最終話 「人と魔を繋ぎとめよ」
「そうしてめでたしめでたし――とは終わらなかったわけですね」
「どうやったら今ので『めでたし』とか思えるんだ……」
ひととおり話し終えると、メイドがうんうんとうなずきながら言った。
「え? だってどう聞いたっていまの話この世界の話ですし……」
「いやいや、まるで違うだろ。この世界は人と魔でそこまで激しく争ってないし、たしかに昔【勇者】はいたみたいだけど、すげえ昔の話だろ」
「えっ? ……うわ、逆に怖い」
なにがだよ……。
「しかし、もしクルト様の話が本当ならお相手の魔王様もずいぶん苦労したでしょうね」
「……ああ、そうだな」
その点に関してはぐうの音も出ない。
本当につらいのは残された魔王のほうだ。
彼女があれからどういう目的を持って動いたのかはわからないが、いずれにしても大変な逆境の中を歩いたことだろう。
「横にいて守ってあげればよかったのに」
「できるならそうしてたよ」
この言葉に偽りはない。
するとメイドが「しめた」というような笑みを浮かべてまたおれに言った。
「クルト様、〈人魔旅団〉の件、覚えておいでですね?」
「またその話か……」
人魔旅団。
人と魔の争いが前の世界ほどないこの世界でも、やはりまだ争いは存在する。
そんな中で、争いが激化し、これ以上はまずいという状況になったときに動く秘密組織がある。
どこにも属さず、あるいはどこにも属している。
人族と魔族、そのどちらもで構成された、中立の抑止力的存在。
「あなたは以前に長期の家出をなさったとき、世界各地でさまざまな〈魔族の王〉たちと話をしたと聞きます」
おれが正式に衛士になる前、王城に書き置きだけを残して家出したことがある。
たった一年くらいの放浪だったが、その間にいろいろな魔族と出会い、ときに仲良くなったり喧嘩したり、おれなりに意志をもって関わりを持ちながら世界を見て回った。
これが、かつて独りで生きようとして道を誤った自分への戒め。
まだおおやけの組織に属するのは気がひけるが、自分が誰とも関係をもたない『いてもいなくても構わない存在』にはならないように、善処した。
「結果的にそれがおれを〈天秤の王〉なんてだいそれた二つ名を持つ存在にしてしまったわけなんだけど……」
人と魔、どちらにも傾きうる天秤の王。
魔族の王たちが二つ名をつける風習にしたがって、おれにもそんな名前がつけられた。
正直少しむずがゆい。
「それだけならまだしも、まさかおれと関わった魔俗の王たちが勝手に団結して〈人魔旅団〉なんて秘密組織を作るとは思わなかった……」
しかも長は空席だという。
やつらの思惑としてはおれをその旅団の団長に置きたいらしい。
「いい加減におれ以外を探せよ。いまだに長不在って組織としてどうなんだ」
最初の世界で出来の悪い社会人だったおれから見てもあまり健全な状態とは言えない。
組織がまとまるには長が必要だ。
人と魔という性質が異なる者たちを部下に持つのであれば、できれば両種族に対して差別意識のない者がいいだろう。
「クルト様、実は最近もうひとり長に適していると思われる者を発見いたしました」
「ん?」
ふと、メイドが言った。
「その方はかつて、この世界に【魔王】として生きていた記憶があるそうです」
「そりゃあまた、奇天烈なやつがいたもんだな」
「人魔旅団の団員が接触を試み、話をうかがいました」
「あいかわらず動きが早い……」
「すると、こんな答えが返ってきたそうです」
曰く。
――自分は長には不向きだ。
かつて王としてうまく生きることができなかったという記憶があるから。
曰く。
――だが、人と魔が協力し合う組織というものには興味がある。
かの〈天秤の王〉が住むといわれるムーンライム王国のように、我が国ももっと開けた共存態勢を取ろうと考えているところだったから。
