元年 0
ドラゴンの麓で見る空々2-2前編投稿開始と一緒に。
この番外編は、この作品の正真正銘の最後の番外編で、その続編の完全なツナギになります。
……正真正銘の最後って言った事を後で後悔しないかなぁ。
幻獣が智獣によって殺された。
そんな事を聞いたのは、智獣が急速に生息範囲を広め始めて暫く経った頃の事だった。
弓や剣なんかよりも強力な武器が作られ始め、生物としての魔獣の優位性も低くなり始めていたのは理解していた。
魔獣も、幻獣も知恵を積み重ねるという事はして来なかった。
受け継がれてきた知恵をただ先へ渡すだけ。それ以上の事は出来なかった、もしくはする必要が無かった。
ただ、それでも幻獣が殺されるとは誰もが思わなかった。
その幻獣が油断したにせよ何にせよ、それだけの力をいつの間にか智獣は身に着けていた。
そして力を身に着けた智獣の中の、貴族の娯楽として魔獣を狩る事も流行り始めていた。
銃という、鉛玉を目に見えない速度で撃ち出すその武器は、最終的にその貴族が返り討ちに遭う事があろうとも、確実に魔獣を屠る事が出来た。
それ以前に魔獣が強くなる為に積極的に智獣を屠る事はあった。ただ、それ以上に力をつけた智獣は魔獣を多く屠り始めていた。それを逆襲というには、その後に残る死体は多過ぎた。
勿論、魔獣もただでは居なかった。報復に至る所の智獣を襲った。田舎の農村などで生き残る智獣は居なかった。馬に乗ってもそれ以上の速さで襲ってきて引きずり降ろされ、食い千切られた。
沢山の智獣が死んだ。そして沢山の魔獣が死んだ。
生き残った魔獣達は智獣の頭を生きたまま喰らえば強くなる事を知り、そして報復にと積極的に残虐に殺した。その報復に智獣が魔獣を残虐に殺した。
智獣の国が幾つか滅びた。その地域に住む魔獣がかなり減った。至る所で血の臭いがした。死肉を好む生き物がその後に跋扈した。
生き残った智獣、生き残った魔獣。
最終的に勝利したのは、言葉を以て、より力を合わせる事が出来た智獣だった。
数十年の内にそんな、血を血で洗うような事が至る所で起きるようになってしまった。
そして力を身に着けた智獣はもう、自らを獣ではないと宣言し、人族と名乗るようになった。
狂った獣が血を好むように殺戮を繰り返しているのを傍から見れば、そんな宣言は酷く馬鹿げた事だった。
ただ、そんな馬鹿げた事をしていても、魔獣が悠々と生きられる時代は終わってしまったのだと幻獣達は理解していた。
特に魔獣の族長から転生した幻獣達は、それに対して動き始めていた。転生する前、最初に自らが生まれ育ち、そして守って来た群れの数々が滅びてしまうのはどうしても許容出来なかった。
智獣と比べても、魔獣と比べても強過ぎる力を持つ幻獣は、それらに干渉する事を今までは禁じて来た。ただ、幻獣も殺された今、その決まりには疑問符が付くようになった。
もう既に、幻獣が動く前に無くなってしまった、族長が率いる群れも多くあった。
生前その群れで生きて来た族長だった幻獣達の落ち込み様を見てしまえば、また群れを守れずに死に、そして自身だけ転生したその族長のどうしようもない自責の様を見てしまえば、それでも干渉すべきではないと言う意見は、声に出す事は出来なかった。
もう、魔獣という存在は自分達で守らなければいけないものなのだと。
魔獣は、智獣達に敵わないのだと。
しかし、それでも幻獣達は智獣を報復に殺す事はしなかった。幻獣達が力を合わせれば、智獣達を滅ぼす事は未だ容易く、そして怒りのままにその力を行使してしまう事は取り返しのつかない絶滅を招いてしまいそうだった。
そんな事を思っていた。
――けれども、それは智獣達に目標を与える事に等しかった。
魔獣は、特に群れで暮らし、統率された魔獣達は幻獣に庇護される存在となった。争いの傷跡が時間を掛けて癒された後。
また、貴族の智獣は無謀にも幻獣に挑んだ。幻獣は、その攻めて来た智獣を全て殺した。刃向かって来ないようにそれを命令した智獣までを徹底的に、そして恨みも込めて。
その、誰も何も帰って来ず、そしてそれを指示した智獣達までが全て死んだその様を見せつけられ、智獣は酷く恐れると同時に渇望を抱いた。時間を掛ければ追いつける。追いつき、追い抜いたその時、自分達はこの星の王者になれるのだと。
刃向わなければ、殺されない。それは幻獣にとって慈悲ではなかった。愉悦のままに、恨みのままに殺してはならないというただの自制だった。
ただ、智獣にとっては慈悲であり、そして生きる事が出来、力を更に蓄えられるという喜びでもあった。力への渇望は智獣を突き動かした。
時に各々で醜く争いながらも、智獣は知識を、力を蓄えていった。
幻獣がそんな渇望に気付いた時には、智獣の力は、人族の力は、とうとう幻獣に肩を並べようとしていた。
智獣を智獣と呼ぶのは、もう、幻獣だけだった。それは各々で争いながらも、多量の血を流しながらも最終的には肩を並べる人族にとっては蔑称に等しかった。
獣と呼ぶには、もうその生態は他の何ともかけ離れていた。
それがどのようであれ。




