14 遭遇(2)
「ああああああああああああ!!!!!」
ザッパーーーーーン!!!!!!
崖の上から放り出された数秒後、俺は運良く水の上へ落下した。といってもかなりの衝撃だったが地面の上よりは遥かにマシなことは確かだ。落下で得たエネルギーは水面との衝突だけでは消費しきれず俺は恐らく湖であろう水の底へと落ちていった。
(なんとか助かった……ああ、意外と水は綺麗だな……)
落下の勢いに身を任せゆっくりと底へ底へと沈んでいきながら俺はぼんやりとそんなことを考えていた。どれほど沈んでいっただろうか、そこから異様に水が冷たくなったことでやっと明後日の方向へ向いていた意識がクリアになり、危機を認識した。
(これはヤバイ。早く上がらないと死ぬ)
が、気がつくと手足を動かそうにも上手く動かせ無くなっていた。システム上の何かが働いているのだろうか、まるで自分のものでなくなったようだった。
(あ……これ、終わったわ)
そして感じられる明確な死の予感。徐々に意識が遠のき、そして俺は意識を手放して目を閉じた。
その直前、何かが凄い勢いでこっちに迫って来るのが見えた、気がした。
「…………………い」
「おい………………てるか……」
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
「おい……きてるん……ろ」
何かとても暖かいものに包まれている感じがする。
「おい!早く目を覚ませ!」
目を開けると、そこには。
「よっしゃ!回復したぞ!」
狼の獣人のおっさんの顔があった。
「ぎゃああああああああ!!!!」
「なっ!?そりゃあねぇだろ!」
思わず悲鳴をあげてしまった。えーと俺は確か崖から落ちて、底に沈んで、それで………
「予想通りの反応。リーダーの見た目、怖い」
「まぁ、目を覚ましたら目の前にワーウルフがいるってのもなかなかの恐怖体験っすね……」
「お前らまで!?」
リーダーと呼ばれた獣人は側にいた仲間らしき若い男性の大鬼と背中から翼の生えた小柄な女性からの冷静なコメントに目を剥いた。
「えっと……一体何が……」
「それはこっちが聞きたい。なんでいきなり降ってきたの」
翼の生えた女性に突っ込まれた俺は、まだ荒い呼吸を整えながら3人に向かってこれまでの経緯を説明した。
「要するに、ワンダリングモンスターから離れようと急いで街に向かっていくうちに現実より動く体に夢中になって……」
「夢中になって崖に気付かず真っ逆さま。VR初心者によくある」
「仰る通りです……はい……」
「はっはっは!初心者あるあるだなぁ!」
説明しているうちにいかに自分が注意不足だったのかを実感して顔から火が出そうになった。俺もまだまだガキだな……
「ええと、助けてくださった、んですよね?」
「おう。俺が飛び込もうと思ったら上からいきなりザッパーンだ。何事かと思ったわ」
どうやら起きたら目の前にいた獣人が助けてくれたようだ。悲鳴を上げてしまったことを思い出し、また恥ずかしさと申し訳なさで押し潰されそうになる。
「本当にごめんなさい……助けて下さりありがとうございました……」
「なぁに、良いってことよ!初心者助けは俺ら『導きの光』の本業みたいなもんだからさ!」
「いいっすよこのくらい。お安い御用っす」
「礼には及ばない。既にお礼は貰ってる」
俺が深々と頭を下げると三者三様の笑顔を見せた。この人達、ほんっと良い人だなぁ……ん?
「あの、既に貰ってる、とは?」
不思議に思い女性の方に質問するとカメラを簡易アイテムボックスから取り出してこう言った。
「上半身裸の狼男が同じく上半身裸のエルフの男をお姫様抱っこ。一部の層に確実に需要がある。これは売れる」
「ベガさん!?何やってんすか!?」
「リゲル。これは私のもの。もしかして欲しいの?」
「いりませんよそんなもん!流石にそれはまずいっすよ!」
ベガさん、と呼ばれた翼人がカメラを手に不敵な笑みを浮かべつつ説明するとリゲルと呼ばれた大鬼の男性が慌ててカメラを奪おうと試みた。どうやら俺が気絶している間に写真を撮ったらしい。というか一部の層ってなんだ。確実に腐っておられる方々じゃないか。
ん?上半身裸?
慌てて自分の体を確認すると、黒服がシャツごと脱がされて上半身が裸になっているのを今更ながら発見した。
「あの、俺の上着は何処に行ったか知りませんか?」
「ん、ああ。水の中で動きの邪魔になってたからよ、引っぺがした。そこの木に干してある」
「わざわざありがとうございます……」
どうやら水に濡れた服も乾かさないといけないようだ。何から何まで本当リアルだなぁ……技術の進歩って凄い。
「そういえばお名前は……?」
「そうだ。まだ自己紹介してなかったな。」
ずっと気になっていたことを聞こうと話を切り出すと、待ってましたとばかりに狼の獣人が答える。
「俺はシリウス。見ての通り狼の獣人だ。一応冒険者ギルド『導きの光』のギルド長を務めている。お前は?」
「俺はコーツです。VRゲーはこれが本当に初めてでよくわかんなくて……凄いんですね、VRって」
「いや、ここまで変態的に凝ったのはこれが初めてかもしれん。細部まで無駄にリアルだしな。ああそうそう、でそっちで言い合いしてるのが一応うちのギルメンだ」
自己紹介を始めたシリウスさんの声を聞きつけたのか、カメラの奪い合いを止めて2人も自己紹介を行なった。
「俺はリゲル。『導きの光』のメンバーやってます。種族は大鬼っす。どうぞよろしく」
「私はベガ。上に同じく。種族は鷲の翼人」
「どうも。コーツです」
そういって右手を差し出し、メンバー3人と握手を交わした。そういえば……『導きの光』ってどっかで聞いたことあるような……
「ん……?コーツ、さん。っすか?」
「ああ、はい。どうしました?」
握手を交わした一瞬後、リゲルさんがこちらを見て何かを思い出そうとしているといった感じで首を傾げ始めた。
「リゲル?知り合い?」
「いやちょっと気になることがあったんで。コーツさんもしかして、武器は斧と銃ですか?」
「ああ、はい。恥ずかしながら」
「上着は映画のスパイが着るような黒いスーツですよね?」
「そうですけど……どうしたんですか?」
何故ここまで装備を特定されてるんだろう……嫌な予感がする……
「ビンゴ」
次の瞬間、リゲルさんが目の前から消えた。
「!?」
突然戦闘態勢に入ったリゲルさんに対応出来るはずもなく、気がつくとリゲルさんは後ろに回り込んでおり俺を羽交い締めにした。
「リゲル!何やってんだ!」
「リーダー、こいつ創造者です。ちょうど俺が言ってた奴ですよ」
「あー、なるほどな……。わざわざ探す手間が省けてラッキーだわ」
「リゲルもたまには活躍する」
シリウスさんはリゲルさんの突然の奇行に驚いた様子だったがリゲルさんが状況を説明すると2人の目が先ほどまでの優しい目から捕食者の目と変貌した。一体何があったんだ……!?
「コーツさん。ちょっと貴方に質問があるんすよ」
「リゲルが心当たりがあるって言うから着いてきた。どうやら正解」
「……どうして俺が創造者だと?」
「掲示板の書き込み見たんすよね。貴方が殺した「99Es252」さんのものを」
「本当にこの人がPKプレイヤー?とてもそうは見えない」
「さて、もう一回事情聴取といくか」
結局3人から逃れる術も思い付かず、俺は大人しく事情聴取を受けることにした。