「ねえ、そいつ『我が国』とかいっちゃうあたりどっかの王族なの……?」
「とある公国の次期当主です」
「……公国?」
「ちなみにこうも続きます」
――そしてなにより、わたしには叶えられていない約束がある。
わたしは、『とあるバカ』をわたしの前に引っ張り出さねばならない。
どこにいるかはわからないが、必ずどこかにいると信じている。
――そしてそのとき、わたしがすでに長となってしまっていては、そいつがわたしの後ろをついてくることになる。
それは、ダメだ。
「なにそいつこええな……なんかものすごい執念を感じる……」
「いろいろ積もったものがあるそうですよ。魔人族が途絶えたのもそいつのせいだ、と言っていました」
「え、なんでだ……」
「なんでもその方は、前の人生でその『とあるバカ』に惚れたせいで、一生純潔を守り抜いたとか」
「律儀すぎる……」
「だから、そのツケも払ってもらうと言っておりました」
「どうやって……?」
「子どもは最低七人と」
どこの誰だかは知らないが、がんばってくれ。
おれは種馬としてのお前の人生を蔭ながら応援しているぞ。
「で、実はその方、今このムーンライム王国に来ているそうです」
「……へ?」
「というか、この王城の中に」
なにそれこえぇ。
関わり合いになりたくねぇぇ……。
「あ、どうやら向こう方の準備が整ったみたいです。会食場へ向かいましょう」
「う、うん」
急にメイドがきびきびとした動きで部屋を出る。
おれもそれに続いて会食場へ向かった。
◆◆◆
会食場には十人ほどが座れそうな長テーブルがあった。
純白のクロス。
磨きぬかれた燭台。
そこに灯る明かりは、青い魔術炎と紅の魔術炎。
まるで〈魔滅の炎〉と〈人滅の炎〉のようだ。
「では、このまましばらくお待ちください」
「うん」
メイドにうながされるまま椅子に座ったおれは、ぼうっと二つの炎を眺める。
「これ、合わさったら紫色の炎になるのかなぁ……」
そんなことを考えていると、ふいに頭の中に声が響いた。
【人と魔を繋ぎとめよ】
「え?」
すると今度は、外から凛とした女の声が聞こえてくる。
『こ、こんなフリフリの服を着て出て行けるかっ!』
『いやぁ、よく似合っていると思うけどなぁ』
『父上はわたしをからかっているのか!? わたしはこれでも元魔王だぞ!?』
『魔王がかわいく着飾ったっていいじゃないか』
『かつて魔王城に閉じ込められていたときだってこんなもの着たことなかったし……』
『たしかに君の容姿は世間一般に美人と称されるものだけど、だからといってかわいい服装をしてはならないというわけではない』
『そんな迫真な顔で言われるとむしろ怖いです父上……。ああ、もしあいつに見られたらきっとバカにされる……』
『例の前世で出会った勇者様? いや、君の中では白馬の王子様って感じかな。でも、話を聞くかぎり彼は君のかわいらしさに気づいていたように思うよ』
『どうだか。あいつは結構ずけずけとわたしに皮肉を言うような男だったから』
『照れ隠しだったんじゃない? だって、本当に嫌いだったら君を助けようとはしなかっただろう。たとえ死ぬとわかっていたのだとしても』
『そうでしょうか……』
『まあ、君の興味深い話を続けて聞きたいところだけれど、まずはこの会食で失礼のないようにしないとね』
がちゃり、と扉が開く。
内側から扉を開けたあのメイドが、頭を下げながらも楽しげに笑っているのが見えた。
「あ、えー……お初にお目にかかる。わたしの名は――」
流麗な一礼。
白の髪がさらりと揺れる。
顔をあげた。
その赤い瞳と、目が合った。
「――あ」
「あっ」
ふと、燭台に灯る青と赤の炎が、混ざり合ったかのように鮮やかな紫色に変わったのが、視界の端に見えた。