防衛本能
「きたわね」
レイラが満足気に呟いた途端、ドォンと勢いよく水柱が天井まで上がり、表面の氷はあられが降ったかのように細かく遊泳場に降り注いで辺りの視界を冷気で白く包んだ。
レムは自分の上着で包むようにシルフィを抱き込んで庇う。
すると入口の方が一瞬光ると、人影が小走りで近づいてきた。
「おい!一体何をやってるんだ!!!?」
「あんた仕事は?」
「関係ねえよ。異常な魔力を上の連中みんな感じてる!おまけにまた大きな音が……。おい、リマはどうした?」
白衣を振り乱しながらレイラにまくし立てたのはサイモンだった。この場の異様な状況を察知して魔術で移動してきたらしい。
彼はおそらく犯人であろうレイラ、すぐそばにいた2人を認識すると、リマの所在を問うた。
その頃には視界が良くなり、リマがゆらりと水場の外に立ち尽くしていた。立ってはいるがどこか力が入っておらず、だらりと下がる頭と髪が、彼女の表情を隠す。
辺りは氷のせいでひんやりとしており、目の前の少女から感じる膨大な魔力も相まって、肌がひりついた。
「…………」
「リマ?大丈夫ですか?」
シルフィの呼びかけに身体がピクリと反応し、糸で吊られた人形のような動きで顔が向けられる。動いた口から出た音は、リマ自身の声と、別の声が重複して聞こえた。
「“ どなたですか。このウンディーネの加護に、手を出す者は”」
「ごめんなさいね。彼女を早く戦力にしたいの」
「レイラ……まさか……」
「“ 随分と禍々しい魔力ですね。私は彼の魔力の方が好ましいのです。だからこの娘の側に置いた ”」
非難の視線を無視して、レイラは顔色ひとつ変えずに“リマ”に向かって会話を続ける。一方リマは不服そうな表情を浮かべて自分の胸に手を当てると、どこか光を宿さない真っ青な青がサイモンを見据えた。
「あたしも嫌われたものだわ。それにしても、あんたは随分と信頼を置かれているじゃない。水属性と相性が良いのは伊達じゃないのね」
「これは……」
「君が、ウンディーネ?」
おそらくこの現象は、シルフィが祭典で行った『神託』と近い。
自分ではない、他の誰かが身体を借りて言葉を発するような。精霊の子であれば、他ならない『精霊』が身に宿っていることになり得る。
「リマに何をしたんだ」
「いつまでも守ってあげられないのよ。攻撃魔術を使わせて拘束を解かせたの」
「トラウマになったらどうするんだよ」
「正体を失いかけだったとはいえ、この量の水を扱った。何よりの進歩でしょう」
「……だからって!」
レイラ・ローレンスという天才を、近年1番近くで見てきたのは自分だとサイモンは思う。その一方で、天才との違いを様々な場面で痛感してきた。
長い一生の中で芽生えるはずの人間的な感性は、天才の前では唐突に消える。例えそれが残酷な事であっても、型破りな発想で結果を残す。
そういう面が垣間見える度に、師に対して畏怖を覚えたのだ。
2人のやりとりをどうでも良さそうに眺めていた渦中の少女が切り出した。
「“ ひどく恐怖を感じていたようで、危害が加わる前に私が意識を預かりました ”」
その言葉に、2人の精霊の子が目を見張る。心当たりがあるような反応だった。
「過保護、なのね」
「“ この娘はあなた方を信頼する他ないのです。……次はありませんから ”」
「悪かったわ。ごめんなさいね」
鋭く言い放つ彼女の海色の奥で、瞳孔の形が変わった。人外の眼に見つめられ、思わずぞっとする。
両手を顔の横で揺らすレイラを確認すると、リマは糸が切れたようにその場に倒れた。慌ててシルフィがタオルを持って駆け寄る。
「リマ?しっかりして下さい!」
「気を失ってる……今のはなんだ」
「ウンディーネ、って言ってたじゃない」
想定通りだから、と念を押した。
レイラがした事はおそらく、トリガーを引くこと。
本来魔術は、コアをエネルギーとしているものの、一見して無から有を作り出す現象のことが圧倒的に多い。リマのように、水という属性の物質が目の前に無いと魔術が発動できないというのは、かなり遅れをとってしまうのだ。
「レイラ、頼むからこういうのはやめてくれ。さすがに魔術師とは勝手が違うだろ。次の出発までは、俺が今まで通り訓練するから……」
「……ウンディーネのご指名だもの。異議はないわ、頼んだわよ」
「あんたたちに聞きたいことがあるんだ。一緒に来てくれないか?」
サイモンはリマをタオルで包むようにして抱えると、二人に同行を促した。




