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6話 「まだ誰かを信じる気にはなれない」

 この世界における人と魔は、姿かたちこそ違うが中身はさほど変わらない。


 人は人同士で争い、また魔も魔同士で争う。

 むしろ人と魔で争っているほうが健全なのではないかとおかしな考えを浮かべるくらいには、世は混迷していた。


「時期が悪かった。わたしが生まれたとき、世に【勇者】と呼ばれる者はいなかった」

「どういう意味だ?」


 おれは魔王の正面に座りながら訊ねる。


「魔王というのは、勇者に対する抑止力なのだ」


 千年前、まだ魔王対勇者という世界の戦いの縮図が形を保っていたころ、世界はもっと単純だった。


「魔王は圧倒的な力を持つ。対し、勇者も同じく。その力は常人が血反吐を吐きながら長年鍛練しても届き得ない天上のものだ。ゆえに勇者は、人族を代表してその身を魔王との戦いに捧げ、魔王もまた、魔族を代表して勇者との戦いに身を捧げた。それぞれの種族は自分たちがかかげる旗手のために、あらゆる文明を発展させ、勇者と魔王が生き続けるかぎり、両者の文明は常に発展し続けた」


 争いが文明の種火となることはおうおうにしてよくある。

 種の存続が懸かっていればなおさらだ。


「わたしが生まれたときにはまだ勇者がいなかった。ゆえに、魔族たちは種の垣根を越えて協力することがなかった。わたしがいなくてもどうにかなったからだ」

「ふむ」

「むしろ逆に、わたしのような扱いづらい異端者は彼らにとって邪魔だった。力だけはあり、使い方によって毒にも薬にもなる。誰かが抜けがけしてわたしを手中に収めれば、むしろ魔族間のパワーバランスが崩れるだろう。魔王というのは、勇者がいなければ力の矛先が固定されないのだ」


 抑止力、というのは体の良い言葉だと思う。

 実際は、爆発すればすべてを壊す可能性のある危険物だ。


「いまにして思えば、勇者と魔王というのは、文明を発展させるための世界装置だったのかもしれないな。……誰が仕組んだのかはわからないが」


 もしこんな世界規模のシステムを作り上げられるとすれば、それは神くらいだろう。


「すまない、少し話が暗くなった」

「別にいいけど」


 と、魔王はおれの顔をじっと見てふいに言った。


「それにしてもお前は、きれいな黒い髪をしているな」

「黒にきれいもなにもあるか」

「いや、きれいだ」


 どこからそんな自信がわいてくるのか、魔王は断固としてそう言った。


「そしてその瞳の青みは、まさに〈魔滅の炎〉と同じ色だ」

「……そうだな」


 生まれたときから目が青かった。

 かつての世界で見た西洋人のそれともまるで違う、深く濃い群青色。


「わたしは白い髪に紅い瞳。容姿はまるで対極だけれど、中身はひどく近しい」


 ふと、魔王がおれの頬に手を伸ばす。

 まるで恋人を慈しむように。

 その手が震えていることを、おれの見えすぎる目はとらえていた。


「ダメだ、魔王」


 けれどおれは、その手を振り払った。


「おれは、もう――」

「……ああ、わかっているとも」


 魔王はほんの少しさみしげな表情を見せ、しかしすぐに、困ったような笑みを浮かべて続けた。


「わたしとお前は、お互いに利用し、利用される関係。それ以上でも以下でもない」

「……」

「お前は一人で生き抜く力を身に着けたい。わたしは話し相手が欲しい。もう誰も来なくった魔王城は、ひどくさみしいからな」


 魔王はけっして城の外には出ない。


 ――正確には、出られない。


 そのことをこのときのおれはすでに知っていた。


「魔王、お前はここから出られないんだな」

「……そうだ」


 魔王はゆっくりとうなずいた。


「わたしは正統な魔王の末裔として、力だけは持っている。ゆえにわたしを差し置いて王になりたい者たちは、わたしを強力な封印術でこの城に閉じ込めた」


 どんなに力を持っていても、城から出られないのではできることに限りがある。


「部下たちはどうなったんだ」

「最初はわたしを慕って残ってくれていた。けれど、わたしに彼らを守る力がないことを悟ると、ある者は自然と、ある者は泣く泣く、ここを去っていった」


 最初、魔王を慕っていた部下たちは彼女のためにみずからで外へ繰り出し、必要な物資の調達をなどを行っていたらしい。

 しかし、その隙を狙って彼らは分派した新魔王たちの襲撃を受ける。

 すでにそのときには、旧魔王を慕う者たちより彼らのほうが力も数も上だった。


「わたしに彼らを引きとめる力はない。そして引き止めるつもりもなかった。わたしのせいで慕ってくれている者たちが無造作に害されていくのは、とても見ていられなかった」


 魔王はひとりぼっちになった。

 おれと違うのは、最初からひとりぼっちだったわけはないこと。

 それを少し羨ましいと思うと同時に、逆にそれが彼女のさみしさを倍増させているのだろうとも思った。


「おれはもう、なににも属せない。属さない」

「ああ」

「一人で生き抜く力がほしいのは、二度と組織というものに属したくないからだ」

「お前の境遇を考えれば気持ちはわかるとも」


 すべての行動の責任を、自分で取れるように。

 ほかの何者もおれの意志を捻じ曲げられないように。

 すべてが自己の責任であれば、失敗しても納得できる。


「お前のやろうとしている生き方は、ひどく険しい」


 魔王はまた微笑を浮かべていた。


「そして同時に、ひどく甘えた考えだ」

「……ああ、それもわかっている」


 誰とも関わりたくないから、他者の存在を排他する。

 組織の中に身を投じることを避ける。

 これは惰弱な発想だ。

 このままいけばおれは、世界にとっていてもいなくても関係のない存在になる。

 誰にとっての英雄になるでもなく、誰にとっての魔王になるでもない。


 世界の何者にも作用しない、空虚な放浪者。


「それでもいい。今は、いいんだ」

「……そうか」


 おれはまだ、誰かを信じる気にはなれない。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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