相剋のエレメント
「アレフ、だったかしら。あなた、身体が辛いんじゃない?」
「!どういう意味だ」
若いのに息切れちゃって、とレイラが突然言ったことに、アレフが動揺する素振りを見せた。
「魔術発動時の魔力をコントロールできなくなってきている。だから小火騒ぎが起きた。違う?」
「…………」
「ふむ。沈黙は肯定と取ろうか」
「だからどうした」
にこにこと笑みを絶やさないレムに、アレフは居心地が悪そうに眉を寄せた。
「危険因子であるあなたをこのままにしてはおけないわ。宮廷魔術師として無視はできない」
「僕らも同胞を犯罪者にはしたくない、かな」
「大人しくついてこい、ってか」
レイラにはおそらく抵抗されても勝算があるのだろう。
しかし力づくでは本来の目的と相反する。
精霊の子の協力こそが不可欠なのだから。
「無理にとは言わないわ。けど遅かれ早かれ、あなたは村の住人や教会に追われることになる」
「ついてくるのが1番目立たない方法だと思うけど」
「……お前たちは気づいているのか?そいつから溢れる凶暴な魔力を」
「!?」
不意に、アレフの視線がリマの方へ向けられた。
「……」
「イフリートの魔力に溢れたこの場所で、正直不愉快だ」
気がついた時には、リマとアレフを中心にして炎の壁で隔離された。
「しまった!」
「リマ!!」
「ウンディーネはお前に何をしたんだ?俺に挑発でもしてるつもりなのか」
「待って!!私、なにもしてない!魔術だって使えるようになったばかりで!!まだ全然上手に使えなくて……」
「チッ……無意識かよ。じゃあ教えてやる。お前の魔力は俺への敵意が剥き出しだ」
「そ、そんなのって…!?」
突然のことに焦るリマに対して、すでにアレフが魔術を発動させていた。無数の炎の塊が、次々とリマの横を通過する。
「リマちゃん!!」
「ちょっと!止めなさい!!」
「わっ!?」
「次は当てるぞ」
外野の静止を無視して忠告通り、今度は真っ直ぐに飛んできた。
リマは咄嗟に腕を突き出し、水の障壁を作り出すことしかできなかった。直撃した炎で水が一瞬で高温の蒸気に変わり、蒸発までにいたらなかった熱湯がリマの両腕に降り注ぐ。
「あ、つい……」
「反撃しろよ、お互い正当防衛だ」
「っ……できないよ!!」
「本気でやらないと怪我するぞ」
アレフの感じる『敵意』は、リマの意識とは異なる、ウンディーネという存在から発信されているのだろう。相反する属性同士、身に宿る防衛本能が、互いに反応せずにはいられないのだ。
(こ、怖い)
アレフは本能のまま、動かないリマに向かって走り出し、先程の炎を纏った蹴りをくり出した。
リマは目の前を庇うように腕を上げ、目をつぶって衝撃に耐えようとする。
しかし、アレフは手応えをまるで感じなかった。
リマが咄嗟に前を覆った腕に確実に当たるはずが、足はそれを通過していた。
「なに!?」
パシャンと水面を叩いたような音が目の前から聞こえた。
リマが恐る恐る目を開けると、そこには水のような透明な色で変形した自分の腕があった。腕全体が水で出来ているようなそれは、驚いた途端に元に戻る。
「あれ!?腕が、どうして??」
「ハッ…おもしろい」
アレフは再び間合いを取って、リマに向かって跳んだ。
自分の身に起こったことに理解が追いつかず、リマはすっかり混乱して座り込んでしまった。近づいてくるのが見えているのに何もできない。
「そこまで!!!!」
リマは衝撃に耐えるために身体に力を込めて目を瞑ると、レムの声と地面から異様な音を聞いた。
気がつくと、目の前に板のように岩石が聳え立っていた。それは地面から生えてきたような伸び方をしている。
一方アレフは、攻撃の体制のまま停止していた。正確には身体の関節部分にいくつも圧縮された風の渦がまとわりついており、完全に拘束されている。
「2人とも魔力をおさめなさい」
「くっ……」
座り込んで放心する少女と、片や攻撃姿勢の少年にレイラが言い放った。いつのまにか炎の壁は鎮火されている。
「どう、すれば……?」
リマは緊張が解けたのか、下を向いたままボロボロと涙をこぼし始めた。
レイラはその様子を見てリマに近づくついでのように、片手間にアレフの首にぶら下がる鎖を溶かして引きちぎる。その身から宝石が離れた瞬間、彼が纏っていた炎が消えて、急に脱力した。
それを見ていたシルフィは拘束を解いて全身を覆うような繊細な風でアレフを操作して地面へ下ろす。
次にリマの頭を撫でながらうなじを晒してチョーカーの留め金を外した。
「魔宝石を預かるわ、ここから出ましょう。レム手伝って」
「はーい」
レイラはリマをシルフィに任せると、黙って祭壇のある空間を見渡して深呼吸をした。
「……四大精霊が、揃ったわ。ティルナ」
がらんどうに落とされたその言葉は、踵を返す彼女自身の足音に消えていった。




