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軍医の葛藤

作者:雲鳥暁
 運び込まれる患者。慣れた手付きで簡易式のベッドに乗せ、即座に治療を始める。ミリタリー色のテント内に設けられた医療設備。ここに運び込まれるのは基本的に軍人ばかりである。銃を握り、戦場で敵を排除する。そう、祖国のために。

「右膝に銃弾後……先に銃弾の摘出から始める」
 右膝を中心に軍服には血が染みしている。銃弾による傷口は深く軍人には速やかな治療が必要とされていた。軍人は歯を必死に噛んでいた。患者は痛みに耐えている。一刻もその原因を取り除くべく、軍医のグレンは右手を助手にかざした。
「メス」



「今日も終えたか」
 グレンは持ち運び式の椅子に腰を掛け、水を飲みながら激務の疲れを解放された気持ちを味っていた。
 医療テントから少し離れた場所に現代文明の象徴でもある車は一切走っていない。山奥や野原だからではない。

「慣れたとはいえ虚しい景色だな。相変わらず」
 グレンは口からコップを離す。グレンと対面する景色は一言で表すなら、廃墟の街だ。砲弾に撃ち抜かれ穴が開き、穴を中心にヒビが入った二階建ての家。上空から太陽の光が直接差し込むアパート。ここは少し前まで戦場であった。無傷済んだ建物の方が少ないほどの激戦地であった。
「せめて建物だけでも無事なら良かったのだが、しかし命も人が作ったものさえ奪う戦争とはなんだろう?」

 壮大で漠然とする問いにグレンは頭を抱えた。恐らく誰しもがこの問いについて疑問符を浮かべてきたことだろう。
 古来から人同士の争いは絶えずあり、それが肥大化したのが戦争と捉えることができれば合意はできる。ただ戦争の背景にあるものはそう簡単に解明できるものではない。
「これで戦争の説明が片付くならそれでいい。ただ殺し合う意味はどこにある? 時折犠牲が減らせる作戦があるのでは……いや、これ以上の思想は軍への反逆になってしまうな」

 割り切れない思いをため息と共に外に吐き出す。医者でもあるグレンは同時に軍人でもある。祖国では最低限の軍人訓練は受けている。
 ただ国際条約で軍医などの衛生兵は基本的に非武装が原則なため、武器を腰に仕込むことはない。
 グレン自身戦争には否定的スタンスを取っている。ただ一国民である以上故郷の為に役に立ちたい。だが
この戦争は国家の忠誠に誓うに相応しい戦争かと問われると「はい」とは素直に言えない。

 名目上は自国及び周辺の同盟国の安全を脅かす国への攻撃。しかしその真目的は今いる国の資源だ。
「親友は言ってたけ『戦争とは命から新しい何かを摘み取るものだ。だから大義名分のない戦争はただの虐殺だ』あの当時はその意味を分かってやろうともしなかった。いや無理か」

 グレンはかつての親友の言葉を口にする。一見戦争を否定した言葉に見えて、実際はそうではない。その親友は国家に絶対的忠誠を誓った男だった。そして、死んだ。
 数年前、同盟国がとある国から侵略を受けた。その同盟国を助けるべく、故郷の国は援軍を送った。その援軍に親友は選ばれた。あのときの自身に満ちた表情は忘れられない。間接的とはいえ国家をいずれ危険因子となる敵と戦えると誇りに思いながら。

「今親友がいればどう見る。この荒んだ現状を」
 グレンの前を風が虚しく吹く。親友なき今、それは永遠に聴くことが出来ない問いだ。ただ親友の言葉が友の本心だとしたら親友は反対したのだろうか。
 それとも忠誠心が本心を上回り、人に銃を向けていたかもしれない。
「せめて、彼の本音は知りたかったな。さて帰るとするか」
 グレハは一気にコップの水を飲み干した。喉に水が通る時、何気ないこの行為に有り難みを感じた。椅子を折り畳み、患者らがいる医療施設へと帰宅する。





 朝から各地との連絡や今後の作戦などの仕事に兵士達は追われていた。太陽は地平線へと消え去ると、その兵士達の声がテント式の仮設兵舎から漏れなくなっていた。
「今日も一日が終わったか。銃撃音が鳴り響かないとやはり仕事は減るな。医者としてはむしろ、そちらの方が望ましいがな」

