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1話

 その()と知り合ったのは、高校に入って間も無い放課後だった。

 その日の僕は検査のために部活を休んでいて、病院へ向かう為に駅のコンコースを歩いていた。

 つい忘れがちな残金を思い出せず、降りた駅で乗り越し精算をするのが煩わしいので、念のためにチャージしとくかと券売機に目を向けた。するとその少し先に金髪ロン毛が二人、女の子を角に追い詰めるように立っているのが見える。

 普段なら様子を見るなりしたかもしれないが、隙間から見えるスカートの柄から同じ高校の生徒であることは明白なので、割って入る事にして近づいて行く。


「いいじゃんか、ちょっとお茶するだけだからさ」

(おご)ってやるって言ってんだから、おとなしく来いよ」


 そんな会話が聞こえてきていて、女の子が俯いてしまっているのが見えた。ナンパなのは見え見えだが、止める者など誰もおらず皆が皆素通りだった。


「ごめんごめん。遅くなっちゃった。お兄さん方、その娘は僕の連れなんで離して貰えるかな」


 少々大きめの声を上げたので、金髪のお兄さん方が厳つい顔をこちらに向けてくる。厳ついとは言っても迫力など微塵も感じられないので、短時間で追い払えると踏んだ。


「小僧は引っ込んでろよ」

「ミンチにしてやんぞ、おら」


 どこのチンピラだか知らないが、個性のひとつも無いので苦笑いが出てしまいそうになる。もうちょっと如何(どう)にかならないものなのか。いや、如何にかならない程度だから、こんな所で女子高生をナンパしているのだろうけど。


「これでも有段者で、木刀をたまたま持っているんだよね。過剰防衛になっちゃうから嫌なんだけど、どうしてもって言うのなら相手するよ。やる?」


 にこやかに笑って、左手に持っていた竹刀袋から木刀の(つか)を見せて右手をかける。

 チンピラ風情に後れを取るほど弱いつもりは無いので、これくらいの脅しで問題ないだろう。案の定、チンピラは顔を見合わせて舌打ちをひとつすると女の子から離れてくれた。

 まあ、擦れ違い際に僕の肩へ強く当たって来たのはしょうがないだろう。それでイライラを発散してくれるのなら、笑って流してやることにする。


「大丈夫だった?」

「あ、ありがとうございます」


 戸惑った表情を浮かべたままでいるので、小首を傾げながら声をかけると、ハッとしたように頭を下げられる。その声が思いのほか大きくてこちらが驚いてしまう。


「いや、同じ学校の子が酷い目に合うのを、見て見ぬふりは出来ないから。それじゃ、気を付けて帰ってね」


 そろそろ急がないと病院の予約時間に間に合わなくなりそうなので、(きびす)を返して歩き出すと呼び止められてしまった。


「あの。お礼をしたいので、お時間ありますか」

「ごめん、これから病院なんだ。それに気にする事じゃないから、お礼なんていらないよ」

「だったら、クラスと名前を教えてください」


 絡まれているくらいだから、内向的で口下手な子なのかと思っていたけれど、どうやらハッキリと考えを口にできる子らしい。だったら断れば良かったのにと、思わなくも無いがチンピラに絡まれたら口には出来ないか。


「一年二組の坂崎晴翔(さかざきはると)だよ」

「ハルト? あ! 私は一年五組の小池遥(こいけはるか)です。明日、改めてお礼に伺います」

「あぁ。それじゃ、また明日」


 いきなり下の名前を呼ばれてドキリとしたけれど、彼女の名前と一文字違いだったようだ。既に間に合うかどうかのギリギリの時間なので、走りながらそんな事を考えつつ電車に駆け込んだ。

 電車に揺られる一時だけ『可愛かったなぁ』なんて思ったりして、電車を降りて病院まで走り詰め、何とか受付時間に間に合って検査を受けた。わずかな期待を寄せていたのに、伝えられた結果は思わしくなかった。

 右耳の聞こえにくさは原因が特定できず、薬の効果が見られない事から、このまま行けば遠からず聴力は失われると説明された。

 家に帰って母に結果の報告をする頃には、駅でのやり取りもすっかり忘れていた。なにしろ、僕より悲観的になっている親をなだめなくてはならなかったのだから。


 翌日、教室に入ると学級委員の渡辺(わたなべ)さんが声をかけて来た。


「おはよう、坂崎君。チョット前に五組の女の子が来ていて、貴方を探していたわよ。『朝練でしょ』って答えたら、昼休みになったらまた来るって」

「あぁ、わかった。ありがと」


 その言葉で昨日の事を思い出した。朝から教室に訪ねて来るとは思わなかったので、ちょっとビックリした。その行動力があって、なんで黙ってナンパなんてされていたのか不思議だ。


「なんか小さな紙袋を持っていたけど、プレゼントか? そもそも、あんな可愛い娘といつ知り合ったんだよ」


 後ろの席から阿部(あべ)が突いて来たので、昨日の顛末(てんまつ)を話してやる。

 そもそも、成績も容姿も並みの僕が告白を受ける事は考え難く、あんな可愛い子に告白できる程の図太さは持ち合わせていない。それをこの短い付き合いで感じ取ってくれていたと思ったのに、どうやら違ったようだ。


「だから、お礼じゃないか? 別に気にしなくていいって言ったんだけどね」

「いいなぁ。可愛娘ちゃんにプレゼントもらえるなんて。俺も貰いたい。いや、彼女が欲しい」

「なら駅で張っていれば? お前帰宅部で暇だろうし、昨日の金髪が懲りずにナンパしてるかも知れないよ」

「ムリムリ。俺、喧嘩とかからっきしだし。俺が先にナンパしたい」


 だから女子からチャラいって言われるのだけど、本人は気にした風も無くのほほんとしている。

 ナンパしたなんて聞いた事が無いので、本当の所は真面目なのだと思っているが、日ごろの態度で女子からは距離を置かれてしまっている残念な奴だ。

 顔は悪くないのだから、もうちょっと真面目にしていればモテるだろうに。




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