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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第2章:諦めた変化
19/82

私たちは

 

 __私たちはずっと()()だった。

 誰もが私たちを通して『精霊』を夢見てる。


 本当は気づいて欲しかった。


 でも一番近くにいる存在のレムのことでさえ、私は拒んでいた。この事実から目を背けることは許されなかった。


「確かに、世界ではそう言われてるけど、あなたはあなたのものだと、……思、う」


 リマは今まで口走ったものがあくまでも自分の憶測であることに気づいて、尻すぼみになってしまった。

 流れ込んでくる他人の感情に揺さぶられ、思考もまとまっていない。それに気づいた時には、リマの涙は止まっていた。部屋には沈黙が流れる。


「……本当はここに来ることを、お断りするつもりでした」


 シルフィは俯いて消え入りそうな声がそれを破った。おそらく今回のことも夢で予知していたのだろう。


「教会が欲しいのは、精霊になるための私。毎日、そのことを言い聞かされて」


 握りしめた手の甲にポタポタと涙が落ちる。

 感情を伴わないほど泣いたことがないシルフィは、それを止める術を知らない。初めての感覚を、拳を握ることで逃がそうとする。


「私が嫌と言えば、困るのは世界中の人たち。仕方がないんです。私が精霊にならなけれは、この世界が救われないのに。でも本当は怖くて堪らない……」


 震える手をリマが優しく包み込むと、その中でさらに握る力が強くなった。


「私はずっと、自分で生きていける力を持っていたレムが()()()()()()。始まりの御子(みこ)でありながら、今の自分は精霊ではないのだと、言葉にできる強さを持っていたから。それに比べて私は……ここ(精霊の子)にしか居場所がない」


 初めてあげた声は、震えているがはっきりとした胸の内をを伝えてくる。

 受け入れて耐えることでしか、自分の存在価値を見出せずにいる。そんな状況を変えることすら諦めていたのだ。





「あなたの気持ちを、閉じ込めないで。私に流れてきた悲しみは、きっとあなたに気づいて欲しかったんだと思います」

「私も……レムのようになれるでしょうか?」

「わからない。でも変わろうと、なろうと思うことはできる」



 __どうして?会ったばかりなのに。

 まるで私の感情を、共有してくれるみたいに。

 もしかしたらこれが、ウンディーネの力?



「シルフに予知能力があって、私に夢視ゆめみの力があるように……あなたにもあるんですね」

「私もよくわからなくて」


 首元のアクアマリンが薄っすらと光っていた。


「ずっと知らなかったんです。自分のことなのに。だから本当のことが知りたくて、ここまで来ました。きっと知らないことはまだまだたくさんあります。シルフィさんもそれを知る権利がある」

「えぇ……そうですね」


 シルフィは静かに肯定した。

 涙で潤んでいるせいか、その眼に光が戻っている気がした。


「人前でこんなに泣いたのは初めてです。でも、気づかせてくれてありがとうございます」


 そして少し頬を染めて、おずおずとリマにたずねた。


「リマと呼んでもいいですか?」

「もちろん!」

「ありがとう」


 満面の笑みで応えたリマに、ふふとシルフィも釣られて笑う。その眦に最後の涙の粒が弾けた。



「レムに、謝らないといけませんね」

「呼んだ?」


 シルフィはまた胸の前で手を組んでぽつりと呟くと、タイミングよく聴こえたノックと共にドアの向こうからくぐもったレムの声がした。


「入ってもいい?」

「どうぞ」


 慌てて目元を拭ってからシルフィが応えると、彼が上半身を覗かせて手を振って見せる。


「私、レイラさんに知らせてきますね」


 リマはレムと入れ違いで部屋を出た。

 レムはベッドに腰掛けてシルフィに腕を伸ばした。赤くなった目元に指を当て、そのまま少し濡れた頬に張り付いた髪を払う。


「起きてるか様子を見に来たんだけど、笑い声がしたからさ」

「……レム」

「ん?なぁに?」

「ごめんなさい」



 そう呟いたシルフィに、レムは笑顔は崩さなかったが、微妙に眉を潜めた。


「なんで、謝られてるのかなぁ?」

「私はずっと、あなたに助けてもらってばかりだったのに、突き放すようなことを――」

「違うよ」



 言い終わらないうちに、その謝罪はレムに遮られた。


「えっ?」

「そんなことを言って欲しいわけじゃない」

「?ご、ごめんなさい…」


 あまり見たことのない真顔になって言われ、シルフィは眉毛を下げて困惑した。自分のそんな様子に気づいたのか、彼はすぐに表情を戻して、いつものように笑う。



「“ごめんなさい”禁止」


 レムはいたずらに成功したような顔で歯を覗かせた。



「あ……ありがとう」



 少しはにかんで伝えるその顔は、世界から崇められている絵画の天使などではない、年相応の少女の顔だった。

 そのままレムは片手を翡翠色の髪に置いて撫でると、梳くように滑らせた。


「どういたしまして」


 __ただ、笑って欲しかった。


「誰かに頼っていいんだよ。時には甘えても」


 __()だけでもいい。


「はい。頼りにしています、レム」


(…甘え方を知らないのは、僕も同じか)


 __本当の笑顔で。

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