 仮設兵舎の外を移動中のグレンの口から思わず嬉しい本音が零れた。医者は患者を治療することで生計を立てている。だが人は健康であることが何より一番だ。世の中には金儲けを企む医者もいる。ただグレン一個人としての考え方は患者の数はより少ないほうが望ましい。更に強く言えば、消耗品のように命が天へと去っていく戦場では、出来れば兵士は患者としてではなく、出撃前の姿で帰還して欲しい。グレンは心の奥底からそう願っている。命を地上へと繋ぎとめる医者であるからこそだ。

 グレンの足音が止まる。目の前にはいくつかのミリタリー色のテントが立ち並ぶ。兵士が寝泊りする仮設兵舎とは作りも色も変わりはない。ただ施設利用目的が違う。目の間にあるテント群に居る兵士は全て「患者」として運ばれてきた者達だ。グレンの前にあるテント群は全て医療用のテントであり、ここから先は野戦病院となっている。

 普段から出入りしている医療用のテントを前に「この子とも、もう直ぐお別れか」と憂鬱な感情に陥る。テントの幕を捲り中へと足を踏み入れる。仕切りもなしに左右両側にずらりと並ぶベッド。厳つい肉体に包帯など治療の後が残る兵士達が夜を過ごしていた。戦場で朽ち果てた戦友ら比べれば命の鼓動があるだけここいる患者たちは恵まれているのかもしれない。しかし、中には足を失い五体不満足になった者や光を失った者すらいる。

 その後立ち直ればいいが現実はそう甘くはない。帰還後、負傷により出兵前と同じ生活を送れなくなり、生き地獄を味わう兵士の話をグレンは耳にしたことがある。それを踏まえて、安易に「助かって良かったな」と負傷した兵士に声を掛けることはできない。

 そしてその医療ベッドの左側奥に布の仕切りで覆われた一画がある。その布で覆われた一画へとグレンは行く。仕切りがある理由は兵士達と目を合わせないようにするための配慮である。仕切りの中にいるのは兵士ではない。もちろん患者ではあるが。

「先生だ。様子を見に来た」
 仕切りの前にたどり着いたグレンは仕切りを開ける。ベッドの中で天使のような笑顔で眠る一人の子供。まだ十歳にも満たない。その顔を見てグレンの表情まで笑顔になっていた。
「本当に一週間前まで生死を彷徨っていたとは想像もつかないほど、安らかに寝てるな。あのとき君のお母さんが必死で助けを求めていなかったら、君は今こことで寝ていないかも知れないのだから、お母さんに感謝しろよ」

 この子供と出会った日のことを振り返りながらグレンは夢の中の子供に語りかける。腰を下ろすべく備え付けの折りたたみイスに座り込む。大人ばかりを相手にしている日々が当たり前の今では子供と触れ合える時間など非日常的時間と感じていた。何よりもこの面会は仕事の多忙さや仕事でのプレッシャーを一気に吹き飛ばしてくれる貴重な一時でもあった。

 子供とグレンが出会ったのは一週間前の市街視察の時だった。この視察先の街はグレンが今日、椅子に腰掛けながら眺めていた街である。視察の数日前に戦闘が鎮火し、軍は街のインフラの確認のため、視察団を結成した。グレンも街の医療状態を視察する担当として視察団に加えられた。

 銃を持った兵士に囲まれながら街に足を踏み入れる。街は予想通りに建造物には穴が開き、建造物の瓦礫が散らばった道にはロープで拘束された敵兵の列とそれを仮設の収容所に連れて行く自軍の兵士。そして道端には行き場を失い絶望の淵に怯え座り込む市民。中には地に這いずる人の姿もあった。

 グレンは市民らに慈悲の視線を向けるが、すぐに進行方向に視線を戻す。既に街の医療関係者によって市民の治療は始まっている。それに軍も一時の期間が経てば次の攻撃拠点へ向け進軍を再開する。グレンが市民に手を差し伸べたところで治療が終わるまで面倒を見ることはできない。

