13 遭遇(1)
ダンジョンから出た俺はマップの表示に従い近くにある大きな街を目指して大木の枝から枝へと飛び移りながら森の中を進むこと数分、街まであと僅かといったところまで辿り着いた。あの大蜘蛛と出会さないか怯えつつ時折上を見ながら進んでいたが道中一回も遭遇しなかったのはとてもラッキーだった。
「地図だとこの辺だよなぁ……やっぱ普通の道を進みゃよかったかな」
街道もあるにはあったがダンジョンから街道に出るにはそこそこ遠回りしなければならなかった。森の中を進めばかなりのショートカットが可能そうだったのでそちらを選択し今に至る。ちなみにこれは実際に試してみて初めて気がついたことだが、ハイエルフは種族固有の補正として木から木へと楽に飛び移ることが出来たりとかなり森林での行動が楽になるものがあるようだった。しかし森の中を進んでいるハイエルフと言えば聞こえは良いが服装がこれだ。おそらく違和感しか感じられないだろう。あと、大蜘蛛から逃げる時にこれに気付けてりゃ余裕で逃げられたのに……
そんなことを考えながら森を進んで行きマップを確認すると森林がもうそろそろで途切れ街は目と鼻の先にあることがわかった。街まであと少しだ、そう思うと徐々に気分が昂っていくのがわかる。
「ほっ!ほっ!あとちょっと!」
次々に木の間をジャンプで飛び移り、または蔦を利用してターザンの如く移動したりと現実では決して不可能な体験を楽しみつつ街へと急いでいた。残すところもあとほんの僅かとなり、あの木を越えればもう森は終わりのようだ。
「よっしゃ!やっと街だあああああ!!!」
そして俺は今までの勢いのまま最後の木へと飛び移り、その木から外へと思い切り飛び出した。
「あああああああああ……ああああああ!?!?!?」
ーーーーーーそこから先は崖だという表示を見落として。
流石のハイエルフも万有引力の法則に逆らえるはずも無く、そのまま水平投射の実験よろしく崖下へと放り出されて落下していった。
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〜数分前〜
「リーダー、やっぱまだ連絡つかないギルメンいるんすか?」
「ああ。βテストん時と掲示板の仕様は変わってないし、ちゃんとゲーム開始前にメッセージ送信した筈だからそれで連絡は行ってるはずなんだが……」
「どうしたんすかね……ちなみにどいつです?」
「ああ、予想はつくだろ。10位のアケルナルだけだ。」
「ん。アケルナルならしょうがない。きっと寝てる。はぁ。」
「ああ……やっぱあいつですか……」
リーダーが俺の質問に答えるともう1人の仲間―――小柄な鷲の翼人であり、3人の中で唯一の女性プレイヤーであるベガさん―――が首を横に振りながら諦めの表情を浮かべ、溜息をついた。
「他の奴らとは全員連絡取れたんすか?」
「ああ。カペラとプロキオンも連絡取れなかったがさっき書き込みがあった。いきなり南極大陸に放り込まれて2人で南極探検隊のタロー、ジローの如く震えてるから誰か助けてくれだとよ」
「うっわ、悲惨ですね……装備整い次第行ってあげましょうよ」
「馬鹿、『導きの光』メンバーがこれくらい出来んでどうする。そんなに遠いわけでもない。あいつらならいずれ自分で辿り着くさ」
「あの2人なら大丈夫。殺しても死なない。」
「言われてみれば……カペラさんならクジラ操って乗ってくるくらいはやりそう……」
そう言いながら名モンスターテイマーだったギルメン、カペラさんのことを思い出す。獣人のギルメンに「お手」とかやってぶっ飛ばされてたなぁ……。プロキオンさんは多分今回も犬の獣人キャラだから暖をとるためにカペラさんに引っ付かれているだろう。
「というか、なんか称号呼びって実際やってみるとまだむず痒いっすねリーダー、いやシリウスさん」
「まぁいいじゃねぇか。『導きの光』再結成に向けて心機一転ってことでよ。満場一致で決まったろ?リゲル?」
