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10話

 遥が居たからと言って特別な料理が出て来る訳も無く、普段通りの食事が並ぶテーブルで、いつもは空いている隣に彼女がいる事がただただ嬉しい。

 それは母も同じみたいで終始ニコニコしているし、遥用の茶碗や箸まで買ってきていたみたいだ。

 そして遥も、昨日の事など嘘だったかの様に顔色も良くって、くつろげている様だった。


『プシュッ!』


 隣にばかり気を取られていたら、母が缶チューハイを開けて飲み始めてしまった。いや、たしかにグラスが出ていた気がする。


「ちょっと母さん。遥を送ってくれるんじゃないの? それとも父さん、今日は早く帰って来るの?」

「え? パパはいつも通り遅いわよ。送る必要も無いし」

「えっと。晴翔君は聞いてないの?」

「何を? まさか泊めるとか? いやいや、倫理的に拙くない?」

「泊まるって言うのも違くてね」

「遥ちゃんはね、今日からここに住むのよ。やったね。嬉しいよね、晴翔。でも、間違いは起こさないでね」


 一瞬、頭が真っ白になった。彼女の安全のためにと、いろいろ考えていた中にあった提案ではあったけれど、承諾されるはずは無いと思っていたからだ。

 それは両親からの者だけでなく、遥が承諾するはずがないと考えたからだ。


「どうしてそうなった? いやいやちゃんと説明してくれ!」

「まだ手続きは済んでいないけど、里親(?)になれば良いんじゃないかってパパと話してね。あんな事も有ったから、今日から来ちゃいなさいってなったの」

「やっぱり晴翔君にとっては、迷惑だったよね」

「いや、迷惑とかじゃなくてね。嬉しいんだけど、嬉しんだけど、許されるの?」


 そんな不安そうな顔をされて、ここに住む不安は無いのかと逆に聞きたくなった。そこまで信用されるのも、男と見られていない様で悲しいものがある。

 そこに母が爆弾を落としてくる。まだ酔ってもいないだろうに、絡まないでほしい。


「結婚の事? 戸籍を弄る訳じゃないから大丈夫よ」

「「結婚!」」

「そんなに驚かなくても。付き合った結果がそこだろうと思っただけで、嫌いになれば別れたって良いでしょ。でも、遥ちゃんは何があっても私の家族だからね」


 展開に何とか付いて行っている感じだが、母にそこまで決断させる理由がわからないでいて、お互いが両親を失っている事だけでは無い事は確かだった。


「母さんはどうしてそこまで遥の事を」

「あの、晴翔君。その……、いえ、何でもないです」

「照れるよね。いきなり呼び捨てだもんね」

「茶化さないでちゃんと答えてよ」


 たぶん僕だけが聞かされていない事実があって、その事があの世界の事のように思えて疎外感がハンパない。


「はいはい。母さんは昔、とある孤児院で子供たちの面倒をみていました。シスター・アリシアとしてね。ある時、勇者と呼ばれる暴漢から逃げるため、崖から身を投げたらこっち落ちてきて、パパに助けてもらったの。私にはレイナという妹がいて、妹の生まれ変わりが目の前に座っている。もう解るわよね」

「それって、たちの悪い冗談?」

「本当の話」

「母さんは海外どころか、異界から日本に来たってこと?」

「そう」


 病院ではマンガの見過ぎだと切って捨てたのに、自身が異世界から落ちてきたなどと、どの口が言うのかと怒りが込み上げる。反面、遥と結ばれてはならない事実に肝が冷える。


「僕の好きになった人は、叔母さんに当たる人の生まれ変わり?」

「生まれ変わりだから、血縁関係は無いわよ」

「父さんはその話を」

「知っている。だから快く引き受けてくれて、先方とも話をしてくれているのよ」


 なら遥を思うこの気持ちは、関係ないと言い切ったはずのあの世界に引きずられているのか?

 横を向けば少し悲しそうな面持ちの遥が、ただ黙って僕を見ている。

 そんな顔をさせたいわけじゃない。

 僕が彼女を好きになったのは、顔であったり仕草であったり、自分を顧みない優しさだった。それはレイナの記憶が作用しているかもしれないけど、小池遥が育った環境が、受けた教育が、注がれた愛情が根幹をなしているはずだ。

 だから、訳の解らない因果が干渉する余地などない。


 膝の上でギュッと握られていた手を優しく取り、遥に微笑みかけたが、安心させられているか自信がない。

 だからこそ言葉にすべきなので、躊躇してはダメだと思った。


「ちょっとビックリしている。で、無性に照れくさい。だけど遥の近くに居られて、君を守る事ができる嬉しさが何よりも勝っているよ。だから、そんな顔をしないで。」

「うん。ありがと」

「あらあら、暑いわねぇ。酔っちゃったかしら。それより、片付かないから早く食べちゃって。あ、もちろんご飯の事よ」

「念を押さなくても解ってるよ!」

「シスター、お願い。もう、これ以上は……」

「そうね。私も娘に嫌われたくないし、これくらいにしときましょうか」


 食事を再開しながら引越しの事とか煮詰めて行く中、ふと感じた違和感を口にする。


「遥は、母さんの事を姉として見ているんだよね」

「どちらかと言えばそうかな。だから、アリシアさんとかお母さんとか違和感があって」

「でも母さんは、遥の事を妹としては見ていない。よね」

「だって、レイナは死んでしまったもの。遥ちゃんはレイナの記憶を持っているけど、容姿だって考え方だって違うものね。だから余所の娘さんでしかなくて、見過ごせない状況だから庇護したに過ぎない。そう、これは私の我儘よ」

「シスター……」

「だからレイナの分まで、遥ちゃんは遥ちゃんとして幸せに生きてちょうだい」

「はい……。お義母さん」

「はい、良くできました。それじゃ二人とも、お風呂に入ってきなさい。じゅ・ん・ば・ん・に、ね」

「「だからぁ」」


 あれから相沢は、一度も登校する事無く転校していったが、行先は誰も知らない様だった。

 遥はバイトの許しが出ず、家に一人で居るのは心細いと、毎日一緒に登下校している。最近は友達も出来た様で、お昼は一緒に食べる事が無くなったのは残念だけど、笑顔が増えたように感じるので良かったと思う。

 僕は徐々にクラスに受け入れられていて、阿部とは以前の様に話をするようになっていた。


「いいよな、晴翔は。かわゆい彼女の手作り弁当が毎日食べれて」

「お前も作ってもらえばいいじゃないか」

「その前に彼女がいないんだよ」

「渡邊さんと仲良いじゃないか。よく話しているだろ」

「あいつは幼馴染なの。家が近所なだけだから」

「そっか。やっぱりこの前一緒に歩いていたのが彼氏なのかな?」

「え? ちょ! いつ! どんな奴だった?」

「嘘だよ。そこまで気になるんだったら、さっさと告白して来い」


 そんなゆるい感じの毎日が続いていて、もう直ぐ夏休みに入る。

 僕は部活があるからその間は別々になってしまうけど、今以上に遥と居る時間が多くなるわけで。

 僕の心臓と理性が、壊れやしないかと心配が尽きないのであった。




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