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水無月 霧香の場合


 どうも、あと2日経たずに世界が終わるらしい。

 具体的な時間、なぜ世界が終わるのか、そのあとどうなるか、詳しいことは多分誰も分からない。必ず終わるという確証もない。

 形のない根拠。具体的にいうと、第六感というやつだ。

 それは形が伴っていないが、世界中の、おそらくすべての人が感じている感覚だった。

 ニュースもそればかり伝えている。

 世界中の人が同じ感覚を覚える。確かに大事件だが、

 「…重要なのは、そっちじゃないと思うんだけどなぁ…」

 どっちにしろ、私には世界が終わろうと、私という存在がここで果てようとも、どうでもいい。

 この世の中に未練などまったくない。

 いっそ、消えてしまいたいと思ったこともある。

 「…なんて思ってるくせに…私はどうしてここにいるのかなぁ…」

 私は、世界滅亡のカウントダウンが進み始めた朝、いつもの教室にいた。

外の喧騒が少し遠い教室には、誰もいない。

 「…あ、私がいるか…」

 私はやはり自分と言う存在がどうでもいいらしい。私は頭の後ろで手を組むと、そのまま目を閉じた。

 「…」

 どれくらいの時間が経っただろうか。廊下から一人分の足音が響く。私が目を開けると同時に、ガラガラと立て付けの悪い引き戸が音を立てた。

 「…お?水無月じゃん」

 「…乾くん?」

 自分を呼ぶ声に振り向くと、教室の入り口には見知った顔があった。

 乾 浩介。

 私のクラスメイト。それ以外に大した交流はない。

 「こんな所で何してんだ? …あ、俺の言うことじゃねーな」

 「別に。授業受けに来たの」

 「真面目だなー…ま、俺もそんなところだけどよ」

 授業中ほとんど寝てるくせにと、私が言うと、

 乾くんは妙に明るい笑顔になる。

 …あぁ、この人も、不安なんだ。それを隠すために、わざと明るく振舞う。

 どうでもいい私とは、違う。まだ、この世に未練があるんだ。

 「…お前、変わんねーな」

 「人間そう簡単に変われないし」

 「…外、見たか?」

 「見た。…それとも私が学校に住んでるとでも?」

 外。

 私達二人以外は誰もいない教室じゃなくて、街中。

 こことは違って、街は人であふれている。

 窃盗、恐喝、暴行…。どうせ世界は終わるのだ。義務なんてやっていられないという連中だ。本来、こういう時に動くべき警察なども所詮は人間。当然のように職務怠慢している奴らが多いのだろう。

 さっき、ニュースの話をしたが、それもいつからかやっていないようだ。

 ま、電気と水が止まってないだけまだマシか…。それもいずれなくなるだろう。

 …あぁ、嫌気が差す。

 周りの人間にではない。

 私に、だ。

 どうしてこうも冷静なんだろう。まるで、他人事のようだ。

 「…あぁ、他人事か」

 「ん?」

 「私は自分自身がどうでもいいから、だから私には今起こってることが他人事にしか見えない。だから私はいつもと変わらず、本性が見えたりしない」

 いや、むしろこれが私の本性なのだ。常に私は本性を明かしている。自分などはどうでもいいから。

 「なーんか、人生損しそうな生き方だな」

 「そういう乾くんも、自暴自棄にはなってないみたいだけど?」

 多分、彼は不安を感じている。でも、自棄になったような言動は見られない。

 彼も街の連中のように世界の終わりを感じて、それを信じている。しかし私と違って、世界が終わることに不安を感じているが、他の連中とも違って、どうなってもいいなんて行動は起こしていない。