 視察団は街の各地にあるインフラ関係施設の視察に周り、既に視察開始から三時間が経過しようとしていた。視察途中からいくつかのグループに分かれた。グレンら数人程度の医療担当グループはは目的である病院を周り終え、他のグループとの合流ポイントへと向かっていた。

「グレンさん、眠たそうですけど、ちゃんと寝れてますか?」
 グレンよりも若い男の軍医がグレンの目のクマを心配そうに覗う。「君こそ、欠伸してるが睡眠しているのか?」と欠伸している若い軍医の睡眠不足を気に掛ける。グレンらのグループは住宅街の中を歩んでいる。所々に砲弾後が残る平坦だった土の街路。街路の左右には壁と天井が吹き飛んだ日乾煉瓦の建築が夕日の下黄昏れている。

 道端を歩くグループのほとんどが自分らの仕事を終えているせいか、緊迫のかけらは無かった。グレンら軍医を守る兵士もサボリまではいかないが、警戒の手を少し緩めているが見て取れた。
「グレンさんあの女性、変じゃありませんか。子供を抱えながらこちらに向かってませんか?」
 若い軍医に肩を叩かれ、若い軍医が見つめる方を見る。
 視線先であるグレンの向こう側にはボサボサの長い髪の女性が子供を抱えていた。その瞳からは大粒の涙がいくつも地面に零れ落ちている。そして抱え込まれている子供は女性の腕上で目を瞑ったまま反応すらしない。女性の腕からはみ出た子供の腕は地面に向かって垂れていた。

 それを目の当たりにしたグレンは一瞬、母親が死んだ子供を抱えているものだと思い込んだ。
悲惨な光景に視線を逸らしたいグレンであったが、女性の行動がそれを許さなかった。大声で泣きながら何かを口走りながら女性はこちらへと進路を取っていた。復讐による自爆テロの可能性がグレンの脳裏によぎっていた。

 若い軍医も自爆テロの可能性に気づき、すぐさまこの状況が目に入っていなかった兵士らに女性の存在を伝える。兵士らも慌てて表情を硬め、射撃体勢に入ろうとした。誰もが女性が自爆テロを仕掛けるものと予想していた。兵士が女性に銃を向け威嚇するが女性が歩みを止めることはない。万一に備えて女性から急いで距離を取るグレンは戦争による哀れな復讐に口をつぐむ。

 遂に女性は街路の中央まで来ていた。迫る両者の距離。威嚇が無意味だと判断した兵士は女性の頭部に照準を合わせる。グレンもその瞬間を固唾を呑んで見守っていた。

「できれば戻ってくれ」
 グレンは届かぬであろう祈りをぼそりと口から零す。祈りは届かず兵士はトリガーを弾こうとしていた。死んでいたと思い込んでいた子供の腕が僅かにピクリと動いたのだ。

「まて撃つのは止めてくれ――」
 グレンの咄嗟の叫びが兵士達の手が止まる。グレンは若い軍医の制止を払いきり、女性の下へと向かう。子供の腕が動いた瞬間グレンは悟った。女性は自爆テロではなく子供の助けを求めるべくこちらに近づいたのだと。

「その子にはまだ息があるのか?」
 女性の傍に近づくや否や、グレンは女性に問い掛けた。
「助けて下さい。私の子を。お願いだから」
「分かった。だから落ち着いてください。取り合えず子供の容態を確認したいから子供を預けてくれないか?」
「本当ですか? ありがとうございます。この子をお願いします」
 女性を諭すと子供を受け取り、喉の頚動脈に手を当て脈の有無を確認する。

「グレンさん、いきなり飛び出してどうしたんですか?」
 グレンを追いかけてきた若い軍医が強めの口調で問い掛けてくる。その後ろには未だ女性に銃を向けた兵士。頚動脈から感じる微弱な脈の動きにグレンは胸を撫で下ろした。
「この子供は生きている。この女性は助けを求めて私たちに近づいていた。すまないがこの子を頼む。私は少し事情を聞く」 

「あっはい。分かりました」
 状況を上手く飲み込めていない様子の若い軍医にグレンは子供を預ける。グレンは徐々に冷静になるつつあった母親にある疑問点をぶつける。
「一つ聞きたいのですが一度病院に行かれましたか?」
「えぇ行きました。けど……」
「お母さん、無理に説明しなくても大丈夫ですよ」
 母親の顔に影が現れ、説明が途中で途切れた。グレンは母親の有様から疑問点への問いを得た。

