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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第1章:眠れる力
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王都へ

 サイモンに抱えられたリマは速さと高さに顔を青くしていた。



「なんでこんなに跳べるのぉ!!」



 風に負けない様に半分叫びながら言った。できるなら歩きたいが、今の体では難しい。


「エルフ族の体重は軽いんだよ!!!っと~」


 そう叫び返し、サイモンは街の入口で着地した。


「お前は歩けないだろうから、辻馬車だな」

「馬車ならもう少し先に…」


 いくら歩けないからといって、やはりこのままは恥ずかしい。

 乗り場に着くと、サイモンは王都まで二人と言ってリマを乗せた。


 動き出すと二人とも無言になり、車輪の音だけが響いた。

 沈黙が辛くなった頃、漸くリマが口を開いた。



「ごめんなさい…迷惑をかけて…」

「いや、俺は自分から関わった。気にするな」



 とサイモンは窓を見たまま言った。リマは彼の反応が予想外で少し驚いた。


「でも…」

「教会にいた方がよかったのかよ」

「っ………司祭様は、私の祖父なの」

「今となっては、それも事実かどうか怪しいな」



 淡々と言われてリマは唇を噛んだ。言われてみれば母の言い方は親族に対するそれではない。

 一人頭の中で悶々と考えていたら、頭にぽんと重みが増した。



「俺が言い出したことだ。ちゃんと守ってやるよ」



 少し乱暴に頭を撫でられ、リマは緩く――とても小さく笑った。

 この状況で一応笑えることに彼は少しホッとした。



「少し寝てろ」

「…うん」


 目を瞑ると涙が出そうになるのを感じて、さらに強く閉じた。





 ――“精霊の子”…



 女神の最期の言葉を受け取った精霊――ティルナが天から落とした宝石から生まれるヒト。

 人間に限られ、現在は2人。


 ここまでは誰もが知っている。


 ティルナ教典では、新たな精霊になる――いわば精霊の卵の様な存在。

 いずれは精霊とした完全な存在になり、この世界を救う。



 こんなに重大なことが一瞬にして降りかかってきた。

 堪えきれずに、涙が一筋だけ頬を濡らした。


 * * *


 眠る意識の中で、水の音がした。

 目を開けるとそこは薄暗く、水の中のようだった。

リマは焦って口に手を当てが、その必要はなかった。


「苦しくない…」



 泡は出ているものの、呼吸に問題はなさそうだ。水中に浮いている状況に戸惑っていると、持っていた宝石が光だした。



「!!」

『ようやく逢えました』


 眩しい光の中で、声を頼りに無理やり目を開けると、なんとなく人の様な形が見えた。顔はぼんやりとしており、はっきり見えるのは、長く美しい銀色の髪と、海色の瞳。



「あなたは…」


『我が名はウンディーネ』


「ウンディーネ…」



 それは四大精霊の一角


 ―水を司る精霊―




『魔力は安定していないようですが、時期に慣れるでしょう』


 ウンディーネはリマを上から下まで見てそう言った。



「私は人間です。魔力はありません」

『いいえ。あなたは私に最も近い。だから…』



 ゆるゆると首を振ってそう言いかけた途端、宝石の光が増した。だんだん存在がはっきりしなくなる。


「あ…待って!!」


 咄嗟に手を伸ばしたが、何もとらえることはできなかった。程なくしてグンと引き戻されるように意識が覚醒した。



(夢…?)


 あまりにもはっきりした夢にリマは周りをキョロキョロと見回した。


「あ、起きたのか。もう着くぞ」


 隣で何か書いていたサイモンがそう言って手にあるものを閉じた。



 王都:ウェルスに着いたのは夕方になった。ここは研究機関が発達しており、魔術が一番盛んな都市。

 馬車を降りて城下を歩いていると、所々で魔術を見掛ける。物体を浮遊させて商品を運ぶ者や、子供たちに見世物として炎を出してみせる者。魔術師が商う店も多いので旅人には嬉しい街だろう。