 …彼は他の人間とは何が違うのだろう。

 「…」

 「…ところで、これからどうするんだ? 時間はあんまりないぜ?」

 時間がない。世界が終わった後、今と変わらずに時間という概念は存在するのだろうか。もしも存在しない場合、これほど現状に適した言葉もないだろう。

 「…さぁ。…外には行きたくない」

 もうあんな“モノ”見たくもない。

 「だからってよ…残りの時間、過ごしたい奴とかいないのかよ。家族とか、恋人とか」

 はぁ。

 こいつは私の性格で彼氏がいるなんて馬鹿げたことを考えられるらしい。

 「私、施設で育ったの。だから、両親は知らないし、育ての親ともこれといって話すことはない。それに彼氏なんて今までいた例がないし」

 「そう…か。んでも、彼氏がいねーってのはちょっと驚いたぞ」

 可愛いのに。と、彼は続ける。

 いや、私は可愛くない。こんなに可愛くない女、私は私以外に知らないから。

 それに…

 「私、今まで誰かを愛したことってないし、これからもないと思う」

 「ん?何だそりゃ。誰かが好き、とか、誰でも感じるだろ。…いや、この台詞意外とハズいな…」

 「家族愛も感じたことはない。確かに育ての親に感謝はしてるかもしれないけど、それは愛じゃない。他人に感じた特別な感情は、怒りと失望ぐらい。愛は…知らない」

 …というか、私の中に愛なんてないのだろう。

 何かが愛おしい。その感情は私には分からない。

 可愛いと思うことはある。かっこいいとも思うことも出来る。でも、好きかどうかは…別だ。

 分からない。理解することが出来ない。

 …知らない。

 「俺はいるぞ、好きな奴」

 「?」

 彼は唐突に自分の話を始める。私は視線を何も書かれていない黒板に向けながら、その話を聞いていた。

 「うー…っとだな。あれは、2年前だ。俺、その子に告白しようとしてたんだ。その時は自転車でその子の家に超急いで向かってた。そしたらよ、途中の道で救急車だかパトカーだかのサイレンの音が聞こえるわけ」

 「…」

 「そうそう。…自動車事故だった。事故った衝撃で家族3人、車ごと川に落っこちてさ、両親は衝突の衝撃で即死だったらしいんだけどよ、…その子は完全に無傷だった」

 無傷だった?

 無傷で川に転落…。

 「…救助が遅れて、元々体の弱かったあいつは溺死した」

 「…」

 「何万回も恨んだよな。遅れた救助隊とか、事故を起こした相手とか、結局何も伝えられてない自分とか」

 乾くんはどこか遠くを見ていた。私も何となくその視線を追ってみるが、窓の外にはいつもと変わらぬ青い空が広がっているだけだ。

 「…あぁ。そうか。俺のしたかった事って、これか」

 彼はそう言ってふっと微笑むと、自分の席から立ち上がった。

 「悪い。俺、やる事ができた」

 立ち上がった彼の姿に、ドキリと心臓が跳ねる。

 嫌だ。

 「もし…もしさ、世界が終わらなかったら、どうする?」

 …多分、独りが嫌だったんだと思う。

 私は目的を持って遠ざかる背中に、思わず声をかけた。

 「ん? …あぁ。そうだな…」

 彼は一度立ち止まって考え込む。そして、

 「…いつも通り、未練がましく生きてくんじゃないか?」

 「…」

 「じゃーな。元気でやれよ? 終わりが来なかった時のためによ」

 やっぱり、私とは違うなぁ…と、感じた。




 …血の臭いだ…。

 しばらく教室にいたあと、私はあれほど嫌だったはずの街に来ていた。

 結局、私は目的もなく1人でいる事に耐えられなかったのだと思う。

 「…」

 街は嫌な風景と、音と、臭いにあふれていた。

 誰かの怒声、人目を気にしないカップル、ガラスの割れる音、悲鳴…

 あぁ。これも違う。求めていたのはこれじゃない。私は見たくないモノを 見ては、口から溜息を漏らす。

 それを10分くらい続けていただろうか。ひどく落ち着いた白衣の中年男性を見つけた。

 …明らかに、この街には不釣合いな人間。

 彼はボサボサの頭をかきながら、空を見ていた。

 「…何してるんですか」

 「ん? あぁ」

 私は気がつくと彼に話し掛けていた。

 ただ気になっただけ。特別な意味はない。

 「サボってるんだよ。サボタージュ。君もだろう?」

 「…学校なんて機能してませんよ」

 「あぁ。そうか…今日は少年少女が多いのは、そういうことか」

 白衣のおじさんは、ゆっくりとした口調で喋る。

 「…君は、すごいね。こんな中で、人の事を気にすることが出来るんだ」

 「あなたは明らかにおかしいですよ、こんなにうるさい中でそんなに落ち着いていたら」

 「その異常にすら、君以外の人は気付くことがないんだ。君は十分にすごい」

 …変な人だ。

 おそらく乾くんとも私とも、もちろん他の人とも違う。

 目的があるわけでもなく、自分がないわけでもなく、自棄になっているわけでもない。

 この状況をただ単に受け止めているような、そんな感じ。それはとても機械的で、冷たく、無機質。今の感情渦巻く街にとっては、人間離れしていると言っても良いほどに異質な雰囲気。

