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愛される条件・愛される理由  作者: 鮎野しおやき
10/13

【9】

僕はまたいつものノートを広げる。

今日は一日中零一が家にいた。それで一緒に大掃除をしたんだ。

昨日蒼流からあんな話を聞かされたのに、まただいぶ急だな、なんて思ったけど。でも零一と御影と三人で必死に大掃除したから、おかげで嫌なこと考えないですんだ。もしかするとこれも、零一の計画通りなのかもしれないな。

日本では年の終わりに大掃除をする風習がある。イタリアで生活している二人も、その風習が抜けないんだろう。大晦日までまだ一ヶ月以上あるけど、いま僕がこんなんだから、予定を早めて気を紛らわしてくれているんだろう。

と、勝手に解釈するのは虫が良すぎだろうか。

二階の各自の部屋は各々が掃除して、一階部分は僕と零一で担当したよ。御影はもちろん楽しそうにキッチンを掃除していた。

たいてい御影が毎日掃除してくれているから、今日は手の届きにくい棚の裏とか重たいものの下とか、全部掃除したよ。

今日改めて気づいたけど、僕そこまでひ弱じゃないかも。

背丈こそ零一に劣るけど、僕だって男だ、力なんてこれほど変わんない。あ、でも零一が一般人より非力なら、僕もそれ相応に非力、ってことか。

掃除の途中で零一が地下から例の小さな白衣を持ってきてくれた。

もう二度と着ないと思っていたけど、あっさり次の日にまた着てしまった。

確かに白衣着てると服が汚れないしね。

昨日僕が懸念した通り、零一は白衣姿の僕をみて最初はおかしくて仕方ない様子だった。

僕自身は昨日だいぶ見慣れたからいいけど、零一は事あるごとに僕を眺めては笑っていた。相変わらず失礼なヤツ。

御影は「堂々となさい、そうすればそのうち見慣れるわ」と言って僕を慰めているつもりみたいだけど、ぜんぜん慰めになってない。

昨日の蒼流はそんなに笑わなかったんだけど…。

一階、二階の掃除が大方終わると、手をつけるのも恐ろしい地下へと進んだ。

蒼流の研究室は御影が、ゴミ箱みたいな零一の研究室は僕と零一の二人で整理した。

「昨日蒼流が嘆いてたよ。服が蒼流まで戻ってこない、って」と零一に言ったら、零一は「あぁ」と返事をしただけで特に反省してないようだった。

零一の部屋、埃っぽくて息できない。

僕は零一にもマスクを渡した。零一は「失礼だな」と言っていたけど、息出来ないんだから仕方ない。

まず洗濯されているらしい服をクローゼットにしまう。しまうというより隠す。それから洗濯されていないであろう服を廊下に出す。洗濯されてない服はとっとと洗濯機にかけた。掃除しているうちに乾かしたいから。

それから山積みになっている雑誌、論文集、ハードカバー、参考書、書類、書き損じレポート、それぞれを全て分類してまとめる。零一はそれをいるものといらないもの、蒼流に返すものと自分の物、と見極めていく。どうやら大体はとても大事なもののようで、山の中から発掘してはいちいち感動していた。全部捨てちゃえばいいのに、いままで山になってたんだから…。と、思うけど僕の口からは言えない。

零一の方が要領よく何でも出来そうだけど、どうやらそれは違うみたい。

それにしても僕、零一の何を見て「零一は要領よく何でも出来そう」なんて思ったんだろう。確かに頭はいいし、知的だし、物静かだし、あんまり失敗もしなそうだし。

でも服だってきちんと着ないし、朝だって遅刻寸前だし、蒼流の私物も拝借しっぱなしみたいだし、委員会から学位もらう時だって面倒くさそうだったし…。

見方によってはだいぶ破滅的な男かもな、零一って。

僕は掃除したい箇所がまだまだあるのを知っていたから、テキパキ事を進めたかったのに、ふと気づくと零一は一冊の本を真剣に読み始めていた。

ガックリとうなだれる僕。研究資料なら後で読んでよ。…そう思ったけど、零一が持っていたのはただの小説だった。

「零一、何してるの」僕か怒り口調で脅す。でも零一は不思議な笑顔で本を読み続けていた。僕に気づいた零一はようやく小説から目を離す。「懐かしいな、コレ」…。零一はそう言って埃まみれの文庫本を僕に渡した。今はいらないけど、本なんて…。

