旅人と共に
見慣れた町並みを歩き港へ向かうと、たくさんの人で賑わっていた。港町と呼ばれるだけあり、ここは漁業が盛んなので、漁師がちらほら漁から帰ってきているようだ。
魚の積み降ろしや網の回収など慌ただしく働く者もいれば、おこぼれを貰おうとする暢気な野良猫もいる。
ここの猫は美味しいものを食べているせいか、なかなか漁師以外には懐かないので、リマも触らせてもらえない。今日も逃げられた。
(犬は懐く方なんだけどなぁ……)
魚のにおいがしないと評判のあるこの港は、それよりも磯の香りが強いからだろう。朝の散歩にはもってこいだ。
「あ!リマちゃんこっちだよ!」
ひとつの小さめの漁船から、男性が顔を出して叫ぶ。
「トマスさん!」
「さっき見てきたけど入れそうだったよ」
「ごめんなさい。わざわざ」
「大丈夫だよ。きっと昼には観光客が来るだろうし、ゆっくり見られないだろう?それに、もう一人乗せるからね」
と言いながら船出の準備をしに中に入った。彼に続いて中に入ると、先客がいた。ローブの様なものを着ていて、かなり使い込んでいる感じから旅人のようだった。
リマが目を引いたのはその濃紺の髪。エルフかなと思いながら、ちらっと耳を確かめてみる。
エルフ族とは、容姿は人間と変わらないものの、数千年から永遠に近い時を生きる人間とは違う種族のこと。唯一の判断材料は尖った耳であるが、髪の色が緑色系とも聞いたことがある。
その血を引く者は魔術といった不可思議な現象を起こすことができるが、元々人口が少なく人前に現れない。
現在の魔術の浸透は、人間とエルフの混血であるハーフエルフの貢献だろう。
しかし海の恵み豊かなベイシアではほとんど見掛けない。否、必要性が少ないと言った方が正確だろう。
王都まで行けば様々なこの大陸随一と言われるほどの研究機関が発達している。
じっと見ていたのに気づいたのか、青年がゆっくりと口を開いた。
「あんた……マナフィラーか?」
マナフィラー。
それは魔術の源ともいえる”マナフィ・コア”を体内で生成できる人間を指す。
無意識に発生させているため、魔力を感じられるエルフ族にしか認識されないが、最近では検査をすれば把握できる。
リマも幼い頃に検査を受けたが、人間以上マナフィラー未満という結果だった。
魔術を使えない人間にも、全ての源であるマナフィ・コアは微量に含まれている。ただそれを生成や駆使することが出来ないだけ。
人間以上と判断されたためか、町で会うエルフの眷属に間違えられることが多々あった。
「いえ…違います。でもよく間違えられるんです」
苦笑しながら、このヒトも魔術師か何かなのかと思った。
「……本当に人間か?」
笑って誤魔化そうとしたリマに反して、彼は訝しい顔を崩さなかった。
「に、人間ですよ!」
マナフィラーなんて恐れ多いとリマが否定したところで、ガタリと船が揺れた。青年はそのまま頬杖をつきながら窓の外を見て黙った。
ベイシア鏡窟は港を数十分沖に出たところにある小さな孤島の岩影に現れる。岩影にあるだけあって、開く時期でも波の関係で入れないこともある。
しばらくしてトマスが船室に顔を出した。
「着いたよ~二人共!」
外に出るとそこは小さな砂浜で、その奥にまた洞窟がある。
「一時間くらい、いられるかな。じっくり見てきなよ」
「ありがとうございます」
「危険はないのか?」
「まぁ90%平気だよ。あんた戦えるだろ。町一番の美少女を頼むよ」
トマスは彼の肩をぽんと叩く。その言葉に彼は小さくため息をついてから
「…その時は運賃まけろよ」
彼はぶっきら棒にそう言って灯りを持って歩き出しすと、リマが後を続いた。
洞窟の中は海水が引いた跡があり地面も壁の岩肌もひどく濡れていた。
湿気でじっとりとしていて、くぼんだ岩肌には所々水が溜まっている。ピシャンという水音の後に、水琴窟のような音が木霊した。
辺りを見回すようにリマは歩いていたが、前を歩く青年と大分差ができてしまった。
「あ、待ってくださ……きゃ!!」
少し力み過ぎたのか、軽く走ったら濡れた地面に足を滑らせた。驚いて目を瞑ったが予想していた衝撃はなく、代わりに左手が吊られるような感覚がある。
「おい、大丈夫か?」
その声に目を開けると、驚いたように丸くなった藍色の目とパッチリ合った。
どうやら転ぶ前に彼が引っ張ってくれたらしい。その時初めてまともに端正な青年の顔を見た。
「は、はい。ごめんなさい。ありがとうございます」
「あんた地元の人間だろ?気を付けろよ」
「あう……ごめんなさい。初めてではしゃいじゃって…」
「初めて?前はいつだったんだ?」
「私の生まれた年だから…17年前ですね」
リマがそう言うと、青年は顎に手をやって「あ~…」と上を向いた。
「そういえば…どうしてここに?やっぱり観光ですか?」
「まぁそんな感じだな。とりあえずは………!伏せろ!!」
曖昧な返事が急に鋭いものに変わり、頭を下げさせられた直後に頭上を通りすぎた何かが、大きな影を作る。
「チッ……魔物か。そこ動くなよ!」
と言うなり青年は駆け出した。
上を見上げると、そこにはコウモリにしては大きい飛行生物が5体ほど飛び交っている。灯りに反応したのか、暗闇を邪魔されてひどく機嫌が悪そうに見えた。
リマ同様に上を見上げた彼は、小さめのボウガンを構えてそれを放つ。ひとつ放たれた音の後、矢は上空で光を纏い、花火のように八方に広がった。
それに驚くのも束の間、光に触れた瞬間、魔物が叫びながらドサリと地に落ちていく。
なんとか躱した一体が目標を定めて急降下するも、青年は寸前で前方に跳び、魔物の背中に後ろ手で至近距離から矢を放った。
魔物はギギギ…とひと鳴きして息絶えた。
「今のって……」
「あぁ、魔術だ」
初めて見たのか?と彼はボウガンをしまいながらこちらを見た。
「はい……って!助けてもらったのに私ったら!ありがとうございました」
とリマは深々と頭をさげると、呆れたようなため息共に
「もしお前一人だったらどうするつもりだったんだ」
「あ…それは……」
「まぁいいや。行くぞ」
リマが目を泳がせると彼は口元を少し上げて先に歩き出した。