 男はしばらくじっと私を見てから、ふっと息を吐き出す。

 「それじゃ、僕は行くよ。君も1人で歩くなら、武装でもした方がいいかもね」

 「武装?」

 「変質者、多分戦後最多なんじゃないかな?」

 …確かに。

 「自暴自棄になった奴らって、何するか分かんないから、気をつけてね」

 「…忠告どうも」




 …こういう緊急時には、引きこもっているのが一番かもしれない。しかし私は家には帰らなかった。

 そこには私の両親がいるだろうから。本性が見える育ての親に会うのが、怖い。

 だから私は1人で町を歩いていた。

 狂気に満ちた町を、1人で歩く。

 「…はぁ…」

 様々な臭いが混じり、段々と気分が悪くなってくる。この臭い、もう少し何とかならないのだろうか。

 何かの薬品が焦げたような臭いが鼻を刺す。多分近くに事故を起こした車があるのだろう。

 私が溜息をつくと、急に左手を掴まれた。

 またか。これで学校を出てから、4度目だ。

 私は後ろにいるのであろう、気色悪い男に右手に持っている物を振るった。どこに当たったのかも分からないが、とりあえず人間に当たった感触がするので良しとしよう。

 「がッ! いっ…てぇな! 何しやがる、テメエ!」

 「…」

 今度は顔を、狙って突く。

 「ぐぉッ…」

 まったく…これだから、バカは…。

 私は倒れている男に向かって右手の獲物を見せ付けた。もっとも、気絶しているのか反応はなかったけれど。

 「こんなに目立つ物持ってるのに…見えないの?」

 私が持っているのは、樫の木だかなんだかで出来た六尺棒。我が校の剣道部室にあった物を拝借した。

 竹刀や木刀の扱いは私にはよく分からない上に、こっちの方がリーチが長い。だから、棒。ちょっと私には重いけれど、今のところは特に問題もなく機能していた。

 「…って、こいつ、帯刀してる…」

 倒れている男の手には、白く輝く刀が握られていた。確かに、脅しには使えるか。これで脅して、私を…。

 「…あ、やっぱり摸造刀か…」

 刀を拾って、軽く男の指先に触れてみる。やはりというかなんというか、刃はないようでまったく斬れない。

 しかし刃物というのは、さっきも言った通りで脅しにはもってこいだ。せっかくだしもらっておこう。

 「…ごめんなさい。お借りしますね?」

 その場を立ち去る時、自分の姿を半分割れているショウウィンドウがチラリと映して、それを見て気分が沈んだ。これでは本当に武装という言葉がよく似合う。

 それにしても、私は変質者に好かれるらしい。…まだ、昼間だってのに…あぁ、気持ちが悪い。触らないで欲しい。

 自分自身はどうなってと思っているくせに、嫌な事は嫌。変だとは思うけど、こればっかりは仕方ない。こいつらもこいつらで、白昼堂々私に何をするつもりなのだか…。別に夜ならいいって意味じゃないけれど。

