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5話 「魔滅の炎と人滅の炎」

 視界の端で魔王の右腕が小さく下がる。

 目の端でその動きを捉えた直後、対角となる位置からおそろしく速い拳が飛んできた。


「うおっ」

「ほう、これもかわすか」


 武器を使わない肉弾戦の応酬。

 次々に繰り出される打撃を紙一重でかわしながら、こちらも手を出していく。


「隙ありだ、勇者」


 会心の一撃を繰り出そうと大きく右腕を振りかぶると、空いた右のわき腹へ魔王が拳を突きだしてくる。


「残念、それは罠だ」


 しかしおれは、その拳を下げていた左手で受け止め、そのまま手首をつかんで一気に背負い投げた。


「おわっ」

「ふう」

「ぐぬぬぅ……」


 魔王城の大広間に大の字に倒れた魔王がくやしげな声をあげる。

 わずかに息が切れていて、その大きな胸が何度か上下に揺れた。


「ホント、女とは思えない怪力だよな、お前」

「わたしは魔人だぞ。普通の人族の女と一緒にするな」


 魔王の身長は一般的な人族と比べてやや高いが、体型は華奢で、ややもするとやせぎすと言われかねない。

 ただし、その細い肢体はどの部分もしなやかで、なにより筋骨隆々の大男をたやすく倒してしまうなほどの力を秘めている。


「あと細いくせに胸がでかい」

「貴様、最近わたしに対するデリカシーが欠片もなくなってきたな……」

「そういう仲でもあるまいし」

「少しは気を遣えー……」


 はいはい、と適当に答えつつ、起こせと言わんばかりに伸ばしてきた魔王の手を取る。

 魔王は立ち上がると、軽く服を払ってため息をついた。


「はあ……」

「珍しいな、魔王。ため息なんて」

「ちょっと自信を失くした……」

「ふーん」

「貴様、少しはなぐさめようとか思わないのか?」

「原因がおれなのに?」

「まあ、そうではあるのだが……」


 魔王がぷくりと頬をふくらませて視線を下にそらす。

 ほんの少し、頬が紅潮していた。

 まるでいじけた少女のようだった。


「お前、見た目はそんな大人な感じなのに、中身は結構かわいい感じだよな」

「なっ!」

「意外とフリフリのドレスとか似合うんじゃないか?」

「な、なにをぅ!」

「いや、別にバカにしてるわけじゃない」


 一応その点は本気で思ってる。

 これだけ見た目も整っているし、髪も白で明るめだ。

 今着ているようなおとなしめの黒ドレスも似合っているが、華やかなドレスもけっして似合わないわけではないだろう。


「まあ、実際見てみないとなんとも言えないけど。笑っちゃったらごめんな」

「結局バカにしてるではないか!?」


 おれがわざとらしく言うと、今度こそ魔王は顔を真っ赤にして抗議の視線を向けてくる。


「ホ、ホントに貴様は意地が悪いな……!」

「ひねくれてるのは自覚してる」

「わかってるなら直せ!」

「えー」

「なーおーせー!」


 ぽかぽかと手を振りまわしてくるので、全部弾いて額にデコピンをくらわせた。


「あうっ」


 魔王が額を押さえてうずくまり、ぷるぷると震えはじめる。


「くそぅ……結局五度もやりあってわたしは一回もお前に勝てなかった。いったいどういう鍛練を経れば貴様のような人間が生まれるのだ」


 半分涙目になりながら魔王がちらりとこちらを見上げた。

 心底くやしそうなのがちょっとかわいい。


「さあね」

「うう……つかみどころのない男だ。わたしにも貴様くらいの余裕があれば、もう少し魔族を留めておけたのかもしれない……」


 魔族を留める。

 そんな魔王の言葉を聞いて、いまさらながらにこの魔王城のおかしな点に気づいた。

 この魔王城には、魔王以外の魔族がいない。

 なぜ、王のもとに民がいないのか。


「貴様もとっくに気づいているとは思うが、わたしは名ばかりの王だ。ずっと、ひとりぼっちなのだ」


 魔王は長い白髪を揺らしてまたわずかにうつむく。


「ひとり?」

「そうだ。もともとこの城には分権化が進んだあともいくつかの部族が住んでいたが、いまとなっては彼らもいない」


 魔王はついにその場に座り込むと、膝を抱えてそこに顔をうずめた。

 やはりその姿は、ただのか弱い少女のようだった。


「わたしには両親がいない。本来的な意味での魔王というのは、滅びと再生を繰り返す。肉体の死のあと、その器に別の魂が入って復活する」

「転生か……」

「似ているが少し違う。中に入るのはこの世界の魂ではない。そうレギオスが言っていた」

「レギオス?」


 おれの魂に融合させられた魂片の元。

 神と言われてもピンとこなかったため、さして深く考えたことはない。

 だが、おれの魂にもそのレギオスの魂の欠片が埋まっているから、右手に宿った〈魔滅の炎〉を使えるという。


「調和の神と呼ばれたレギオスは、右手に〈魔滅の炎〉を、左手に〈人滅の炎〉を宿し、人と魔の争いによって世が荒れたときにその力を使って争いの抑止力になるという」


 おれは魔王との戦いの最中、この〈魔滅の炎〉を使わなかった。

 それは、おれの目的が魔王を殺すことにはなかったからだ。

 たぶん、これを使ったらおれはとっくに魔王を殺してしまっていただろう。


「わたしの左手には、〈人滅の炎(パラミオール)〉が宿っている」


 だが、それは魔王のほうも同じだったらしい。


「人滅の炎……」

「人のみを無条件に燃やし尽くす炎だ」


 そう言って魔王は左手を軽く掲げ、そこに真紅の炎を宿してみせた。

 ごうごうと燃え盛る炎は、おれにはっきりとした死を知覚させる。


「貴様はわたしと同じだな……同族に裏切られたのだ」


 その言葉でもって、おれが魔王とはじめて会ったときから抱いていた親近感の正体に気がついた。


「わたしは魔王。しかしそれは名ばかりのもの。血は正統。だが本質はひとりぼっちの魔人。わたしはほかの、魔王にとって変わりたい魔族たちにとって、ただの邪魔者でしかなかった」



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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