「まぁそうですけど慣れるまでが大変そうで……」
「嘘つき。こうするって決めた時リゲルが一番ノリノリだった」
「ちょおおい!?ベガさんそれは言わないお約束!」
ベガさんが突っ込むとリーダーを務めているシリウスさん―――狼の獣人であり格闘家の大男―――が豪快に笑った。
俺たちの冒険者ギルド『導きの光』は、前回俺たちがいたゲームではそこそこ名の知れたギルドだった。ギルドのメンバーにはそれぞれ称号となる一等星の名前が与えられていたが、今回このゲームに参加するにあたっていっそ称号名でみんな登録しようじゃないかということになった。反対するメンバーは誰1人おらず、みんな意気揚々とアバターを構成したようだ。
「それがこんなことになるとはなぁ……」
「何言ってんだ。クリアするまで合法的に廃人プレイが出来るってことだぞ?むしろありがとうウィルス様だろ!」
「リーダーみたいな戦闘狂と一緒にしないでください……」
「リゲルも人のこと言えない。『導きの光』序列7位の貴方もそこそこの廃人」
「5位のベガさんには言われたくないですね!というか新婚夫婦揃って有名プレイヤーとかヤバイですよほんと……」
そう、ベガさんは夫婦揃ってこの『導きの光』に所属している。ちなみに夫は12位のアルタイルさんだ。まだ結婚していなかった時から『導きの光』で活躍しており、リアルで交際していることがギルメンに知られると一瞬で2人の称号は『ベガ』『アルタイル』に決定した。天帝の怒りを喰らってしまえという非リアギルメンの怨嗟も若干篭っているとかいないとか。
「僻みはよくない。リーダー、アルタイルはまだ街に着きそうにない?」
「ああ。まだかかりそうだ。同じ大陸で始まっただけ良かったじゃないか」
「当然。夫婦の絆」
「いつか本当に爆発してください。それまで時間潰しにダンジョン探すって話でしたよね?」
「ああそうだ。お前の話だとこの辺にあるって聞いたが……」
「掲示板見る限りこの辺が濃厚そうですね。近くに森がありますし、その中じゃないですか?」
先ほど掲示板の書き込みを見た限りだとこの辺りで創造者が発見されたらしい。ダンジョンの場所はここからそう離れてはいないだろう。
「森か……この崖を登るのが早そうだな。よしお前ら行くぞ!」
「ちょっと待ってください!あそこに湖ありますから一旦アイテム採取してから行きましょう!」
「む……それもそうだな」
俺が慌てて崖を垂直登坂しようとしていたリーダーを止めると、渋々ながら湖へと向かっていった。
「せめて迂回するとか考えてくださいよ……」
「翼人の私は飛べるから問題ない。リゲル、貧弱」
「あんた達がおかしいんですからね!?」
命綱も専用の装備も何も無しで20m級の崖を登るなんてこれが無茶と言わず何と言えようか。高レベルならまだしも低レベルの状態では打ち所が悪ければ即死だ。
「にしてもこの湖綺麗だなー!魚も結構いるぞ!」
「そんなにですか?うわ!こりゃ凄い……」
リーダーの歓声を聞いた俺はどんなものか確認しにベガさんと一緒に湖へと向かった。水面を除くと底まで見えるほど水は澄んでおり、底に生えている水草が揺れる様子まではっきりと見えた。VRではあったがこんなに綺麗な水を見たのは初めてで、少し気分が高揚するのを感じた。まるで少年に戻ったかのようだ。
「……綺麗。でも奥の方は結構深い」
「ですね。もしかすると水棲系のモンスターもいるかもしれません。少し気をつけましょう」
「何!?モンスターだと!?なら俺が潜って倒して来る!」
「だからすぐ貴方はそうやって……」
「冗談だって。魚取ってくるわ」
そうしてリーダーは身につけている上着を脱いで近くの木に引っ掛け上半身裸となった。そして今にも飛び込もうとした時、
「ああああああああああああ!!!!!」
ザッパーーーーーン!!!!!!
「……親方、空から女の子が」
「ベガさん、それ言いたかっただけですよね」
空から人型の何かが降ってきた。