4話
玄関で靴を履きながら疑問が確信に変わるが、そこには触れずに挨拶をする。それでも一押しする事は忘れない。
「突然ストーカーみたいな事をして、本当にごめんね。その、君が嫌でなければ学校でも話し掛けたいんだけど」
「えぇ。ただ私、周りから浮いているから。坂崎君の迷惑にならないか心配で」
「関係ないよ、そんなの。君とはもっと話しをしたいんだよ。でもそうだな、いきなり教室とかに押掛けるのも変だから、連絡先を交換しない?」
「え?」
「昨日みたいなことが頻繁に起きるとは思わないけど、何かあったら連絡くれても構わないしさ」
「……」
唐突過ぎた様で、かなり警戒されてしまった。やましい気持ちとかではなく、彼女の危機に対応したかっただけなのだが、伝わらなかったようだ。
「いや、無理にとは言わないから。それじゃ、おじゃましました」
「うん、またね」
外からアパートを見上げる。
無理にでも連絡先を交換しておけばよかったと、今更ながらに思うが致し方ないだろう。
玄関には靴が数足しかなかったし、そのどれもが同じサイズの女性物だった。間取りから言っても、確実に彼女は独り暮らしをしているはずだ。
彼女が語った前世なるものが本当であるならば、その事で家族との間に溝が出来て、独り暮らしを強いられているのかもしれないし、前世の因果で家族を失っているのかもしれない。
家に帰ってからも彼女の顔が頭から離れず、彼女の力になってやりたいと思ってしまうのは、恋でもしてしまったからなのだろうか。
翌日、教室に入るといくつかの視線を感じたが、かまわず自分の席まで行き、いつも通り阿部に挨拶をして椅子に座る。
「おはよう」
「おはよう、坂崎。さっそく時の人だな」
「どんな噂だ? この視線も、それが原因なのか?」
「昨日の昼、彼女と一緒だっただろ。そして帰りは部活まで休んでまで、申し合わせたように同じ電車に乗った。降りたホームでお前らが見つめ合っていたのを見ていた奴がいて、魔女が呪いをかけたんじゃないかって噂が立ってる」
用心したつもりが、逆に目立ってしまっていたようだ。今頃、彼女も教室で矢面に立たされているかと思うと申し訳ない。それにしても呪いって、同じ字ではあるが読み方でこんなにもイメージが違う物なのか。
「魔女って言われているのか。それは中学時代からなのか?」
「父親が亡くなった辺りから言動がおかしくなった。たまにブツブツ呪文を口にすることがあったりして、その後に病気になる奴が出たもんだから魔女認定されたんだ」
「母親も亡くしているって聞いたが」
「本人から聞いたのか。交通事故だったらしいが、今年の初めの事だよ。親類が気味悪がったんで、独り暮らしをしているらしい」
なら、父親の死で前世の記憶が戻ったって事かな。見えてしまうから、直そうと思って呪文を唱えていたのかもしれない。
そして独り暮らしをしているのは、確かなようだ。
今すぐにでも話がしたいが、出向いて行く時間が無い。やはり連絡先を交換しておくべきだった。
「阿部も随分と詳しいじゃないか。彼女に気でもあるのか?」
「な訳あるか。朝っぱらから同中の女子が噂しているのが聞こえただけだよ。目を付けられたお前にも、呪いがかけられているんじゃないかって。な」
「はぁ? 馬鹿じゃねぇの? そんなの誰も信じないだろう」
「そうでも無いさ。お前もなにげに人気があるからな、女子に」
「なんで?」
「剣道は強いし、誰にでも愛想が良い。他が並み以下でも評価は高けぇよ」
そんなもんなんだ。特に気にした事も無ければ、好意を寄せられたことも無いので、評価なんてないのかと思っていた。
もっとも、それと噂の関係性が理解できるかと言えば、理解しがたいとしか言いようがない。
今日の昼も屋上に行こうかと思っていたけれど、彼女に迷惑が掛かっているのであれば止めるべきだろうか。
そんな事を考えながら授業を受けていたが、やはり彼女の困った顔が頭から離れない。勉強に支障が出るほどではないけれど、どうすべきか。
「なぁ、阿部。距離を置いた方が良いと思うか?」
「なんだ、やっぱり本気なのか? 距離を置けば噂なんてすぐ消えるだろうが、どっちにしたってボッチはボッチだ。坂崎の好きにすればいいじゃないか」
「ボッチ、か。いや、やっぱり昼に会って来るよ。悪いが、何か聞かれたら、占いが好きだとでも誤魔化しておいてくれ」
「あいよ。噂話は嫌いで、迷惑かけた謝罪に行ったと答えておくよ」
どうやら、これ以上の噂が出ない様に協力してくれるようだ。ならば遠慮はいらないだろうし、少なくとも連絡先は交換しておきたい。
昼休みに入って直ぐに購買でパンを買い込み、そのまま屋上に向かうと、いくつかの視線を感じた。
購買に行く前に階段を上がっていくのが見えたから、彼女は間違いなく屋上に居るはずで、僕が行くのかを気にしている者がいるのは確かだった。
「小池さん、こんにちは。隣に座っても良いかな」
「えっと、こんにちは。あの、噂が出ていて……」
昨日と同じ場所で食べ始めていた彼女の前に言って声をかけると、戸惑ったように視線を泳がせて挨拶を返してくる。泳がすと言っても、僕の背後を窺っているような感じだった。
だからその視線の先に伝わるように、ハッキリと伝える。
「そう、噂の件で謝らなくてはと思って。だから、隣に座っても良いかな」
「……はい、どうぞ」
隣に座ってざっと眺めれば、明らかにこちらを気にしているのが数人いる。その全てが女子なのは、阿部が言っていた事を証明するものなのか解らないけど、牽制はしておくべきだろう。
「本当にごめんね。小池さんは助けたお礼を渡すだけだったのに、僕が無理なお願いをしたばっかりに、変な噂が立っちゃって。でも、あの小説の話が出来る人って初めてだったからさ。もし迷惑でなかったら、また時間を作ってもらえると嬉しいんだけど」
「うん。話をするくらいなら」
「それじゃ、連絡先を交換しようよ。小池さんに迷惑が掛からない様に、時と場所を選ぶから」
「そこまで言うのなら」
彼女に連絡先を教えて登録してもらい、ワン切りしてもらう事でこちらも登録を済ませれば、彼女の情報が漏れる事は無い。SNSアカウントは電話帳に連動するから、後で許可の設定をしておけば足りるだろう。
少し向こうの世界の話をしながら食事を済ませ、一緒に階段を下りて廊下で別れて教室に戻った。