山嵜 孝太郎の場合
「…」
まさか、僕と同じ目的を持った若者がいるとは思わなかったなぁ。いやはや、世の中は割と広い。
あの準備は、結局行動に移せなかった僕の勇気の無さの表れ。
ゴム風船が悪くなるたびに買い換える。数が足りないかとも思ってヘリウムガスも買い足した。僕自身がそれらを使うことはついになかったけれど。
…同僚や助手には、散々馬鹿にされたっけなぁ。
「…何してるんですか」
「ん? あぁ」
この場では異質とも呼べる声に思考の海から意識を戻すと、高校生くらいの少女がたっていた。どうやら僕が道の真ん中にぼーっと立っていたところに、制服の少女に話しかけられたらしい。
随分、落ち着いた女の子だなぁ…。
「サボってるんだよ。サボタージュ。君もだろう?」
「…学校なんて機能してませんよ」
「あぁ。そうか…今日はいつもより少年少女が多いのは、そういうことか」
僕は正直な感想を述べる。
それにしてもこの子といい、あの少年といい、意外にもしっかりしている人間もいるものだな。例え世界の終わりでもこの世は捨てた物じゃないということか。
なるほど、これは良い事を知った。これを知っている研究者はきっと僕だけだろう。
死ぬ前に発表できないのが残念だが。
「…君は、すごいね。こんな中で、人の事を気にすることが出来るんだ」
「明らかにおかしいですよ、こんなうるさい中でそんなに落ち着いていたら」
「その異常にすら、君以外は気付くことはないんだ」
僕はしばらく話してから少女に別れを告げて、適当な場所へ移動した。
「…おぉ。上がってるねぇ…」
孤独な研究者は天空に昇る、風の船を眺めていた。
あれには僕の気持ちも乗っている。
もちろん中身は名も知らぬ少年の言葉だ。それでもすでに亡き、妻への愛を伝えるために準備したものが、今誰かの愛を運んでいる。自分で使うよりもずっと気持ちの良い使い方だった。
「僕は、今日という日を、僕という人間の人生を誇りに思うよ」
そっと、隣で誰かが笑ってくれた気がした。