それはまるで天使のような
目の前の少女は、胸元のそれに両手を重ねて目を伏せた。
風を司る精霊__『シルフ』の名を受けて付けられた彼女は、リマが教会でよく目にしていたような白い法衣を身にまとい、柔らかな笑みを浮かべている。
「私が夢で視るということは大事なコト。つまり、あなた方は大切な――」
特に警戒する様子もなく、穏やかな口調で話し始めた途端、扉の向こうから大きな足音でかき消された。
「シルフィ様!!!」
「この方は潔斎の最中だ。祭典まで一般人の目に触れることなど許されない」
忙しない様子でやってきた司祭たちが、部外者であるリマたちを睨む。
大きな催事の前はピリピリすることもあるだろう。ただ、ここの司祭たちはベイシアとは比べ物にならないほど気を張っているようだ。
相手は少女とはいえ、教会の最高位者と言っても過言ではない精霊の子。
「司祭様、大丈夫です。この方々は大切な巡礼者なのですよ。それに、今日の務めはもう終わりました」
そこまで言われてようやく司祭たちは、渋々といった様子で納得を示し、こちらに軽く一礼したシルフィを連れ聖堂を出た。
「接触はできたけど、話す場は与えられそうにないわね」
レイラはやれやれといった様子で肩をすくめた。
「これからどうするんですか?それに…。何だかあの子……痛!!!」
「リマ!大丈夫?」
リマが言葉を言い切らないうちに急な頭痛に見舞われ膝から崩れ落ちる。とっさに頭を抑えたがそこから反芻するように音が伝わってきた。
――また会いましょう“ウンディーネ”
それは先ほどの少女の声と分かり、リマは我に返った。
「どうしたの?」
「今、シルフィさんの声が」
「あぁ、魔術ね。彼女は何を?」
「気付いてるみたいです。私のこと」
リマは首元のローブを握りしめて小さく言った。
「今日はもう無理ね。明日にしましょう。リマ立てる?」
と言ったので二人は聖堂を出た。
――何だかあの子
とても悲しい瞳をしてた…
翌日の朝外へ出ると教会の周りにはかなりの人だかりができていた。
祭典は午後からにも関わらず、建物から一番遠いところで町の中央にある噴水まで人が来ている。
「これ、全員信者なんですか?」
「えぇ。今日は特にね」
確か、陛下が先方に連絡していると言っていた。
しかしいくら国王といえど、人々の信仰対象__導師のような存在の彼女を、簡単に引き抜けるだろうかとリマは思う。そんなリマの不安を感じとったのか、レイラが肩をポンポンと叩いた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。向こうから話が来てるんだもの。策もなしにことを動かそうとはしないでしょう」
人混みを抜けた先でたどり着いたのは、教会の側にある大きな屋敷だった。
「ここは?」
「ランティスの大使館よ」
ランティス王国とは大陸を統治する三国の一つで、ウェルスとトールに挟まれた大陸の中央を統治する、騎士と資源の国。国土は三国の中でもっとも広く、豊かな森林や鉱山に恵まれ、その資源世界中に輸出されている。
また騎士団を中心とした軍事力に注力しており、騎士道精神のもと世界中から志願者を精力的に募っているそう。
改めて言われてみると、ランティスの国旗が至るところにあった。
「ウェルスの使者です。バウエル公爵にお通し願います」
「ローレンス様ですね。お待ちしておりました」
屋敷の前の衛兵からそう言われ、ここでもレイラはあっさりと通された。
「こちらでお待ち下さい」
「なんか外国に来たみたいです」
「その通り外国、よ。ここはウェルス領土であってウェルスに属さないランティスの一部。トールの方が違いがあるからもっと驚きそうね」
通された部屋で公爵を待っている間、リマは立派なソファーに座ってキョロキョロしていた。さすがは大使館というだけあり、椅子もテーブルも上質なもので、要人が来ても問題はなさそうだ。
レイラが出された紅茶に手を伸ばしていたら、ノックが聞こえてメイドが入って来た。
「バウエル公爵をお連れしました」
そのまま扉を開けると、長身の若い男性が入ってきた。公爵というから、大人の男性をイメージしていたリマは驚いた。青年という方が正しい若々しさを感じる。歳は自分と大差ないだろう。
「お待たせしました。久しぶりですね、ローレンス殿」
彼は上品な笑みを浮かべ、後ろで細く編まれた褐色の髪を揺らして軽く頭を下げる。その何気ない仕草からも、気品が溢れでるようだった。
「前回なんて表向き。レイモンド陛下に挨拶にいらした時であたしは隣にいただけ。こうやって話すのはじめてよね、バウエル公爵?」
「そうですね」
彼はお茶を用意してくれたメイドに外すように言うと、座る時に目が合ったリマに、にっこりと笑顔を向けた。
(この人、綺麗な顔だなぁ……)
きっと歩く度に振り向かれるに違いないとリマは思った。そういえば、先ほどのメイドも微笑まれて顔を赤らめていたような気がする。
「私のことはレムと呼んで下さい」
「わかったわ。あなたも無理しなくていいのよ」
「………あれ、バレてる?僕、敬語苦手なんだ」
レイラが脈絡も無くそう言うと、一拍置いてから彼は整った顔を緩めて、子供のようにへにゃりとした笑顔を見せた。
「改めて僕はレム・エミリオ・バウエル。はじめましてウンディーネ」
そのまま彼はリマを見て迷うことなく、そう口にした。
「あなたが……」
「地の精霊の子。こう見えて18歳」
「こう見えて?あ、童顔ってこと??ひどいなぁレイラさん。ね、名前教えてよ」
「はじめまして、リマ・アレナスです」
「歳も近そうだし、お互い敬語は止めておこう」
からからと笑った紅茶のカップを持った左手の裾から、鎧の手甲__ガントレットに似た金属に嵌った鈍色の宝石が輝いた。
「左腕にあるのが、あなたの宝石ですか?」
「そうだよ。見てみる?」
ちょっと行儀が悪いけど、と前置きしてティーセットを避けつつ、彼はテーブルの中央に左腕を差し出した。
ガントレットにしては手の甲までに及ばず、手首から下を守るように設計されているものの、繊細な装飾がいくつも施されている。防具なことは確かなようで、小さな傷がいくつもあった。
その中心に位置する宝石は、先程鈍色に見えたのだが、霧や煙を閉じ込めたかような、不思議な輝きを放つ薄い褐色であった。
「煙水晶__スモーキークォーツ?」
「正解。さすが天才魔術師の目利きは違うね」
「初めて聞く名前の宝石……」
「発色もアクセサリー向きではないもの。それに名が出回ることのないほどに希少な石よ」
「地味だよね、コレ。僕も教会に言われるまで知らなかったし。リマちゃんのわかりやすいね、その色はアクアマリンか」
水がすぐに連想できるよ、と彼は言った。
リマは魔術に触れたばかりであるためか、正確に存在を感知できるわけではなく、直感的にぼんやりとした何かを感じる程度だ。
しかし生まれた頃から精霊の子として、しかも同じ存在が近くにいた2人からリマは瞬時に正体を見抜かれた。
ただ、互いの魔宝石の種類まではわからないようだ。