 「…?」

 イライラしながらしばらく歩いていくと、住宅街のアスファルトに血溜りがあった。

 全く乾いてないところを見ると、随分と新しいらしい。

 …あぁ。まただ。何で、血なんて見ても冷静なの? 本当に自分が不思議でしょうがない。

 正直血溜りなんかより、私の方がずっと怖いと思う。

 私は血で濡れた地面を踏みしめて“それ”を見下した。

 「…」

 よれよれになった洋服を着た男の人の死体。

 胸には、多分、刃物で刺された跡。

 私はなぜかその人の上着を取った。

 理由は分からない。

 強いて言うならば、第六感。

 「…」

 そして、気付く。

 胸ポケットに入っていた、それに。

 「…拳銃…」

 よく見ると、死体の右手にも握られていた。

 なぜ拳銃なんて持っているのか。この死体はどう見ても警官じゃない。警察はこんなオートマチックなんて使わないし、二丁も携帯しているわけないから。

 私は、その死体に上着をかけてやった。

 せめて人目のつかない場所に移動させてあげたかったが、私1人じゃ、無理がある。

 大体、人目のつかない場所って、どこ? 人々の行動パターンがバラバラになってしまっていて、人目のつかない場所など私には分からなかった。

 「…」

 私はその死体の前で黙禱をしてから、道の先へ進んだ。




 …脅しには、拳銃という目に見える恐怖は有効だった。

 もちろんそれは模造刀でも十分なのだが、一度鞘から抜かなければならない分相手より遅くなる。その点拳銃の方が楽だ。全長が短いから取り出すのが簡単で助かる。

 「…見た目があれで、手に持って歩けないのが難点だけど…」

 もっとも、もうすでに見た目などどこかのRPGから飛び出してきたような感じなのは自分でも分かっている。装備品は、学校の制服。六尺棒。模造刀。スカートの左右のポケットには拳銃。

 はぁ…こんな格好でどこへ行こう…。

 今いるのは、海の近くの通りだった。

 次第に日が暮れてきていて、ここから夕日が沈む海が見える。

 「…」

 いつも見ている光景だが、今日は特別悲しく見えた。

 …多分、明日の内に何かがあって世界が滅ぶ。これがこの場所で見ることが出来る最後の夕日なのかもしれない。

 「ちょ、や、止めて下さいッ!!」

 「うっせぇ!黙れ、このアマ!」

 チッ…人が感傷に浸っている最中に…。

 私がイラつきながら声の方を見ると、そこには2人の男女。…男の方に見覚えがあった。

 「さっきの奴じゃん…」

 模造刀をドロップしてくれた男。まだ懲りてないのか。

 私は様々な怒りをその男にぶつけるように、棒を思いっ切り振るった。

 「ごッ…」

 気絶したか、それとも死んだか…。

 「…あぁ、あんたに言いたいことがあったの。あんたみたいなの、すごく不愉快。見ててイライラするからどっかに失せろ、カス」

 私は届かない言葉を、気絶している名も知らない男に吐き捨てるように呟く。あぁ、イライラする。なんだか分からないが非常に不愉快だ。

 私は気絶している男にもう何発か蹴りでも入れてやろうかと考えていると、襲われていた女性がこちらを気にしているのに気がついた。

 「あ、あの…」

 「あぁ、大丈夫でしたか? 気をつけてくださいね。こういうの夏場の溜めてあるバケツの水の中のブヨみたいにたくさんいますから」

 私は彼女にそれだけを言い、海辺へと降りていった。

 「…はぁ…」

 お礼を言われるのは、苦手だった。

 形式的な物も、心からのお礼も、全て。

 なぜなら、私が自分から行動する時は自分が嫌だと思うものを退ける時だけだから。それ以外は義務とか、雰囲気に任せている。

 ここにも自分は存在しないし、感謝されることなど何もしていない。そんな状況でお礼を言われると、罪悪感しか残らない。

 「…ん?」

 沈んだ夕日が残した紅を目で追っていると、紫色の空に緑色の風船が飛んでいた。

 「…誰が飛ばしてるんだろう」

 風船の1つが、空気が抜けてしまったのか海岸の少し遠くに落下していた。

 私はそれに近づいて、拾い上げる。

 「…手紙だ」

 風船に封筒が結びつけてあった。いや、もしかすると手紙ではないかもしれないな。どこかの会社の重要書類を馬鹿が風船で飛ばしているのかも。

 私はあまり迷わず、その封筒を開けて中身を取り出す。

 その便箋の中には、安そうな薄い小さな紙。

 そこには一言。

 「…愛してる」

 そう、印刷してあった。




 さぁ、皆さん。

 世界が終わるまであと何時間だと思いますか?

 「私は、まだまだこの世界は続いていくのだと思います。終わりなど、来ない」

 だって、その方が面白いと思いませんか?

 …何が私を変えたのでしょうか。いつ私はこんなにも変わったのでしょうか。今朝育ての両親を見た時か、乾くんに出会った時か、白衣の男に出会った時か、あの女性にお礼を言われた時か、それとも…。

 今は、世界が終わるのがとても嫌です。

 「なので、私は動くことにしました。嫌な物を退けるために」

 まぁ、だからといって何をするわけでもないのです。

 でも終わりが来たら、戦おうと思います。

 丁度、武器もたくさんありますし。

 私は海岸沿いのバス停のベンチに座り、満点の星空を見上げながらそう宣言した。


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