「その小説の中に瀬沙という女科学者が出てくる。瀬沙の名前はその女から取ったんだ」。僕は驚きの声をあげる。さらに零一はこう続けた。「唖透の名前もここから取った。瀬沙の良き仲間であり、犬猿の仲である女軍事指令だ」。僕はへぇ、と言いながらその本をめくった。確かに〈瀬沙〉と〈唖透〉という名前がチラホラと出てくる。そこで僕は〈零一〉と〈御影〉の名前を見つけた。「零一と御影の名前もあるよ」。すると零一は「そうだ、私たちの名もその小説から取られたようだ。〈蒼流〉の名前を付けたのは私だが、その名も小説から取った」と言った。僕が「零一と御影はどんな役柄なの?」と聞くと「その本貸してやるから自分で読め。今は掃除しろ」と笑った。先に読書始めたの零一のくせに。僕は小さく膨れながらも黙って片付けを続けた。

「これ、蒼流の」と分類された書物は大変な量になった。これじゃ今度は蒼流の部屋が本当の物置場になっちゃう。僕は零一に言われた通り、大量の本を蒼流の部屋へと運んだ。そして御影に託す。御影は運び込まれた大量の本を無言で査定し始めた。もしかして御影、いらない本を勝手に分別してるんだろうか。「御影はどうして本を分けてるの?」と聞くと、「この本の中に私の本が大量にあるからよ」と言った。零一、誰から借りたかも忘れてるんだな。御影は山のような本から時折自分の探していた本を見つけるみたい。そのつど静かにうれしそうに笑う。みんな本の虫だな、変なの。

零一の部屋も服と本が片付けばだいぶ床も見えてきた。ベッドもちゃんと機能しそう、良かった。いつもは蒼流の部屋で寝てるみたいだけど、今日からは自分の部屋で寝れるね。

零一の部屋も掃除機かけて、隅々までふき上げた。御影も満足そう。

共同で使ってる研究室は零一と御影が片付けるらしい。大事なものもいっぱいあるから、慎重に整理するんだろうな。

ちょうど洗濯機も止まったころだろう。その後僕は零一の服を干すべく地上へ上がった。

時間ぴったし、洗濯機も止まってる。

僕は大量の洗濯物をカゴに抱えると一階ソファー前を抜け、物干し竿に服を掛ける。

まったく大の大人がなんで子供の僕に洗濯物干させるの?僕はブツブツいいながらも、キチンとしわを伸ばしテンポよく干していった。


それが今日の夕方、さっきのことだ。

いま御影は地下の掃除を零一一人に任せて夕食の準備をしている。

零一一人じゃどうせ片付けも進まないだろうけど、僕はそれを手伝うわけにはいかないみたい。いくら無知な僕でも、同じ研究チームの人間以外はそこに入れたくないみたい。その気持ちはよく分かるから、僕は自室で待機。こうして日記を付けている。

今日一日いろいろありすぎて、昨日のことがまるで嘘のよう。

こうして過ぎるたわいもない一日が、僕にとってどれだけ幸せか。

唖透には分からないかもしれないね。

唖透、僕はいまこうして唖透なしで歩いている。

唖透が返事をしてくれなくなったのはどうして?って唖透を責めたりもしたけど、それは僕の間違いだったと、今は分かる。

唖透は死んだんだ。

僕の前からいなくなったんだ。

もう唖透は僕の中にしか生きていない。

だから、唖透は返事をしなくなったんだ、ただそれだけのことさ。


僕たちは初めて別々の道を歩く。


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