6話
放課後になって小池さんから連絡が来た。予想取り彼女の家で話す事になったので、噂にならない様に別々に向かう。
「お邪魔します」
「どうぞ」
招き入れられて改めて部屋を見回すと、本当に最小限の物しか置いてない部屋なのが分る。
お弁当を持って来てはいるから、炊事に関しては大丈夫なのだろうが、ちゃんと食べているのだろうか。
「坂崎君は私の事をどこまで知っているの?」
これまで、彼女の家庭の事までは話題に上げなかったものの、危なくない様にとか相談ごとには乗るよって話ししかしてこなかった。当然、彼女はある程度の事まで知られているとは感づいていたはずだ。
「ご両親を亡くしている事と、クラスでは浮いていて友達がいない様だって事かな。あとは独り暮らしらしいってこと。それを知っていて遠慮なく上がり込むって無神経なのは解ってはいる」
「私が呼んだんだから、そこは気にしなくていいけど。そう、独り暮らしをしているの。親類がいないわけじゃないけど、行き難くてここを借りてもらっているわ」
「生活費とかはバイト?」
「いいえ。考えてはいるけど、なかなか踏み出せなくって。だから、母が残してくれた貯蓄から生活費を出しているの。高校を出ても余るくらいはあるから、無理する必要も無いんだけどね」
「そっか。でも、ちゃんと食べてるの? やっぱりなんか顔色とか悪いよ」
「半分は貴方が原因かな。坂崎君に会ってから、昔の事を夢でよく見るの。特に幼馴染のハルトの事をよく見る」
「それが僕と同じ色をした、君の思い人……」
少し胸が痛い。毎日夢に見るほど忘れられないのだと言われれば、僕に振り向かせることはことさら難しいのだから。
表情に出ないように努めたおかげか、彼女は気にせず話し始めた。
「彼は同じ孤児院で育った幼馴染で、姉より少し年上だった。想像できると思うけど女の子の引き取り手は多くって、無理やり連れて行かれる事は無かったけど、女の子の比率はどうしても低かったの。それで、やっかみもあったと思うけど意地悪されることが多かったわ」
「彼は?」
「よく私たち姉妹を庇ってくれていて、喧嘩になっても強くって、好きになったのも幼心の憧れだったと思う。それに、彼は姉を好きだったと思うから」
「ラインハルトは?」
「あの人は孤児院の出では無いわ。よく遊びに来てくれていて、男の子に剣を教えてくれていた。彼もラインハルトに師事していて、孤児院の中では一番強かったと思う。しばらく経ってから気付いたのは、ラインハルトもまた姉に好意を寄せていた事」
小池さんは初め、姉のために命を賭してラインハルトを助けたと言っていた。ならば、ハルトではなかった理由があるはずで、そこにレイナはどう絡んでいたのだろうか。ハルトとレイナは結ばれたりしたのだろうかと、考えれば考えるだけ気持ちが沈んで行く。
「お姉さんを取り合いになった、とか?」
「私も学校に入っていたから詳しくは解らないのだけど、ラインハルトが夜盗狩りに行く際に孤児院から何人か連れて行って、ハルトはそこで命を落としたらしいの。その死をきっかけに姉はシスターになって孤児院に残る決意をしたわ。姉はハルトを選んだと思う」
「でもレイナは、命を落としてまでラインハルトを助けたんじゃないのか? お姉さんの幸せの為に」
「あの世界でシスターとして幸せをつかむことはとても難しいの。守ってくれる人がいなければ、女は幸せにはなれないから」
「だからレイナはラインハルトに託したのか。お姉さんを守ってほしいと」
「そう。世界を託された者に近しい人に害を成す者はいないでしょうし、世界を救えたならばそれ相応の地位を得るのだから」
ハルトの死の真相は分らないが、お姉さんの行動からはラインハルトを拒絶する意思を感じてしまう。それは、英雄でさえ邪魔者を排除しようとする浅ましい考えが許される世界。
だからこそ、姉のためには嫌いだろうとも助けなくてはいけなかった、レイナの葛藤が感じられてしまう。
「小池さんは、彼の事をまだ思っているの? 夢に見るほどに」
「逆に聞くけど、坂崎君は私に興味があるの? そうではなくレイナに、あの世界に興味があるんじゃないの?」
「どうだろう。関わろうとしたきっかけは、君の前世に興味があったからだけど。こうしてここに居る僕は君に、小池遥に惹かれている。ハルトに嫉妬してしまうほどの思いが僕の中にある」
「……はずかしくは無いの?」
「そりゃはずかしいよ。でも聞いてきたのは君だし、誤魔化したりするほど気持ちに余裕が無いんだから、しょうがないじゃん」
正直に言えば、あの小説を読んでレイナの事をつまらないヒロインだと思っていた。いくら高位の魔術を使えたからって、命と引きかえにする意味が解らなかったのだ。
生きて、主人等と手を取り合って壁を越えて行くのがヒロインであると、勝手に思い込んでいたのだから。
だから、レイナに好意など持っていない。こうして話したいと思うのは目の前の彼女なのだ。
「あのね。ハルトが夢に出てくると『君は今、幸せか?』って聞いてくるの。そうすると決まって坂崎君が現れて、向けてくれる笑顔に心が温まるの。あのね、私は坂崎君のそばにもっと居たい。もし嫌でなかったら……」
「まって。その先は僕に言わせて。小池さん、好きです。どうか彼女になって下さい」
「はい。よろしくお願いします」
ハルトの事をどう思っているのか聞くだけのつもりが、夢なんじゃないかと思えるほど、すんなりと告白にOKを貰えて力が抜けてしまった。
彼女を見れば、はずかしそうに俯いたまま耳を赤くしている。僕も火照っているから、同じように耳まで赤いのかもしない。それでも、こうして一歩進めたことはとても嬉しい。
もっとこうして居たかったけれど、差し込む夕日に慌てて腕時計を確認する。
「やば、そろそろ帰らないと。そうだ、良かったらこれから家に来ないか? 母さんが連れて来いって言ってたからさ」
「え! でも急にお邪魔するのも悪いし、その心の準備が」
「気になる子が独り暮らしらしいって言ったら、『ご飯食べて泊まっていけば』なんて言うくらいだから、遠慮しないで良いよ。もっとも泊まっていくのはどうかと思うけど」
「えっと、変わったお母さんだね」
「母さんは孤児院で育ったみたいで、客間もあるからか気にならないみたいなんだ」
「今度。もう少し早い時間にお邪魔できるようなら、ご馳走になりに行くね」
「そうだね。じゃ、そろそろ帰るよ」