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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第1章:眠れる力
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海が隠した秘密

 奥に行けば行くほど、残っている海水は多く、湿気もそれに比例する。頭に水滴が落ちてきても、もう驚かない。

 前を歩く青年の背中を見ながら、何となく沈黙が嫌で話しかけてみた。


「そうだ!まだお名前を伺ってませんでした。私はリマ。リマ・アレナスです」


 ぽん、と手を叩く音に振り返った彼にリマは名乗った。


「…サイモン・ラトルだ」

「サイモンさんはやっぱり魔術師さんなんですか?」


 答えてくれたことが嬉しくてリマは笑顔で質問を続けた。


「あぁ。一応…っあーー!!」


 そこまで答えて彼は頭をガシガシと掻いて声をあげた。いきなりのことにリマの肩がびくりと動く。



「お前確か17だよな!?」

「え?そうですけど…」

「俺は20だ。よし許す、敬語はいい。慣れてないんだ」


 ビシっと顔の前に手を出された。


「でも、初対面で年上ですし」

「そうだ。その年上からのお言葉だ。それに、自分で言いたかないが俺はハーフエルフだ。少なくともあんたの倍は生きてる…はずだ、うん。年齢の概念は無い。わかったか?」



 躊躇するリマに彼は続けた。その勢いに負けてリマは頷くしかなかった。


(倍ってことは30年は生きてるんだよね?20歳って言ってたけど…)




 少し奥へ進むと、また彼の足が止まった。



「どうしたの?」

「ここから水の跡が無い」


 目線を落とせば、はっきりと乾いた部分と濡れた部分の境界線ができていて、それより先は濡れた跡すらなかった。



「やっぱり少し魔力が高いな」

「魔力?」

「こういう人気の無い場所には自然の力が強いってわけだ。それにこの地域には精霊の伝承があるらしいからな」


 彼は一人で頷くと手のひらにある紙の束に書き込んでいた。



「この先には何があるんだ?」

「えーっと…確か大昔の信仰の跡って聞いたことがあります。手掛かりが少なくて調査は進んでなくて…」

「けーご!」

「あ、サイモンは何を調べてるの?もう観光には見えないし」

「精霊だ」




 精霊は教会の信仰対象である最後の精霊ティルナだけではない。




 世界の根源を司り、理を保っている存在を人々は『精霊』と呼んだ。


 大昔の争いで滅んでしまったが、女神の命を賭して何とか保ったこの世界の唯一の希望


 __それが精霊ティルナが落とした宝石から生まれるヒト、『精霊の子』が精霊として生まれ変わり復活することである。



「精霊、かぁ……」



 教会に住んでいる__ましてや司祭の孫であるずのリマだが、驚くほどに信仰に薄かった。恐らくベイシア自体に熱心な教会通いの習慣がないからだろう。仮にも説教師の娘なので、あらかた教典は眺めていたが、この手の認識は人並みだと思う。



「あ、ここじゃないかな?」



 明らかに整備されたであろう一角にたどり着いた。周りの岩とそんなに変わらない色だが、磨かれていてタイルのようになっている。海水が侵入しない分、劣化もしていなかった。



「意外に装飾がまだ残ってるのか」

「修復されないままだから、きっとガラスだとおもうよ」



 そう言ってリマはぺたりと壁に触ってみた。


「!?」



 突然、ドクンと心臓を鷲掴みされたような鼓動と共に、何かが流れ込んでくる感覚に見舞われた。



「………あ……」

「どうした?」

「な、なんでもない!」



 妙な感覚に首を傾げながら、リマは上から光が差し込む中央に立って全体を見渡した。



「うわぁ綺麗…」



 碧や紫のガラスが光に反射して、ステンドグラスのようだ。水の上からの光なのか、色のついた光が揺らめいて、水の中にいるような感覚に近い。



「えらく魔力が高いな。何か術でもかけてあるのか…?」



 サイモンはペタペタと壁に触って呟いていた。壁沿いに歩いていると、コツンと足先に何かが当たって弾いた。

 周りの装飾が取れたものとは違う、少し大きめの石を見つけて拾い上げる。大きさは2、3センチほどの綺麗な楕円の石__宝石にも見えた。



「あ、ここ祭壇みたい。丸いタイルになってる」


 一方リマは何かの時に使っていたであろう場所にトンっと立ってみた。


 リマがその場所に立った音が響いた__刹那。



「え!?」

「!!…なにっ!?」



 リマを中心に巨大な魔方陣が出現し、サイモンの手にある石が光だした。

 光と同時に手から溢れ出る極めて純度の高いコアを彼は()()


 リマは足が地面に張り付き、地面から頭の上へと何かが抜けていくような感覚に襲われる。



「ぅ…う…。頭、が…」



 経験したことのない重たい頭痛にぎゅっと目を瞑って耐えていると、キーンと耳鳴りがした。



『目覚めて………我を継ぐもの』



(なに?この…声?)




「なんだっ…この魔力は!?」



 魔方陣が光を放ち、膨大な魔力が鏡窟全体を震わせる。サイモンは眩しさを堪えながらコアの流れを()()


(水属性のコア!?あいつと共鳴してるのか?いや…これそのものが魔力の源だ!)


