2話 「勇者:人の形をした道具」
24年と18日。
おれが『最初の』世界で生きた時間である。
かつて、地球でしがない下っ端社会人をしていたおれは、さまざまなやるせない事情が重なり、ある日ぽっくりと死亡した。
ぶっちゃけ、過労死である。
不思議なことに死んでからも意識らしい意識はあって、あれやこれやと自分の人生について反省していると、ふいに横から声が割り込んできた。
【人と魔を繋ぎとめよ】
意味はよくわからなかった。
しかしそのあと自分の身に起きたことを知って、なんとなくあれは『神の声』だったのではないかと思う。
声が響いた直後、おれの視界は暗転し――次に目を開けたとき、そこには『異世界』が広がっていた。
おれは、世界を渡って生まれ直した。
◆◆◆
結論から述べると、次の世界でおれを待っていたのは、またしても馬車馬のような人生だった。
一切皆苦。
なるほどブッダめ、腐った花束を送ってやろう。
「勇者■■■よ。どうか東の魔王を倒し、この国を救いたまえ」
職業、勇者。
人生の目的、魔王を倒して祖国を救うこと。
それが次の人生でおれに与えられた役割だった。
……別に冗談を言っているわけではない。
むしろ冗談だったらよかった。
「お前の右手には〈魔滅の炎〉が宿っている。『半神化実験』によってこの世界の【旧神】レギオスの魂片を融合させた影響だ」
転生した世界で、一番大きな国の王様が言った。
一応、おれの名目上の父だった。
「その青い炎はすべての魔を燃やし尽くす。たとえ相手がアンデッドであろうが、存在ごと焼滅させる。お前はその力を使い、我が国をおびやかす東の魔王を殺せ」
臣下たちの前でわざとらしく儀礼的な言葉をかけていたときとは打って変わって、おれを自室に呼び出した王はそう命令した。
その後、おれは魔王の強大な力に対抗するため、訓練と称したさまざまな生体実験を受けさせられた。
死んだ方がマシだと何度も思ったものだ。
「お前には確実に『東の魔王』を殺してもらわねばならん」
その王は名目上おれの父だったが、一度足りとも親子らしいやり取りをしたことはない。
生物学上の母の役割をしたなにかは、おれが生まれると同時に死んだという。
「レギオスとの親和性が高いのは利点だが、さすがにそれだけではあの魔人を殺せないだろう」
のちのち知ったことだが、おれは意図的にこの世界へ魂を喚ばれたらしい。
この〈魔滅の炎〉とやらはひどく持ち主を選ぶらしく、しかも拒絶反応が出ると持ち主を死に至らしめる。
最初は自国の民から勇敢な志願者を募って、〈旧神因子〉の移植実験――通称〈半神化実験〉を行ったらしいが、志願者たちは旧神レギオスの魂圧に耐えきれず次々と死んでいった。
将来有望な若手がごろごろと死んでいくさまを見て、王は別の方法を使うことに決める。
それが、『死んでも構わない人間』の召喚利用である。
彼らの価値観の中では、異世界人は人の形をした道具であった。
「王様、ひとつ聞いておきたいのですが」
「なんだ」
そのことを察したあたりで、かま掛けのつもりでこんな問いかけを王にしたことがある。
「おれは東の魔王を倒したあと、どう生きればいいんですか?」
「……あと?」
今でもあのときの王の顔が忘れられない。
魔王を倒したあとのおれの人生なんて考えてもいなかったと言わんばかりの、とぼけたツラ。
「……祖国へ凱旋し、日がな一日書物でも読んで暮らせばよい。お前の仕事はそこで終わりだ」
「――わかりました」
その瞬間から、おれは王国を信じることをやめた。
◆◆◆
血のにじむような訓練と、正気を疑うような生体実験を乗り越え、やがておれは外の世界に旅立った。
仲間もなく、たった一人で魔王を倒す旅。
そこで逃げ出すのも有りかと思ったが、周りには常に監視者の気配が感じられた。
――追われ続ける人生はごめんこうむりたい。
おれは猫をかぶり、さも必死で魔王の元へ過酷な旅をしていると見せかけながら、情報を集めることにした。
やがて、王国が最終的におれを処分するつもりなのだということを突き止めた。
なんとなく、予想はしていた。
「なあ、魔王」
「なんだ」
「おれ、このままお前を倒さないで国に帰ると、『失敗作』として親父に殺されるんだ」
「ほう」
「でもさ、お前を倒して国に戻っても、『用済み』として殺されるんだ」
「おお……ひどいな」
「だから、おれと取引をしないか」
旧神歴1218年。
おれは王国の監視者の目をくぐり抜け、ひとり魔王城へ侵入していた。
魔王城にはかなり入念に結界が張られていたが、おれの体はなにごともなくそこを通過した。
妙な結界だったので構成術式を少し調べてみると、魔族にのみ反応する結界のようだった。
魔王城のくせに、おかしなことだ。