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9話

 翌日、登校して教室に入るとサッと静かになる。こちらを睨むように見てくる女子もいるから、昨日の件が広まっているのだろう。そして、情報源は相沢くらいしか思いつかない。

 出来るだけいつも通りに見える様にゆっくり歩いて席に着くと、阿部が黙ってスマホの画面を見せてきた。そこには相沢が拡散した文書が映っている。


『魔女の自作自演の事故で、坂崎君に警察を呼ばれて怖い思いをした』


 両親から軽率だと注意されたのは、この事を予見していたのかもしれない。それでも僕は、この状況を彼女に利する方向に替える方法を模索した。ここまでされたのだから、相沢には徹底的に泥を被ってもらおう。

 そして都合の良いことに、担任が入ってくるまで誰からも話しかけられることは無かった。


「相沢は体調不良でしばらく休むそうだ。だれかプリントとか届けてくれる奴はいないか」

「僕が行きますよ」

「いや、坂崎はちょっと……」

「先生は当然、昨日の件を知っているんですよね。クラスの連中も知っているんですよ、相沢が拡散させた偏った内容を。だれか先生に見せてやれよ」


 催促されて一番前の席に居た西さんが内容を見せると、担任は困惑した顔をこちらに向ける。なら僕が言うべきなのだろう。


「みんなに言っておく事がある。事故があった場所は小池さんの住むアパートだ。彼女は、二階の廊下から一階まで階段を転がり落ちて、意識を失って昨晩は入院している。二階に立つ相沢に何をしたのか尋ねたら、『その子は魔女だから、死んでしまえばいいんだ』と言い放った。故意だからこそ警察に電話をした。その状況を聞いて君らがどう思うかは知らないが、小池さんに危害を加えるならば、僕は容赦をするつもりはない」

「先生も詳しくは知らないんだが、場所も入院の件も坂崎の言った通りだ。あの文面を見、坂崎があの様に言うのを聞くに、小池さんに対するイジメがあったと考えずにはいられない。今一度それぞれが言動を思い起こし、改めるべき所は改めてほしい」


 結局、ホームルームを境に何かが変わった感じはせず、授業が淡々と進んで放課後まで僕は一言もしゃべることは無かった。

 小池さんの家に寄ろうかと思っていたのに、母から寄り道せずに帰って来いとメールが来ていたので、諦める事にした。明日は学校に来られるのなら、朝迎えに行くのも良いかもしれない。


「ただいま」


 家に入ると玄関に見慣れない靴が有って、小池さんの家で見た物に似ていた。昨日の母のテンションなら、「夕飯を一緒に」と連れて来た可能性が高い。

 着替えもせずにリビングに入ると、予想通り私服姿の小池さんが座っていた。


「いらっしゃい。もう体の方は大丈夫なの?」

「おかえりなさい。背中とかに湿布を貼っているけど、明日からは学校に行けるくらいだよ」

「そっか、よかった」

「あの、これからもよろしくお願いします」

「え? う、うん。こちらこそよろしくお願いします」


 お帰りと言われて嬉しくなって、親に聞かれるかも知れない状況でよろしくと言われて恥ずかしくなって、思わずどもってしまう。


「学校は大丈夫だった?」

「僕は大丈夫だよ。さすがに相沢はしばらく休むらしいけど」

「昨日の事は……」

「うちのクラスは皆知っていた。相沢が、君の自作自演で酷い目に遭ったって拡散したんだよ。そして通報したのが俺だってのもね。だから、状況は説明しておいたし、君に危害を加えるようなら容赦はしないって言っちゃった」


 今日一日の状況を考えれば、それが最善だったとは言えないかもしれないが、他の手を使ったとしても大差なかっただろう。なら、少しおどけた方が気も晴れる。

 それなのに、小池さんは真顔で質問してくる。


「どうしてそこまでしてくれるの?」

「好きな子を守るのに躊躇いは無いよ。ましてや付き合う事になったんだから、遠慮なんていらないからね」

「うん。ありがとうね、坂崎君」

「はい。どういたしまして」


 そうしている中に、二階から母が下りてくる。洗濯物でも畳んでいたのかもしれない。

「こら、晴翔。ちゃんと着替えてらっしゃい。遥ちゃんは、ご飯の支度を手伝ってちょうだいね」


 それぞれが返事をして、僕は二階の自室に行って外にも出られる様な私服に着替える。さっきの話の流れで言えば、彼女は夕飯を一緒に食べて行くのだろうから、送っていく必要があるためだ。

 この家での食事を、楽しいものだと感じてくれると良いのだが、直ぐには無理があるだろうか。

 心配しながら降りて行けば、キッチンから二人の楽しそうな会話が聞こえて来る。麦茶でも飲もうと冷蔵庫に近付けば、会話を中断してまで二人してこちらに顔を向ける。


「ずいぶん打ち解けたんだね。ちょっと安心した」

「ははぁん。晴翔は嫉妬しているのかな? 彼氏の自分より母親の方が仲良くて」

「ちょっと、シスター」

「シスター? ちょっと母さん。親子ほども離れているのに、何考えてるの!」

「だって。『お母さんって呼んで』って言ったら無理ですって言うし、名前はもっと無理って言うんだもん」

「まぁ、好きに呼んで良いけど無理しないで良いからね」


 不毛な言い合いになりそうなので、小池さんにはため息交じりに言い含める。


「ところで、は、晴翔君は何か用?」

「え? あ、麦茶でも飲もうかと……。僕も名前で呼んで、いい?」

「う、うん。そうしてもらえると嬉しい」

「遥、さん」

「はい」

「やべ。照れる」

「そろそろ、こっちへ戻って来てほしいんですが、お二人さん」


 二人して赤くなってしまって、僕は逃げる様にリビングに避難した。

 嬉しすぎて、些細な違和感に気付きもせずに。




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