 グレンには子供の容態で気掛かりなことがあった。何故、病院に運び込まないのかである。グレンが子供を間近で目にしたとき、子供の衣類は綺麗であり傷口は見当たらなかった。そのため戦争による外傷で子供が瀕死の状態に追い込まれたのではないと把握できた。

 しかし、それなら何故容態が悪化した子供を母親が外で抱えているのは不自然である。通常なら病院に運び込むはず。だが母親は一度病院に運び込まれた、と言った。恐らく母親が言いかけた言葉は「受け入れを断られた」であろう。
「確かに脈はありますがこの子はどうしますか? 近くの病院に運んでいきますか? まだ時間に猶予はありますので」

 若い軍医から子供の対応を求められたグレンは険しい顔で腕を組み状況を一旦整理する。既に病院への搬送は不可能と判明している。取るべき選択肢は限られていた。
「いや、仮設兵舎まで運ぶ。責任は俺が取る。確か十日ぐらい後に民間の医療団体がここに到着するはずだ。それまで面倒を見る」

 グレンのこの発言はグループメンバーにとって一驚するほど内容であった。先の発言に対し反対意見が出るが、グレンは無理やり自らの意見を押し通した。原則としてグレンが所属する部隊の野戦病院では兵士のみを収容する。グレンの意見は明らかに使用目的から逸脱している。幸いベッドに空きがある点や上官が物分りのよい性格という事もあり事なきを得た。
 この様な経緯で仮設兵舎に子供が居るという奇妙な状況が形成されていた。軍人としてはあの判断が些か正しかったか分からない。ただ医者としてこの判断に後悔はない。

 子供を見つめたまま後日、子供の母親から説明された子供が病院から受け入れされた理由を思い返した。
 元々子供は専門医でなければ治療が難しい持病を抱えており、掛かり付けの医者がいた。持病の手術が行われることも決まっていた。しかし街が戦火に巻き込まれると、不幸なことに子供の担当医は何らかの衝撃で崩壊した建物の瓦礫に押しつぶされ死亡する。それと同時に戦闘により負傷者が増加、病院はその対応に追われることになる。家で手術のときを待っていた子供も手術を受ける前に持病が悪化し、手術が必要な状態となる。だがベッド数の空きの問題と担当医不在により、病院側は止む終えず受け入れを拒否した。その結果、グレンと巡りあった。

 グレンは空へと繋がる天井を見上げる。複雑に絡まりあった子供の惨劇には胸は痛めている。それとは裏腹に心の瞳に写る光景には銃弾によって獲得された命の輝きがあった。
 数年前に締結された二十年条約と呼ばれた貿易条約で故郷は多大な利益とあらゆる恩恵を得た。かつて故郷の国の同盟国がA国からの侵略を受けた。故郷は同盟国に対し援軍を派遣する。援軍により同盟国とA国の戦争は同盟国の勝利に終わる。A国は勝利国に対し賠償金が支払うことで戦争の敗戦処理を終わらせようとした。

 だが故郷の国は賠償金の代わりにA国と故郷の国は貿易におけるA国の関税自主権の二十年間の譲渡を要求する。A国も当初は難色を示していたが故郷の国の戦争も辞さない姿勢に屈指、関税自主権の譲渡を容認する。こうして結ばれたのが後に条約の期間に因んで二十年条約と呼ばれた条約である。

 二十年条約により故郷の国は多額の貿易黒字を生みだした。逆に条約によってA国が多大な経済被害を受けた。
 条約締結時、グレンは条約のことなど意識の範疇に無かった。当時は戦死した友への悲しみで気力が喪失した毎日を送っていた。しかし医者という身分であったグレンも条約の恩恵を仕事場で目の当たりにする。
 故郷の国では医療機器の製造技術が高いとは言えず、世界レベルから見てもお粗末な技術と捉えられても仕方がない現状だった。その点条約相手のA国は最先端の医療技術と医療機器の製造技術を兼ね備えた医療先進国であった。故郷の国も自国で医療機器を補えない以上、他国からの輸入を検討していた。その候補の国にA国も加わっていた。しかしA国の医療機器は最先端であるが故に故郷の国においては気軽に輸入できる代物ではなかった。

