然とした声で告げると、法衣の老人に囲まれたドレスの少女が入ってきた。ピンクのフリルを多くあしらった、いかにもご令嬢といったドレスやヘアスタイル。リマが印象的だったのはその出で立ちよりも黄金色の眼だった。
「陛下、お初にお目にかかります。ポーラ・ヴェナ・アーネストと申します」
「そなたが月の精霊の子」
「こちらがその証、ムーンストーンですわ」
スッと右腕を挙げてみせた。手首から肘にかけて蔦が巻くように金属が伸びている装身具があり、その手首の中央に青白く輝く宝石があった。
「報告が遅くなり教皇に変わってお詫び申し上げます。教会の本部に戻り次第、儀式を行う手筈を整えております」
「儀式?」
「月の精霊 “セレーネ”に生まれ変わるための」
「シルフィ様とレム様にも本部への帰還要請が出ています」
そこまで言うと周囲がざわついた。世界が待望する精霊への生まれ変わりを具体的に示唆したのだから。レムとシルフィの表情が強張った。するとポーラはゆっくりと顔色の優れないシルフィに近づいて手を取った。
「連絡が取れなくて心配しましたわ。でもバウエル公爵とご一緒でよかったです。さあ、参りましょう」
「………」
「“シルフ”様?」
答えないシルフィにポーラは首を傾げた。彼女のことを『シルフ』と呼ぶのは、ティルナ教の敬虔な信者の証拠。
「私たちは選ばれし者です。私たち以外に誰が世界を救えるというの?」
「世界……救う。私たちが……」
そうだ……私は、精霊に生まれ変わるためだけに…生まれてきたのだから。
それが、私を育ててくれた教会の教え。
「君はどうやって精霊になる気なの?」
シルフィの様子がおかしいことに気づいたレムが、ポーラから遮るようにして割り込み語気を強く問うた。ただならぬ状況も意に介さず彼女はにっこり微笑んだ。
「女神に祈りを捧げればいい。そのあとはティルナ様が導いて下さる」
「教会からもらったモノで随分迷惑したんだけど」
「あなたたちだって精霊になる段階を、すでに踏んでいるのに」
ムーンストーンを嵌めた右手で触れるためにか、少女はゆっくりとはレムに近づく。直後の行動に、リマは目を疑った。
「きゃあぁ!!」
最初に聴こえたのは、姫の悲鳴。すぐさま側近が姫を避難させた。ポーラが魔術で具現化させた光のエネルギーで、レムの腕を攻撃した。何も抵抗しなかったため、止めどなく血が流れる。騎士が教会関係者を取り囲むが拘束はしない。この場で拘束をする理由がまだランティス側にはないということになる
「レム!!」
「っ!あいつ!」
離れたところから駆け寄ろうとするリマとアレフをレムが目で制し、顔色ひとつ変えないレムの様子を見てポーラは冷たい視線を向けた。
「私達が精霊にならないと世界は滅びる。教会の教えを疑うということは、あなたはそれを拒むというのね?」
「レイラさん!これ以上は…」
「わかってる」
レイラが足元で魔法陣を展開した、その刹那。
突然ポーラの近くにいた法衣の女性が後方にいたレイラに向かって何かを投げた。気が付いた時は遅く、近くにいたリマとアレフを突き飛ばすことしかできなかった。それはレイラの真上で光を放ち、網のようになって彼女の動きを封じる。
「くっ……!」
「あなただったの?レイラ・ローレンス」
「封印術なんて、っ、教会は危ないものを持っているのね」
「ふふ、苦しいでしょう?魔力が桁外れのあなたなら尚更」
女性は頭からフードを取って床に伏せたレイラを蔑むように、膝を折ってわざと目線を合わせてそう言った。困ったような表情を見せたと思ったら酷く冷たい声色を纏って目を見開く。
「ただの聖職者じゃないわね……油断、したわ」
「本当はバウエル公爵を封じるためだったのだけど。これ以上、我々の妨害をしないで」
「お前ら何者だ!!」
「動かないで!!」
喰ってかかるアレフをレイラの鋭い声が縛り付けた。同時に駆け寄ろうとしたリマもピタリと止まる。恐らく、レイラを封じるそれに巻き込まれるだからだろう。
「わたしは神聖なるティルナ教会の神官――四霊柱が一人、イヴ・ラトウィッジ。どうしてこんな子供がいるのかしら?」
女性はダルそうに神官の杖を使って立ち上がりながら目を細めて不思議そうに、じっとアレフとリマを見た。女性にしては長身でフードから現れた天使のように柔和な金髪のショートヘアと法衣から覗く細い首から手脚の長さも窺える。
「イヴ殿、例え神官でも…!」
「えぇ、もう失礼します。こちらも騒ぎは起こしたくありませんし。ポーラ様、終わりましたか?」
動こうとしないリマたちを確認して、イヴと名乗った彼女はポーラの方を見た。
「はい、操作完了しましたわ」
「では本部に戻りましょう。陛下、失礼しました」
何も言わずに頭を垂れているシルフィを、イヴと名乗った女性とポーラが促し、出口に向かう。
「シルフィ!…………!」
リマが悲痛な声を上げたが、それはすぐに驚きに息を飲む。リマが見た彼女の目は、最初にあった時のように生気がない虚ろなものだった。そして何も出来ないまま、シルフィはポーラと共に何者かの魔術で姿を消した。
――ごめん、なさい…
「…!」
「シルフィ…?」
リマの頭の中に響いた言葉は、アレフとレムにも聴こえたようだ。
「…レイラさん!!」
呆然と立ち尽くしていたリマたちだったが、腕で体を支えていたレイラがついに倒れた。