「初めてじゃないだろ、さすがに」

「はい」


 リマは何度か訪れてはいるが港までで、街を歩くことは滅多になかった。


「あれ…こっちじゃないの?」


 リマが指差す方向は王立研究所が立つところ。しかしサイモンは城の方へ向かっていた。



「俺は研究員だけど、職場が違う。そっちは学生とかがいる所だ。人数も多いし人材養成にはいいが、もっと重要な研究は城でやってるんだよ」

「お、お城!?」



 あわわ、と狼狽えるリマを余所に、サイモンは思い立ったように露店に近寄って、何かを受け取るとすぐに戻ってきた。


「緊張で忘れてたけど…腹減ってるだろ?ちょっと歩くからなんか食っとけ」


 ずいっと差し出したのはすぐに食べられるサイズのサンドイッチだった。


「あ、ありがとう…」


 正直、リマ自身も忘れていた。そう言えば朝食も食べていない。とてもたくさんは食べられるような状態じゃないので、彼の配慮はありがたかった。



「帰ったら、女の子に何させてるのかって怒られそうだし……」


 と小さく呟いてからサイモンは自分の分をかじった。


 サンドイッチを食べ終わる頃には、城のすぐ下まで来ていた。


「研究所に戻りたい。入れてくれ」

「お待ちください。パスを拝見したい」

「は?」


 サイモンは何事もないようにそう言って門を通ろうとすると、衛兵に止められた。聞いてないぞ、と彼は自分よりも少し背の低い衛兵を睨んだ。



「何分規則ですので」

「いつからそんなシステムになったんだ?」

「去年から研究所への警備を強化するように改正されまして…」


 上から呆れた顔をしたサイモンから感じる威圧感に、衛兵は引き気味で言った。


「じゃあレイラにラトルが帰ってきたって言ってくれ」


『レイラ』という言葉に、衛兵は顔色を変えた。


「あ、あの方はお忙しいので…」

「だから部下なんだよ。お前新任か?俺はあんたよりも長く城にいるんだよ。最近城にいなかっただけで」


 ここまで言われたら、動かないわけにはいかず、彼は通信機の様なもので、城の中と連絡をとった。



≪……なに?≫

「お仕事中失礼します。城の外にパスを持たない者がいまして…本人はローレンス様の部下だと言っています」


≪だれ?≫

「ラト……」


 ブツン!!!


 端からでもわかる大きな音でその通信が途絶えた。

 通信機から流れた音声はたった4音。それだけで終了してしまった。


 5分もしないうちに、城から白衣を着た女性が出てきた。年齢は二十代半ばといったところ。

ひまわりの花弁のような美しいブロンドを纏め上げ、まさにキャリアウーマンという感じだ。薄手のインナーに、膝までのタイトスカートからのぞく長くて白い足。きっとスタイルも良いはずだが、残念ながら棚引く白衣で隠されている。


 そして、誰もが振り返るような美しい顔立ちに、金髪によく合う常盤緑の双眼を眼鏡が遮っている。尖った耳が、エルフの血を引く者だということを雄弁に物語っていた。



「あっレイラ!」



 レイラと呼ばれたその女性は、サイモンに応えることなくコツコツとヒールを鳴らして近づいてきた。距離が縮まるにつれ、手の周りに閃光が走って、ビリビリと光りだす。


(はし)れ!紫電の(いかずち)!!」


 そう叫ぶとサイモンの上に小さな雷が落とされ、彼を直撃した。


「!!っ……痛ってーな!!」

「あ、ん、た、どこ行ってたのよ!!3()()は長いと思いなさい!?全然帰ってこないから出禁扱いしてやったのよ。ふらふら戻れると思わないことね」

「調査だよ!!…地味な嫌がらせしやがって。お前今年で幾つだよ!」

「年を持ち出すなんてまだまだ未熟な証拠ね?」


 今にもサイモンを踏みつけそうなレイラとのやりとりに、リマは思わず笑ってしまった。

 やがてリマに気付いたのか、レイラが手を止める。


「!…あなた」

「あの…私」

「緊急事態だ。だから戻ってきた」

「はぁ…わかったわ。そこの貴方、私の部下が迷惑をかけたわね。ごめんなさい」


 レイラはそれ以上を飲み込んで、それを吐き出すようにため息をつくと衛兵に詫びた。

 すると衛兵は狼狽えた。


「いえ!ローレンス様…お手を煩わせました」


 そう言って深々と頭を下げた。

 いったいこの人は何者なんだろう、とリマは思った。


「ほら、早くいらっしゃい」


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