 だが状況は一変する。条約によって多額の利益を得た故郷の国は今まで未発達の分野への投資の増額を決定する。これにより医療機器の製造技術の分野にも増額される。また技術が向上するまでの間、A国から医療機器の輸入量の増加させた。これにより医療現場では質の良い医療を受けられるようになり、以前であれば亡くなっていた患者を救うことも可能となった。

 医者の立場からして満足のいく医療を患者に施せないことに多少の不満を持っていたグレンにとって、条約による医療の変化は砂漠が緑地に変貌を遂げたに等しいものだった。職場の同僚の中には戦争の恩恵に感謝する者もいた。戦争に否定的なグレンですら戦争によって生まれた恩恵については認めざる得なかった。

 グレンは立ち上がり折りたたみ椅子を畳むと「また明日な」と子供に声をかけた。その場を立ち去ろうとするグレンであったが、その時、霞むような声が子供から発せられた。グレンは凄まじい剣幕で子供の容態を確認する。
「最悪だ。何でこんな時に。とりあえず助けを」
 グレンはテントの外へ向け、大声で救援を要請する。霞むような声は寝言ではなく、助けを求める子供の悲鳴であった。小さな体は体の内側から襲う病魔に蝕まれ、もがき苦しんでいた。

 救援が来るまでの間、容態を確認をしつつこの先の対処の検討し始める。当初の予定では子供を民間の医療団体に引き渡す予定だが、それまでに数日は掛かる。この手で手術を施したいところだが、子供の持病についてグレンは専門医ではない。
「知識なら持ち合わせているが……」
 グレンは休むことなく子供への対応に当たる。だがグレンの心臓は通常よりも速く鼓動していた。
「どうすればいいんだ。無理にでも手術をするか。しかし失敗したら……」
「グレン先生! 大声で呼ばれていましたが緊急事態ですか?」

 強張った表情の若い軍医が呼び声に応じて駆けつけた。グレンは若い軍医の声に多少の冷静さを取り戻す。グレンの元には軍医や看護兵など衛生兵に含まれる兵種の人間が数人集まっていた。
「夜遅くにすまない。いきなりで悪いがこの子の処置を施したいから力を貸してくれないか?」 グレンはかしこまった口調で仲間達に処置の手伝いを頼みこむ。本来なら処置の内容を伝えて直ちに治療に当たっている。わざわざ仲間達に頼み込んだのは、自らで運んできた患者だったからだ。感情の問題は除いて仲間達に治療する義務はない。仲間がここから去ってもグレンは文句を言うつもりはなかった。
「いつもみたいに早く処置内容伝えてくださいよ。俺らは命を救える存在です。いや、むしろそれが義務ですから」

 若い軍医は呆れた顔でグレンに返答した。若い軍医の言葉は他にいる仲間の思いと同じだったようで、誰一人この場を去ろうとも嫌な顔すら見せなかった。「ありがとう」とグレンは感謝の意を示すと、間髪いれずに処置内容を伝え、直ちに処置へと移行する。医者として険しい顔で治療に当たるが、その険しさの中には迷いなくどこか澄み切っていた。そしてある決意を胸に秘めていた。


  ※ 


 窓越しから来る朝一番の日差しにグレンは目を覆い隠す。自室で椅子に腰を預けていた。月が沈むまで肉体を酷使したため、着席してきても疲れにより肉体は悲鳴を上げていた。ただその顔つきは朝に相応しい爽やかなであった。

 子供の治療に当たったグレンは自らが手術をすることを腹に決め、朝方までに及ぶ大手術の末子供を救うことに成功した。
「親友よ。俺にはお前のあの言葉の真意がまだ分からない。ただ俺は今回のことで戦争という存在が煩わしいと感じた。俺らがここにいなけらばあの子は命の危機に晒されることはなかった。ただやっぱりお前が命を張った戦争で得れたモノで救われた命を考えると何ともいえなくなる。だからいつかお前の真意を理解できるように頑張るよ。それまでは一つでも多くの命を救う」

 グレンは空へと手をかざし、亡き親友への思いを告げる。
 そしてグレンの戦争はまだ続くのであった。






 


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