8話
そうするうちに医者が現れて、検査結果は問題ないが意識が戻っても一晩は入院するようにと言って去って行く。一緒に居た看護婦さんに案内されて病室に入ると、小池さんは目を覚ましていてボーっと天井を見ていた。
「気が付いたんだね」
「坂崎君、と……」
こちらを向いた彼女は、目を見開いて僕の母を見ている。母は外国人なので驚かれることが多くある。なにしろ、僕にはその特徴がほとんど無いのだから。
「僕の母だよ。驚いた? えっと、今晩は入院する必要があるって。必要な物とかがあるんだけど、母に取って来てもらっていいかな? 家の鍵は僕が預かっているんだけど」
「う、うん。あの、えっと、お願いします」
「晴翔。下に販売機があったから、お茶とか水とか買ってきて。ゆっくりで良いわよ、置き場所とかアナタには聞かれたくないこともあるでしょうから」
財布を預かってゆっくりロビーまで下りて、コーヒーを買ってホッと一息つく。大きな怪我とかが無くて本当に良かった。明日には退院できるだろうから、学校を休んででもちゃんと迎えに来よう。
水とお茶を買って戻ると、小池さんがベッドに腰掛ける母に縋りついて泣いていて、母が彼女の頭を撫でていた。
「どうしたの!」
「急に不安になったんでしょう。頼れる人も居なかったみたいだし。さ、荷物を取りに行ってくるから泣き止んで。それとも晴翔と変わりましょうか?」
「ちょ! ちょっと、母さん!」
「怖かったんでしょうから、慰めてあげなさいよ。荷物を取ってくる間だけですけどね」
「だいじょうぶ、です。あの、荷物、お願いします」
母が出て行ったので、椅子を引き寄せて腰掛ける。小池さんは安静にしていた方が良いだろうと、ベッドに横になってもらう。
少し落ち着いたようなので、ことの始まりを聞いてみる事にした。
「相沢と何があったの?」
「相沢さんと言うの? 坂崎君がスマホを忘れたのに気付いて、届けようと思ったらチャイムが鳴ったから、確認もせずに扉を開けてしまって。そうしたら『坂崎君に呪いをかけてどういう了見だ』って掴みかかられて」
「それで廊下でもみあいになった」
「スマホを取ろうとするし話も通じないし、逃げようにも家に入られるのも困るから。それで下に逃げようと思ったら、背中を押されて」
思い出すのも怖いのか、そう説明しながらも布団の上で組んだ腕が震えている。安心してもらいたくてそっと手を重ねると、ハッとした表情で頬を赤らめる。
「そうか、怖かったよね。僕はちょうど落ちた所に戻って来たから、救急車を呼んで、相沢が見えたから問い詰めた。そうしたら、押したことを認めたから警察を呼んで……」
「呼んだの!」
「だって故意じゃないか。君の事が心配だったから、かまっている暇なかったし。だから申し訳ないけど明日、退院後に警察に連絡を入れて欲しい。その、状況の確認がしたいそうなので……」
「しょうがないよね。それだと学校にも?」
やっぱり大事にはしたくなかった様で、僕の感覚がおかしかったのだと気持ちが沈む。それでも伝える事を疎かにはできない。
「君の緊急連絡先を問い合わせるそうだよ」
「あれ家の固定電話だから、誰も出ないね」
「あのさ。それじゃ何かあった時どうする気だったの?」
「心配してくれる人なんていなかったから、気にしなかったの。月一回は向こうから連絡が来るから、それにも出なければ賃貸契約も切られて終わりじゃないかな」
無茶苦茶で溜め息しか出ない。かと言って、僕がどうこう出来るわけでも無いので強く言う事も出来ないし、家においでとも言える訳はない。
「……あの。呼び捨てだけど、彼女との関係、は?」
「へ? ただのクラスメイトだけど? 君に酷い事をしたんだ、さん付けする必要も無いだろ」
「そっか。うん、だいじょうぶ。なんでもない」
そこからは誕生日だとかのプライベートな事を教えあっていたら、荷物を抱えた母が戻って来た。そう言えば、母の事を全く聞かれなかったな。
「お待たせ、遥ちゃん。着替えを適当に入れて来たので、退院の時に着てね。制服は汚れちゃっているから、洗濯するので預かっていきます。手続きとかは明日する様だから、私が来るまで待っていてね」
「いえ、そんな、ご迷惑は……」
「私がしたいからするの。迷惑なんて考えないで。さっきも言ったように、私を頼って欲しいの。お願いだから、無理はしないで」
「ア、いえ。よろしくお願いします」
「うん、いい返事ね。それじゃ、また明日」
「ゆっくり休むんだよ」
「うん。坂崎君も、ありがとうね」
僕の方がついでだったような返事に苦笑いを浮かべながら、母の後を付いて病室を出る。駐車場に向かって歩く外は、すっかり真っ暗になっていた。
走り始めた車の中で今日のお礼を先に言って、先々の協力も仰いでおこう。
「いろいろ有難う。ところで、随分と小池さんに優しくしてくれるんだね」
「初めて出来た貴方の彼女なんでしょ。振られちゃうのは可哀想だし、親近感って言うのかな? なんか他人ごとに思えなくてね」
「ごめん。迷惑かけるけど、彼女の力になりたいから協力してください」
「大丈夫よ。パパにも相談して、出来る限りのことはするから」
家に帰れば、父がボーっとテレビを見ていた。
僕も手伝って食事の用意をして、今日あった事を話しながら遅めの夕食を取る。父は真剣に話を聞いてくれて、協力してくれると約束してくれたが、警察に連絡した事はやはり行き過ぎだったと注意されてしまった。




