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新編 庚寅事変 Episode9  作者: 不死鳥ふっちょ
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第二章第二節<電撃作戦>

 まだ夜も明けていない、払暁の気配だけが漂う群青の世界。

 家畜すらまだまどろみの中で安寧に浸っているであろう、牧歌的な光景が眼下には広がっている。空には黒と白のモノトーンで彩られた雲がたなびき、まだ涼しい風に乗ってゆったりと流れていく。大地に降り注ぐ光はまだなく、しかし雲の向こうでは鮮烈な光が朝の始まりを首を長くして待っている。

 動くものが全くない、時折微かに耳をくすぐる葉擦れの音だけが通り過ぎていく、そんな草原。


 唐突に閃光が炸裂した。続いて、大気を震撼させる轟音。

 それまで、何の予兆もなかった夜明け前の草原を、暴力的な双子が薙ぎ払っていく。

 だが、異変はそれだけでは終わらなかった。

 群青の世界を染めつくしたのは、赤光。腹の底にまで響くほどの重低音と共に、世界はその一色で染め上げられていたのだ。

 無論、赤い光はほどなく消え去っていく。

 しかし、そこにはつい先刻まで存在し得なかったものが出現していた。

 若草色に車体を染め上げた軽戦車の一団であった。

 先ほどの閃光と轟音は、戦車の主砲であったのか。

 否、姿を現した戦車には、それだけの威力を持つ砲台を見ることはできなかった。

 搭載されているのは、機関砲と機関銃が一門ずつのみ。

 であれば、先刻の攻撃は一体何か。

 地響きを立て、柔らかい草原を陵辱するが如くに進軍してくる機甲部隊。その行く先には、兵士らの人影はなかった。

 だとすれば、一体先刻の攻撃は何を狙ったものなのか。

 殲滅すべき敵兵もいなければ、破壊すべき施設も何もない。あるとすれば、戦車の行く手を遮るようにして等間隔に突き立てられている杭と、結わえられた二枚の布だけである。

 金色と赤色の二枚のはためく布。

 驚くべきことに、戦車は第二撃をその布に定める。 

 号令と共に、機関砲が火を噴いた。

 射出されたのは光の玉。それが布に接触した瞬間、眼前の光景が赤い硝子越しに見ているように変質する。

 そして次の瞬間、不可視の硝子は音を立てて砕け散った。破片は空中で四散し、そして霧のように消滅していく。

「……斯拉烏系太陽神(ダジボーグ)の神域消失を確認。これより進軍を開始する」

 先刻まで林立していた杭と布は、跡形もなく消し飛んでいた。


 一九三九年九月一日、午前四時四五分。

 ドイツは隣国ポーランドに向け、進軍を開始した。

 対するポーランドにとって、それは悪夢以外の何物でもなかった。

 国土の殆どを平野が占め、また複雑に入り組んだ国境は長く延び、守備をする側にとってみれば不利な条件ばかりが重なってしまっていた。

 このため、ドイツ軍は空からは重爆撃機ハインケル He111、地上からは二号戦車の布陣で電撃作戦を展開できたのだ。

 最初に攻撃を開始したのは空軍であった。

 早朝に国境を越えた爆撃機は、ポーランドの軍事施設を組織的に破壊を開始。時を同じくして、国境付近から進軍してきた呪的機甲師団Zauber(ツァウバー)panzer(パンツァー)truppeトルーペは、ポーランド陸軍が展開した斯拉烏(スラヴ)系列、太陽神ダジボーグの象徴を利用した結界を吹き飛ばしたのだ。

 弾丸こそ通常のものと口径は変わらないが、弾丸表面に魔術文字を刻み付けることで、霊的にのみ攻撃力、破壊力を増大させることを目的とした特殊弾丸を用いることができるのは、この特殊な呪的機甲師団だけであった。

 射出と同時に、砲門内側に描かれた魔術図形を高速通過させることにより、典礼儀式にも匹敵するだけの魔力を弾丸に一時的に封入することができる構造である。その際に生み出される膨大な魔力に、通常の砲台では耐えられないためであった。

 この作戦行動によって無力化したポーランド軍の壊滅は、文字通り時間の問題であった。

 それでも容赦のないドイツ軍の進撃は止まらなかった。

 空軍の攻撃開始から一時間後、呪的機甲師団を率いるゲルト・フォン・ルントシュテット将軍は攻撃を開始。

 中央突破を図ったヴァルター・フォン・ライヘナウ将軍と合流を果たし、首都ワルシャワへと急進していった。

 こうしたドイツの電撃作戦を、ポーランドは何故阻めなかったのか。

 その理由の一つに、ポーランド軍の装備の貧弱さが挙げられる。

 ポーランド軍には機甲師団は配備されておらず、ドイツ軍と交戦状態に入った時点での装備は三十個歩兵師団、十一個騎兵旅団、そして二個機械化旅団のみであった。装甲に魔術的紋様を塗装することで霊的な防禦力を高めたドイツの機甲師団が相手であるならば、ポーランド陸軍歩兵師団が如何に主神スヴァローグの紋章によって霊的加護を身に纏っていたとしても、所詮は焼け石に水であった。

 結果、霊的強化を受けた歩兵師団であったが、空からの爆撃、地上からの砲火の前に呆気なく四散し、じりじりと後退を続けるしかなかった。


 そしてついに九月十七日、ポーランドにソ連からの赤軍が侵攻を開始する。

 対ドイツ戦で消耗を強いられていたポーランドに、ソ連までをも相手にする余裕などなかった。


 この軍事行動に対し、欧州はヒトラーをただ黙って見ていただけではなかった。

 イギリスとフランスはドイツに対し、ポーランドからの即時撤兵を要求するも、ベルリンはその通告を完全無視。この強硬姿勢により、欧州の中にはドイツと戦うもやむなしとの空気が濃密になっていった。

 侵略から二日後の九月三日、イギリス首相ネヴィル・チェンバレンは国内放送で英独が交戦状態に突入したことを宣言。

 こうして、欧州における巨大で凄惨な二度目の、そして史上最も苛烈な戦争が幕を開けることになったのであった。

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