白い火
「起きたら呼んで、下にいるわ」
「え?レイラさん!?」
村の宿に戻り、意識を失った少年を客室のベッドに寝かせると、リマはそう言い渡された。
無慈悲に閉じられたドアの前で肩を落とすと、その場は沈黙に包まれる。
レイラの意図はなんとなく分かる。状況整理の時間をくれたということだろう。
しかしリマの思考はちっともまとまらない。両手で頭を抱えてそのまましゃがみ込んだ。
ただ、怖かった。
ドクドクと全身を波打つ心音が、血の巡りで頭にも脈打つ感覚が伝わって気持ちが悪い。
ふと目の前で両腕を見下ろした。
(身体が……水になった)
触ったり摩ったりして皮膚の確かな感触を確かめる。蹴られた衝撃は確かに現実だった。
試しに自分の拳で腕を叩いてみる。そこには火傷で赤くなった肌に感じる鈍い痛みしかなかった。
(これが、『精霊の子』)
精霊の宝石と共に生まれたヒトという異質さを改めて突きつけられる。
「私は……精霊に『生まれ変わる』の?」
無意識に触れた首元にアクアマリンは無いことにハッと顔を上げたら、ふと視界に鮮やかな緋色が目に入った。
ベッドに寝かせられた青年の髪。少し近寄ってまじまじと見ると、炎で照らされた暗闇で見た時よりも鮮やかな緋色だった。陽の光で透ける色素の薄い毛先が、より燃えるような炎を彷彿とさせる。
じっと眺めていると、彼のこめかみから汗が流れた。顔を顰めて苦しそうにしている。汗を拭こうと枕元のタオルを顔元に近づけると、チリリと火の粉が舞った。
『アレフに触るな』
「あっ……」
爆ぜた火の粉から先ほど洞窟の中で見たオレンジ色の髪と角を持った少女__イグニスが現れた。リマをひと睨みすると、寝ているアレフに向き合い小さな手を彼の頬に伸ばした。ぽっと白い柔らかな火を指先に灯し、そのまま頬の切り傷を撫でる。
「傷が……治った。すごい」
『…………ん!』
イグニスはリマの方を向かないまま、そのまま指だけ後ろに持っていきリマを指さす。突然の行動に驚いていると、指先から白い火の玉が複数飛び出し、ふよふよとリマの周りを囲った。
「火…!?」
身体に力を入れて身構えていても、一向に想像した感覚は訪れない。漂う火の玉は、リマの腕を取り囲み、じんわりと熱を帯び始めた。
思わず両腕を見下ろすと、先程の熱傷の跡が引いており元の白い肌がそこにあった。
「あの、治してくれてありがとう」
『早く……ここから出て行け』
「不快にさせてごめんなさい。でもその人苦しそうで」
『人間のアレフには、イフリート様の力に身体が追いつかないの。人間にはその資格がないから』
その言い方に、リマは少しどきりとした。
『石は絶え間なくアレフに力を与え続ける。ただの人間であれば、あの石は毒だもの』
「毒って一体……?」
『でもイグニスたちは違う。あの石はイフリート様なの。石と共に生まれたこの子も守らなくてはならない』
「…………」
根源精霊には、配下にさまざまな種族を持つ。魔物ひとつとっても属性さえあれば眷属も同然なのだ。イグニスは炎関連の種族なのだろう。
『ずっと守ってきた……これからも、ずっと』
イグニスが愛おしそうに眠る彼の髪を撫でた。
前髪を避けて晒した額に、祈るように小さくキスを落とす。その仕草や表情は母が子にするそれによく似ていて、幼い少女の姿がリマにはなんだかちぐはぐに見えた。




