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3話

 呪文を含めた昼の出来事が気になっていて、午後の授業にまったく身が入らないでいた。性格的にモヤモヤしたままなのは嫌いなので、彼女を少し問い詰めたいとの考えに至った。

 それでも学校内では人目が有り、彼女に迷惑をかける訳にもいかないので、駅で捕まえようとHRが終わると同時に教室を飛び出した。

 駅に向かいながら、顧問に「今日も病院だったことを伝え忘れていた」と部活を休むと連絡を入れ、コンコースの端に隠れる様に立つ。


 彼女も直ぐに教室を出たのか、待つほども無く現れてこちらに気付くことも無く改札を通って行く。

 後を付ける様にホームに降りて同じ電車に乗り込むと、こっそり窺いながら彼女が下りるのを待った。

 なんでこんなストーカー紛いの事をしているのかと言えば、彼女の最寄駅で捕まえようと考えていて、自宅を知らない以上はこうせざるを得なかったからだ。

 六つ目の駅で彼女が電車を降りる素振りをみせたので、後を追ってホームに降り立つと彼女がこちらを見ていた。

 特殊な能力でもあるのか、最初からばれていたのかもしれない。


「駅で隠れていたよね。どうしてこんな事をしているの」

「昼の件で聞きたい事が有ったんだ。なぜ君はあの呪文を僕に唱え、なぜあの名前に反応したのか」

「あなたは、あの小説を読んだ事が有るんだよね?」

「父が持っていてね、『お前の名は、この小説の主人公からもらったものだ』と聞かされたことが有る。だからこそ、どうしてあんな事をしたのか知りたい」


 俯いて考え込んでいた彼女は、何かを決心したように顔を上げると、一言「付いてきて」と口にしてさっさと駅を出て行ってしまう。

 慌てて後を付いて行くと、住宅街にある古びたアパートの一室に招き入れられてしまった。


「廊下での立ち話は人目に付くから、遠慮しないで上がって」

「おじゃまします」


 そう言われてしまえば抗う事も出来ず、勧められるままに上がり込み、ダイニングテーブルを挟んで彼女と向かい合いで座る。

 そこは2DKの間取りで荷物も少なく、とても家族と住んでいるようには見えない。


「私が前世の記憶を持っていると言ったら信じてくれる?」

「随分いきなりだけど、この状況に関係が有る事なんだよね。証明のしようが無い事なんだろうけど、説明に信頼性が有ったら信じるかもしれない」

「無条件で信じてほしいとは言わないけれど、話を聞いてほしいの」


 彼女は真剣なまなざしで、次のような話をしてきた。


 私は前世の記憶を持っているの。

 前世といってもそれはこの世界じゃなくて、あの小説で語られていた世界。その世界で私はレイナ・フォン・ユグドニアスを名乗っていたわ。

 語られてはいなかったけれど、幼い頃に両親を事故で失って孤児院で育ったの。だから家名は魔王討伐に向かうにあたって与えられたもので、けして貴族だったわけでは無いわ。

 レオンハルトに出合ったのは、冒険に旅立つよりも前の孤児院でね、私たちの面倒をよく見てくれていて、強くて優しくてみんなの憧れだったの。

 そんな中で私は治癒魔法の才覚を見出され、王立の学校で学ぶことになって孤児院を出たわ。

 戦火が広がってからは概ね語られていた通りだけれど、私に彼への愛情なんて無かった。

 彼が私に求めていたのは治癒の能力だけだったし、彼が愛していたのは、私の姉であった孤児院のシスター・アリシアだったのだから。

 だから私は、あの時に全ての魔力を使って彼を助けた。彼のためでなく姉の幸せの為に。


 そこまで話すと、気持ちを切り替える様に台所に立つ。


「ごめんね、お茶も出さずに。コーヒーとお茶とどちらが良い?」

「お茶が良いな。それより君は、『前世で使えた魔法を今も使える』で良いのかな」

「いいえ、使えないでしょうね。使えていれば、母は死なずに済んだでしょうから」


 湯呑を持って戻って来た彼女は、やり切れない様な顔でそう答えて前に座る。口調からは、歯がゆさや遣り切れなさみたいなものが感じ取れる。

 しばらく湯呑を眺め、躊躇いながらも聞いておきたかった事を口にする。


「どうして僕にお(まじな)いをしたんだ。使えない魔法の呪文を何故」

「貴方の纏う色が、あの世界で好きだった人と同じだったから。もしかすると効くんじゃないかなって思ったの」

「それで君が倒れでもしたら、僕も困ってしまうところだったんだけどね」

「ごめんなさい。あれは私の我儘。肝心な時にそばに居られず助けられなかった、その償いを重ねただけ」

「それで使った結果はどうだった?」

「効果は無かったみたいね。私もこの通り何ともないし、あなたの色も変化は無いもの」


 彼女は人の色を見て何かを判断しているようで、それは前世の能力を持って生まれたと言えるものなのかもしれない。そうであれば、前世の記憶を持つ証拠と言えるだろう。小説にはそんな描写は無かったのだから。


「君には僕らが見えない色が見えていて、その能力は前世に起因するものなんだね」

「そう。前世の私も色によって怪我や病気の状況を把握して、魔術によって治療を施していた。治療が出来ないのに色だけ見えてしまうのは、本当に意味のない能力だと思うけど」

「過去、その能力で病院を勧めたりとかは?」

「家族にはした事も有るけれど、信じてはもらえなかった。だから、他人に対しては無い。これで納得した?」


 投げやりな口調に、亡くなったお母さんに対しての行為だったのだろうと察してしまった。それでも中学時代の様子に符合しないものを感じてしまう。


「人混みが苦手なのは、黙って見過ごす事に罪悪感があるから?」

「色に酔ってしまうことがあるから」

「君の思い人だった人は、どんな人だったの?」

「……、それに答える必要があるの?」

「いや、少し興味があっただけ。うん、ありがとう。それじゃ帰るとするかな」


 まだ彼女と話をしていたい気持ちはあるが、初対面に近い女性の部屋に居座るのは良い行いとは言えない。なにより、彼女の家族が帰ってきてあらぬ誤解は生みたくない。

 母親は亡くなっていると言っていたから片親なのかもしれないし、再婚相手がいるのかもしれない。どちらにしろ、この状況で会うべきではないと考えた。

 もう少し彼女の置かれた立場を知り、力になれる部分を明確にしてからでないと、距離を置かれかねないと感じたからだ。




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