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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第3章:緋色の焔
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緋色の乙女たち

 __Silvia・Tiberis 此処に眠る


「……」

『…………誰?』


 村の外れにある墓石の前で、少年が佇み彫られている文字を指でなぞるそれをどこか悲しげに見つめているアレフの隣で、少女が気配に気がついた。



「話があるの。いいかしら?」

「なんの用だ」


 ゆっくりと彼に近づいてレイラが訊ねると、こちらに背を向けたまま固い声が返ってくる。


「私、長年精霊を研究しているの。この地域で大昔にイフリートを祀っていたようだけど砂漠化とともに忌み嫌われてしまったのね」


 ブレイズランドは長い年月で砂漠化した大地になっているが、気候変動が起こる前は火山活動による地熱で豊かな土地であった。拝火信仰は珍しい話ではないが、特に火山の熱や火が崇められていたのだろう。


「精霊は人間に認識されない。でもごく一部の人間と交流があったから多くの記録が残ってる。そうは思わない?」

「何が言いたい」

「返すわ」


 ようやくこちらを向いたアレフに向かって、レイラが何かを投げた。それをとても自然な動作でキャッチする。


「……ガーネット」

「今のまま使い続けたら身体には毒よ」

『おのれイフリート様をそのような…!!』

「あなたはイフリートの配下でしょう。なぜ精霊が滅んでもあなたは存在を保っているの?」

『…………』


 彼女が問いかけた先は意外にもイグニスだった。ここにいる3人の精霊の子は、精霊に近いイグニスのような存在を知らない。自身を守ってくれていたのは他ならぬ『精霊』だったから。

 無言で俯くイグニスに、リマは先ほどの光景を思い出していた。眠るアレフに寄り添い、祈るように彼の額にキスを落とした瞬間を。あまりにも情が深いその光景は、自分が寝込んでしまった時、母親に看病してもらった記憶を彷彿とさせる。


『この子は……私()()が守るの……トクベツなの……』


「イグニス、何か知ってるのか?」

「この子には知る権利があるわ」

『……わかった』


 険しい表情をしていたイグニスはやがて観念したように眉を下げて深く息を吐いた。


『かつてこの地では、各地でイフリート様にその身を捧げた者たちがいた』


 少女の姿をした、人ならざるものが語り始めた。



 イフリート様の恩恵である炎を絶やさぬよう、祈り続ける役割を与えられたのが少女たちだった。

 我らは「イフリートの巫女」と呼んだ。

 候補の中から選出され、炎の寵愛を受ける。それを代々繰り返す。

 選ばれた少女たちの多くは幸せな生涯であったが、あまりに理不尽に定められた運命に発狂して精神を病む者もいた。

 その少女のほとんどが、美しい緋色の髪を持っていたとされる。


 犠牲になった多くの少女たちの魂が嘆き、共鳴しあって私が生み出された。


『シルヴィアは……()は最期に嘆いてしまった』


「今、()って……?」


『イグニスがアレフを火の中に入れたことを嘆き、()が、私の“血”が……イグニスに共鳴してしまった。私たちは嘆きによって魂がひとつになってしまうの』

 「あなたは一体……」


 明らかに少女の顔付きや口調が変わった。

 アレフは目を見開き、声を震わせて訊ねた。


 「母さん、なのか?」


 そう尋ねた途端、イグニスの背後が蜃気楼のように歪み、ぼんやりとした幻影が現れる。それは次第に緋色の髪を持つ女性へと姿を変えた。


『共鳴したときに、あなたが火の中に入れられたと知って絶望してしまった。もう、独りで生きていたくなかったの。だからあのまま…』


 自ら死を望んだも同然と苦しそうに言った。

 母親にとっては、我が子をなんの理由も無く引き離されたのだ。そしてその子の命を理不尽に奪われた。


『でもね、私はあなたを産んだこと、後悔なんてして無いわ』

「俺を生まれなければ、あんたはこんなことには…!」

『だって……元気に生きていてくれたから』



 彼女はふわりと近づいて腕を伸ばしたが、その腕がアレフを捉えることはなかった。


『迎えに行けなくてごめんね……』

「……イグニスがいたから生かされてた。生きる理由が俺には無い。もう、生きていても意味なんか……!」

『これから見つけていければいい。きっと大丈夫。出会いがあれば、ヒトは変われる』

「…………」

『そのきっかけがほら、すぐ近くにあるわ』


 触れることのできない手でアレフを撫で、リマたちの方を見た。すると彼女の体から光が増して揺らぎだした。



『もう、時間ね…』

「待っ……!!」


 生まれてきてくれて、本当にありがとう。


 アレフは薄れていく姿に手を伸ばしたが、光の粒を通過しただけだった。




 行かないで。独りにしないで。

 昔、夢の中でそう叫んだ気がする。


 ずっと不安だった。

 始めから独りだった。

 諦めて独りに慣れようとした。


 でも、心のどこかで

 いつも居場所を探してたんだ。


「あなたは生きて」


 膝をついて涙を殺している少年の肩に、レイラが後ろから手を置いた。その手で少年の震える肩を止めるように掴んだ。


「大丈夫。だから……もう、いいのよ」



 するといままで殺していた涙が静かに砂を濡らした。



 “居場所は探すものではなく、作るものよ。”



 不意にアレフの頭の中でそう聴こえた気がした。


 「俺も、あんたが母親で、よかった……」


 その声に応えるように小さく呟いた。


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