10 テストプレイ(2)
「初の死亡がテストプレイかよ……」
強制的にコアルームへ転移させられた俺はしばらく放心状態で床に大の字となり荒い呼吸をしていた。
「ダンジョンが強力なのは十分すぎるくらい分かった。このまま終わっても良い。だけど……」
それは俺のプライドが許さない。ダンジョンの主が自分のダンジョンで瞬殺されるなんて笑い話もいいとこだ。クリア出来ないにしても一矢報いないと気が済まなかった。
俺は起き上がりコアに手を翳し、再びダンジョン入口へと転移した。
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転移させられた場所は部屋の中だった。この部屋の中にはモンスターはおらず、それを確認すると俺は薬品庫へ急ぎ、薬品を回収した。
今回手に入ったアイテムはこうだった。
名称:濃硫酸
種類:薬品-攻撃
効果:触れたものにダメージ(大)を与える。追加で高確率で火傷状態にする。一回きり。
名称:強化剤(防)
種類:薬品-補助
効果:使用すると一定時間Vit+20%。一回きり。
名称:ジエチルエーテル
種類:薬品-補助
効果:フロアに散布することで炎系の威力、範囲の上昇+ダメージ(微)の効果を一定時間フロアに付与。一回きり。
濃硫酸と強化剤(防)は一つずつだったがジエチルエーテルは五本も手に入った。レア度的にはエーテルは一段階なのかもしれない。
それらの薬品を簡易アイテムボックスへ収納し、代わりに銃を取り出して部屋の出口へと移動する。鍵はかかっておらず、扉を開けると同時に大きく後退しモンスターの襲来に備える。
「……外に何かいるな」
部屋にモンスターがなだれ込んでくる気配は無かったが、開け放たれた扉の外から呻き声が聞こえてくる。俺は数回深呼吸をすると、意を決して銃を構えながら部屋の外へと飛び出した。
「ううううぅぅぅ………」
「あああああああぁぁぁぁぁ……」
「よう、久しぶり。さっきのお返しだ」
やはり廊下には2体のゾンビが徘徊していた。彼我の距離は10メートルほど。今回はやられねぇぞ……。
俺の姿を確認し喰い殺そうとゆっくり近づいて来るゾンビに冷静に狙いを定め、銃弾を一発ずつ放った。頭に命中した一体のゾンビは衝撃で倒れそのまま粒子となったが、もう片方は狙いがブレて肩に命中した。テストプレイ開始時に体力は全回復しているので『封印されし右手』は未発動だが、レベルが上がりStrが上昇したことで反動もほとんど気にならないものとなっていた。
俺は次に斧を取り出し銃はいつでも取り出せるよう黒服の懐へしまった。肩に命中したとはいえダメージはそう少なくないはずだがゾンビは何事もなかったかのように起き上がりまたこちらへと歩み寄ってくる。
「おせえんだ、よ!!」
いくら斧が自分の体に不釣り合いでまだ扱いに慣れていないといっても鈍いゾンビに攻撃を外すほど鈍臭くは無い。脳天に斧の刃が食い込むと同時にもう一体のゾンビも粒子と化した。
「このくらいだったら魔眼無しでもいけるな。MP温存しとこう」
そして俺は斧を収納し改めて廊下の状態を確認する。今回も前回最初にいた場所と同じような廊下ではあったが今は最奥のドアにロックはかかっていない。廊下の片方の奥は扉があったがもう片方は行き止まりとなっていた。
他の5つの部屋にもアイテムが配置されているかもしれないが前回と同じ轍を踏むつもりは更々無い。他の部屋には目もくれず最奥の扉を開け放つと同時に大きく後ろへ下がった。
「マジかよ……」
今回は大量のゾンビに呑み込まれる事は無かったが、それでも目の前には中々衝撃的な光景が広がっていて思わず声が漏れ出てしまった。
扉の先は長い廊下で、見た所その奥以外に扉は存在していなかった。そしてその長い廊下にはゾンビが10体ほど蠢いていた。それだけならまだ良かったかもしれないが、問題はそのうち半数のゾンビの挙動が明らかにさっき葬り去った2体のそれと異なっていた。通常のゾンビの動きは鈍重なものだがそいつらの動きは何処か忙しなく、俺の姿を確認するや否や走ってこちらへと向かってきた。とどめに向かってくるそいつらの開いた大口からは何やら触手のようなものが見える。こいつらが例のパラシティックゾンビでなくて一体なんなのだろうか。
とりあえず俺は急いで扉を閉め、自分の手札を確認し対策を練り始めた。
(俺にあるものは近接武器と遠距離武器が1つずつ。まず動きの鈍い斧をメインにするのは論外だ。魔眼を使っていてもあんな数は捌き切れない。硫酸は強力だけど一度に10匹も倒せるわけがない。となると銃とエーテルを併用して各個撃破か……)
大まかな作戦を決めると銃を懐へしまい、必要な薬品を簡易アイテムボックスから取り出した。まずは強化剤(防)を使用し念の為に耐久力を上げておく。次に濃硫酸とジエチルエーテルを用意し、扉を開けると同時に廊下の奥へ全力で駆け出した。
「う"う"う"う"う"う"う"う"う"う"」
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
「ううううううぅぅぅ……」
すぐに部屋にパラシティックゾンビが、次いで動きの遅いゾンビが侵入してきた。俺は廊下の奥へ辿り着くと同時に振り向きざまに濃硫酸とジエチルエーテルを一本ずつ放り投げ、すぐさま拳銃を構えた。
濃硫酸とジエチルエーテルの入った褐色の瓶は決して軽いものでは無かったが『投擲』スキルのお陰で楽々と投げることが出来、それらはゾンビに命中した後床に落ちて砕け辺りに中身をぶちまけた。濃硫酸にまともに触れたゾンビの肉は煙を上げて焼け爛れ、少なくないダメージを与えることが出来た。しかしダメージを与えることが出来たのも3、4匹ほどであり、まともに浴びた1体を除いては完全に殺すまでには至らなかった。
俺は次に銃を構え、走ってくるパラシティックゾンビ、それもさっきジエチルエーテルをまともに浴びた奴に銃撃を一撃食らわせた。
すると着弾の一瞬前にゾンビから炎が上がり、そして銃撃の衝撃で床に倒れこむ。今回は胴体に命中したためやはり致命傷にはならなかったが、それでも十分だった。
床に倒れたゾンビは起き上がろうともがいた、がそれは床に撒き散らされたエーテルに火をつけて炎の勢いを増やす以外の何者でもない行為だった。あっという間に炎は広がり、かなりの数のゾンビを巻き込んで燃え上がった。
「追加でもういっちょ!出血大サービスだこの野郎!」
俺は燃え上がるゾンビの群れの中にもうひと瓶ジエチルエーテルを投げ込んだ。炎はさらに勢いを増し、ほぼ半数のゾンビが焼け焦げて動かなくなり粒子と化した。それでもなお向かってくる4匹のゾンビには『硬直の魔眼』と銃弾をもって歓迎した。やはりというべきか、向かってきた4匹の口からは全て触手のようなものが伸びてきて攻撃してきた。それによって射程距離も伸びていて数回攻撃を喰らってしまったが強化剤(防)のお陰でダメージもHP2割減程度に抑えられた。
「なんとか倒しきった……アイテム大盤振る舞いでやっとかよ……」
困難を乗り切った感慨に浸ることもせず、俺は急いでゾンビを掃討し終えた廊下を走り抜けて次の部屋へと向かった。