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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第2章:諦めた変化
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神託を授かる町

第2章 ~諦めた変化~


また今日がやってくる

いつもと変わらない


空っぽな毎日の繰り返し

 レイラやサイモンが、早急にリマへ魔術習得を試みたのには理由がある。交通が発達した今でも魔物は生息しており、最近は凶暴化しているのた。気性は様々だが、害をなすものは駆除依頼が出され、各国の地域警備を担う騎士団を始め、傭兵や魔術師を生業とするものは斡旋ギルドを通し、依頼をこなして資金源としている。


 これからレイラとリマが向かう町:カロルは、ウェルスの王都から北西に位置する渓谷の近くで、ティルナ教の信者が多いことも特徴だが、その最大の理由は


「精霊の子の出生地なのよ」


 と坂道続きの林を抜けながら、レイラは言った。曰く、この林を抜けるには馬車より徒歩が早いらしい。標高が高い上に地形が安定しておらず、突風地域のためむしろ馬車では危険なのだ。整備された道とは言いがたく、人が長年にわたり踏みならしてきたような道も多々あった。


 前を歩くただでさえ目立つ彼女は城にいた時の姿とは違い、髪を下ろし、尖った耳が隠れるようにして低い位置で結んでいる。弓を背負っているせいか勇ましく見えた。



「見つかっている二人ですか?」

「そうよ。“風”の精霊の子」



 精霊の子は導師のように崇められており、その存在は各国も重んじていて、国や教会の行事に出席する。特にカロルでは、精霊の神託が得られる町としてたくさんの信者が巡礼に訪れるという。

 レイラの言う通り、林はすぐに抜けられた。町への道は広いとは言えず、奥には谷が見える。青空がオレンジに色づく時間には、その渓谷から柔らかな風が肌を撫でていた。



「やっぱりこんな時間か」


 町の入り口に着いた時には、日が傾いていたが、行き交う人々の活気は冷めやらないようすだ。


「人がいっぱいですね」

「明日カロルの祭典があるから、きっとそれね」


 祭典と聞いて、リマは首元のアクアマリンを隠すようにローブを上からきつく握りしめた。

 宿を探しましょう、そう言ってしばらくしてからレイラは頭を抱えこんでいた。


「悪いね。遠くから来た祭典の巡礼者で部屋が空いてないんだ」


 この町にある数少ない宿屋に全て断られた。

 最後の一件で粘ると店主から教会に行ってみてくれ、と言われた。

 時期によっては、泊まれない者も出てくるらしく、救済措置として教会が開放されるという。


 言われた通り教会へ向かうと、そこには慣れた様子の巡礼者またはリマたちと似たような状況の者が寝床を与えられていた。

 同じように寝床が分け与えられ、自由に教会への出入りが可能になった。


「これで合法的に正面突破ね」

「でもレイラさん、有名人なんじゃ……?」

「公の場では、宮廷魔術師の正装があるのよ。割と派手な格好だし、まともに喋らなければ大丈夫。そろそろ行くわよ」


 レイラはクスリと笑うと、リマを連れ出す。大方検討がついているのだろう。辿り着いた古い大きな扉の前で、確信したように彼女はドアノブに手をかけた。




 踏み入れたそこは間違いなく聖堂の中心部で、ベイシアの教会とは規模が違った。両脇には水が流れており、祭壇は水溜まりのようになっていた。

 さらに窓からの月明かりが白いタイルや水に反射した光が揺らいでいてとても幻想的である。香も焚いているのか、薄っすら白い煙と独特だが心地の良い香りが漂っていた。



「綺麗……」



 ピシャンと水の音がする方を見遣る祭壇の中央で一人の小柄な少女が立っていた。全身が隠れるほどの大きな布を被り、水に浸って祈りを捧げている。

 天井の大きな窓から差す、青白い月明かりがその場をより一層、別空間へと誘う

 その神聖な場に、リマはしばらく見惚れていた。目の前の少女が天使のように見えてとても神々しい。


 まるで完成された一枚の絵画のような光景を眺めていると、少女がゆっくりとこちらを振り返った。



「……ウンディーネ?」

「あ、あの……」


 ゆっくりと生気の無い深緑の瞳と目があった。

 水を打ったような静けさと共に、ガラス製のドールアイと見まごう瞳に貫かれてリマは困惑した。

 苦し紛れに声をかけると、少女はハッした様子で目の前にいる人間に気付いた。


「こんばんは」


 にっこりと先ほどとは別人の穏やかな顔で挨拶が返ってくる。


「……あなたは」



 ――近い。

 そう思った。

 リマは自分と同じ何かを感じた。



「初めて会った気がしないです」


 二の句が出ないリマに気を遣ったのか少女が先に口を開いた。思っていたことを相手に言われてハッとなる。


「夢で逢ったのかしら?」


 とレイラが悪戯っぽく言ったが、リマにはその意味がわからなかった。


「その通りですが、初めまして。シルフィ・ハーツと申します」


 シルフィと名乗るその少女は祭壇から降りて、頭から布を外し顔を見せ、軽く頭を下げた。

 顎の下まで伸ばした、エルフのように透き通った繊細な翡翠色の髪から、水が弾いて滴る。それさえもまるで真珠がこぼれ落ちるようだった。


「精霊の……子」


 思わず出たリマの声に、シルフィが微笑む。纏っている布を脱ぐと、彼女の胸元に決定的な証があった。


「オパールね」


 深い緑色の中に虹色を宿す神秘的なそれは、ブローチのように金属にはめられていた。

第2章になりました。

iらんど版と比べてややカットしつつ進めています。

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