「っく!!……量が……異常、過ぎるだろ!!」



 彼は激しい魔力の圧力に向かって怒鳴った後、早口に何かを唱えると、複数の火の玉を出現させ、持っていた石にぶつけた。すると下から噴き出すような魔力は光と共に弱まり、魔方陣も消滅した。



「………」



 リマは糸が切れたようにその場に倒れる。


「おい!しっかりしろ!」


 薄い肩を揺すっても反応が無い。さらに顔色が悪く体温も下がっていた。


「まずいな……あの量が身体からも放出されたのか?普通の人間なら……」


 それ以上考えるのを止めて彼はリマを背負い、右手に元凶を握って船に戻った。



 __こいつ…やっぱり……



 * * *



 気が付くとリマはベッドの上だった。身体が鉛のように重くキシキシと痛む。


 痛みをこらえながら起き上がって辺りを見渡すと、見覚えのある濃紺の髪の青年が腕を組んで窓にもたれて立っていた。


「あれ、サイモン?さん?」

「ハァ…なんで疑問系なんだよ」

「私の部屋…」



 祭壇の上に立ってから記憶がない。困惑しているとサイモンが近づき、リマの前髪を退けて額に手を当てた。


「熱は無いな」

「え?」

「お前の体からコアが放出されたんだ」


 はっきり告げられたその言葉にサァとリマの血の気が引いた。倒れるくらい放出してしまったなんて笑い事ではない。むしろ人間が自然に放出した時点で何かがおかしい。マナフィラーでないリマにとっては生死の問題だ。



「精神が安定してるなら大丈夫だ。理由は…」

「私が説明します」



 サイモンがフッとドアを見遣るとリラが入ってきた。リマはついていけず、助けを求めるように母親を見た。



「な、何を?」

「これだ」



 サイモンはポケットから少し黒ずんだ石を取り出すと親指でこすった。


 すると美しい水色が露になった。



「鏡窟の奥にあった。これは天然の宝石じゃねぇ…魔宝石だ」



 言い放たれた言葉から目を背けるようにリラは口を開いた。



「17年前…私が捨てました…リマが生まれた後に」

「!?じゃあそれは…」

「あなたの石よ」


 リマは大きく心臓が波打つ音が聴こえた。ゆっくりと俯くと指先が震えて、ドクドクと心拍が上がる。




 それを知らない者などいない。



 新たな精霊として生まれ変わる


 __“精霊の子”の証__




「ここは仮にもティルナの教会だ。精霊の子を信仰するのに何故誰も気が付かない?」



「…17年前になります。リマ、気をしっかり持って聞きなさい」



 眉をひそめ渋面のまま問うサイモンに、リラは観念したように話し出した。












 __あの日は嵐でした。



 本来なら全ての出産に

 祭司や神官が立ち会います

 ですが嵐のせいで人は出払っていました


 夫も船乗りで船に乗っていて

 多分その時に亡くなったんだと思います



 だから一人で産みました


 そして見つけたんです

 この子の手に握られた宝石を



 この地ではかつて精霊が奉られていました

 私の実家はその聖域の守人の末裔です



 この世界の為には喜ばしい誕生のはず

 でもいざ現実に向き合うと怖くて


 精霊の子は生まれた瞬間から

 すぐに親と引き離されると聞きました



 だから…捨てました__





「っ………」


 そう言いきってリラは片手で自分を抱くようにして、涙が出るのを堪えた。


「鏡窟に捨ててしまえば数年は見つからないからな」

「教会の誰もが期待してたと思います。私の『血』に…。だから違うと判っても私たちをここに」



 サイモンはその言い方に違和感を覚えて眉をひそめた。まるで監視下にでも置かれてるようなそれに。



「ごめんなさい、リマ。あなたには…私と同じような道に進ませたくなかった…」

「あんたは、母親として行動したまでだ」


 泣き崩れるリラに、サイモンは少し苦しそうに言った。リマは黙ったまま涙を流していた。

 自分を守るために嘘をつく決心をした母の気持ちが、痛いほどに伝わってくる。



「とにかく、その話が本当ならお前は完全に精霊の子だ」


 と現実に戻すようにサイモンは言った。

 リマは頭が痛くなった。突然自分が教会の信仰対象となり、精霊となるべく生まれてきたのだから。


「おまけに膨大な魔力を放出さたから教会に気付かれる。今の状況で教会に近づけたくない。一刻も早く身柄を保護したい」


 強い()だった。



「……あなたは何者ですか?」


 リラは信用性を確かめるように問う。この青年のまっすぐな瞳に嘘はないか。


「俺は王都の精霊研究員だ。ボスが保護してくれる。それに詳しく検査したい」


 すると扉の外でバタバタと駆け上がってくる音がした。



「間違いはないのか!?」

「はい。先ほど鏡窟から魔力が…」


 扉越しにそんな会話が聞こえた。



「リラはどこだ!!アレナス家め…精霊の子を独占する気か!?」

「やはり何か隠していたのか!娘を探せ!!」



 教会の関係者にしては様子がおかしい。

 仮に精霊の子が見つかるかもしれないという状況の中、その憎しみが籠った言葉に、リマは震えた。


「後は私に任せて。リマを頼みます」

「っ…母様(かあさま)!」


 リラは最後に娘を抱き締めると、こちらに背を向けた。


「落ちるなよ!!」

「!!?」


 サイモンはそう言ってリマを抱えると窓から跳んだ。

 屋根に跳び移ったのを確認してから、意を決してリラはドアノブに手を掛けた。




 ――リマ…あなたならきっと大丈夫

 あなたは精霊でも神の子でもない…


 ――あの人と私の娘だもの。


平均文字数どのくらいが読みやすいですかね…

以連載中のサイトはサブタイがないので

探り探りやっています。


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