親と子、師匠と弟子
「では決まりだな。例の祭典で接触させるよう手筈を整えよう」
「ありがとうございます。早速ですが、実行に向けて私はリマと数日城を離れます」
「珍しいな。貴女が事前に申告して城を離れるとは」
「あら、陛下。これでも立場は弁える方ですのよ」
レイラが場の雰囲気をやんわりと崩した時、突然重厚な扉が開かれた。失礼します!という声の先は、つい先ほどレイラの部屋で別れたサイモンだった。
「サイモン、謁見中よ。出ていきなさい」
「レイラ、きちんと話はしたのか?」
先ほどとは打って変わった剣幕の彼を見て、王はバツの悪そうにしていたレイラに対して呆れたように言った。
「いえ……申し訳ありません」
「彼はあなたの息子なんだぞ」
「む、息子さん!?」
リマは驚いて海色の目を見開いた。レイラとサイモンを何度も見比べ首を振る。髪の色は金髪と濃紺の髪。強いて言えばサイモンの眼の色は、やや緑がかった藍色だ。涼しげな目元が似ているような気がしないでもない。
「正確には『義』息子よ。里親なの」
「そんなことはどうだっていい。それよりも…!!」
片手を額に当ててため息をつくようにレイラはそう口にした。人間にとってはかなりの大事をサラリと言う程、ハーフエルフ基_エルフの眷属は時間の感覚がずれているのだろうか。
サイモンは右手を伸ばし、握りすぎたせいで少しシワになっている1枚の紙をレイラの顔に突きつけた。
『辞令__来月より、精霊研究室所属 サイモン・ラトルを室長代理に任命する』
長々と文面があったが、そんな文章がリマも確認できた。
「今が月末なのを知っての所業か!この宮廷魔術師!職権乱用も大概にしろ」
「わかったわ、場所を変えましょう。リマは…」
「二人で話がしたい」
そう言ったのは王だった。驚いてリマは思わず振り返る。失礼しますと一礼してから、レイラはサイモンを謁見の間から連れ出した。
扉が閉じられた瞬間、その向こうからとんでもない怒声が聞こえたような気がしたが気のせいであってほしい。
「驚いているようだな。まぁあの親子は無理もないが」
と言って苦笑する国王の姿からは、とても愛しいものを見るような暖かい雰囲気を感じた。彼は控えている側近に、爆発音が聞こえたら止めろ、と耳打ちしている。
「お二人ともハーフエルフ、ですよね」
「あぁ…」
「ベイシアは魔術に馴染みがなくて。だからここへ来てから初めてが多くて……王都の人々がみんな豊かですごいです」
「ハーフエルフはまだまだ生きづらいだろうな」
とレイモンドが重たく切り出した。
『ハーフエルフ』
その存在の歴史は長い。
名の通りエルフのハーフ、つまりエルフと異種間__この場合殆どが人間である__との混血。
この世界の歴史書にも記される彼らは、『差別』の対象であった。
能力はエルフ、性質は人間に近いとされる彼らはどちらからも嫌悪された。エルフからは欲深い生き物とされ、人間からはその果てのない時間や老いることのない容姿が羨望から嫉妬へと変わる。
彼らの多くは選民思想で、自らの血を穢すことを忌み嫌う。古くから人間との交流を最低限に留め、現在も彼らが集団で暮らす場には立ち入ることを禁じられている。
これはエルフ側の拒絶から始まったハーフへの社会的迫害。
ウェルスではある時代の国王が、ハーフエルフの魔術師や研究者を多く招き入れたことで、ある程度の社会的立場は得られている。
そのおかげで、魔術の大国としてウェルスは栄えているのだ。むしろレイラのように、他の国でも宮廷魔術師として重役にも就く例はたくさんある。
それでも拭えることのできない問題だ。一部では、不当な扱いも残るという。
「レイラは良くも悪くも目立つ。私の与えた権限が毒にも薬にもなるだろう。そなたにこんなことを頼むのは間違っている。けれど……」
目の前の王がゆっくりと少女に向かってこうべを垂れた。
「彼らから言わせれば私など若造なんだろうが……。もし彼女が生まれを咎められるようなことがあれば、その時はどうか……支えてやってほしいのだ」
「おやめください、陛下」
「今はわからなくてもよい。許してくれる者が側にいるだけでいいのだ。もちろんそなたの存在も」
リマは謁見の間を出て、広間でレイラを待っていた。
__『支えてやってほしい』
先ほどの国王の言葉が妙に頭に残っていた。助けられてばかりの自分が彼女を支えられるのだろうか。
ふいに手を首元のチョーカーに持ってくる。ひんやりとしたアクアマリンの感触が、指先から全身を巡るような感覚を覚えた。まるで水の中に入ったようなそれが、今の自分には心地よかった。
そろそろ第1章終わります




