故郷 4
ドラゴンの麓で見る空々4章出来たのでその宣伝で。
「えっと……どっちがどっちですか?」
そのコハクの言葉に、目の前の幻獣達は目を見合わせて、少し笑った。そして、智獣の形をした幻獣が答えた。
「俺が、黄色のワイバーンの族長だったよ。最後、翼を折られてお前に頭を食わせた」
「じゃあ」
俺が続ける前に、黒い麒麟が続けた。
「そうだな。私が、灰色のワイバーンの族長だった。お前の嫁を攫って踏みつけながら俺の頭を食えと強要したのが私だ」
智獣の形をした幻獣の種族名はシルフと言うらしい。特に風を操るのが得意な幻獣なのだとか。
黒い麒麟の方は、種族としては麒麟だが、亜種のような扱いで角端と呼ばれるらしい。
シルフの方――コハクの前の族長――はサンスト、角端の方――俺の前の族長――はソア、と呼んでくれと言われた。
落ち着いたところで、四者、姿形は全く違えど元々は全員ワイバーンの族長だった幻獣が話し始めた。
まず、俺が聞いた。
「何故、ここに、一緒に?」
「お前等が縄張りを争って戦う時に遠くから見ていたんだよ、私達は。
それで知り合った」
「俺はシルフとして生まれたばかりだったが、群れがどうなってるのか一刻も早く知りたかった。親に守られながらも、その群れの軌跡を追っていたところだった。
……驚いたよ。追いついてみれば、群れの全てを賭けて戦いを仕掛けていたんだから」
俺とコハクは目を見合わせて、そして聞いた。
「どんな気持ちだったんですか?」
そう。前の族長がそれを見て、何を思っていたのか。それが強く気になった。
「……一言で言うと、辛かった。
口には出さなかったが私も、サンストも最初は各々に勝って欲しいと思っていた。ただ、どんどん命を散らしていく様を見ながら、もう止めてくれとも思い始めた。
数が減っても戦い続けるお前達を見て、もう十分だろう、もう十分傷ついただろうと、飛び出して、叫んで、止めに行きたい自分自身の疼きを堪えるのが辛かった」
「ただ、俺は羨ましくもあったな。
最後にあの場所で互いに全力を尽くして戦っているのを見て。族長という立場の魔獣には、対等な相手と巡り合う機会など普通無いからな。
楽しかっただろう?」
「うん」
「何よりも」
俺達は即答していた。
「……まあ、私達も彼女には感謝しているんだ。
幻獣の寿命以上の歳月を転生し続けたとかいう、そして引き分けに終わらせてくれた彼女にな。
彼女が居なかったら、私達はこうして親睦を深める事など出来なかっただろう。恨み、殺意すら抱えていたかもしれない。申し訳なさを感じて生きていく事になったかもしれない。
血が沢山流されたとしても、死体が山積みになる程に傷が大きかろうと、訪れたのは互いが混じり合っていく平和だった。
それは、私達は予想もしなかった、素晴らしい道だった」
「俺達も羨ましかった。
何故俺はあそこで油断してしまったのかと、何故あそこで戦っているのは俺ではなくお前だったのだろうと、俺にとってはそう悔やむ日々が続く程に」
「……でも、それだけ別れは悲しかったよ」
コハクは答えた。
俺も、鮮明に思い出せる。俺に抱きついて大声で、子供のように泣きじゃくるコハクの姿。
「それだけ、楽しかったという事だ。
それだけ悲しむ事が出来る程に幸福があったからだ。それは稀有な事だ」
コハクは納得し辛いように言葉を噤んだ。
「……」
「会わなければ良かったと思うか?」
それにはコハクは即答した。
「それは無かった」
「そういう事だ」
だらだらと喋り続け、暫くの後、俺達がどこに向かっているかと聞かれた。
「コハクと、サンストさんの率いていた群れが元々居た場所がどうなっていたかを、見に」
ああ、と言うように、サンストとソアは顔を合わせた。
そして、サンストもソアも微笑を浮かべて、言った。
「驚くと思うな」
「まあ、行ってからのお楽しみという事で」
今度は俺達が顔を見合わせる番だった。
それからまた暫くの後、別れる事となった。幻獣の寿命は他の生物に比べて遥かに長い。だから、旅の途中でこう出会っても軽く話す程度で、自分の目的を優先するのが普通だとか。
「好きに生きろよ。族長として身を捧げた俺達に貰える、長い休暇みたいなもんだ、この二度目の生は」
「ただ、暴れすぎたりはするなよ。きつい罰が待っているからな」
そう言って、去って行った。
「……驚くって、どういう事だろう?」
「行ってみないと分からないよな」
「当たり前の事言って……」
「そう言うしか無いだろ」
「まーね」
旅は、まだ始まったばかりだ。
*****
それから数日進んだ頃、コハクがふいに喋り始め始めた。
「夏は獲物が沢山獲れる場所を選んだんだ。でも、それと一緒にやっぱり雨を凌げる場所って言うのは見つからなくてね。
豪雨の時は、木の下に身を潜めるだけじゃ全く雨風を凌げなくて、成獣は雨に晒されながら子供を皮翼の下に避難させた何て事も時々あった。
僕もそうして子供の雨よけになってたりした事が何度かあるよ。番が居なかった時期からね」
「雨か……」
夏の雨は生暖かく、けれど容赦なく体温を奪っていく。
ワイバーンという大きな体を持つ群れが雨風から凌ごうとすることはそう容易な事ではなく、きっと風邪を引いてしまった成獣も多かった事だろう。
「豪雨が一日以上続いた時は本当に辛かったなあ。翼腕を子供達の為にずーっと、ず~~~~っと雨よけにする為に伸ばし続けるのさ。時々交代も挟んだけど、それでも本当に辛かった。
流石に成獣の中でも体調を崩し始めるのも居てさ、そんな中、やーっと雨風が弱まり始めたのを感じられた時には本当にほっとした。皆のほっとした顔もはっきりと分かってさ。
雨が止んだ後は、何もかもが湿り切っていたけど、それでも枝や葉っぱを集めて、必死に燃やして暖を取ったよ。
……煙たかったなあ。
すぐに熱くて溜まらなくなったけど、がくがくと体を震わせて思いきり風邪を引いてしまった仲間も居た。
その時は幸いなことに誰も死にはしなかったけど、数匹、ちょっと毎日のように飛び続ける旅には付いていけそうには無い位に体を弱らせちゃって、その番と子供も残って。
そんな場所が、他にも数か所あったと思う」
「……そういう場所の一つが、この近くにあるのか?」
「もう、一つ通り過ぎた」
「……」
ワイバーンは、旅の途中では一匹たりとも見ていない。
「誰も居なかった。
元気になってどこかに旅立っていったのか、天寿を全うしたのか、それとも弱ったまま死んでしまったのか、もう分からない。
少し、寂しかった」
その場所の一つは小さな山だった。川が一本、何か申し訳なさそうな感じで細々と平地へと垂れている。
魂の存在を見通す事の出来る幻獣の目は、木々が鬱蒼と茂っていても、そして遠くからでも生物の気配を知る事が出来る。
「……居なさそうだなあ」
コハクが、残念そうに言った。
山の片面だけ見て言っても、と思うが、日当たりが良い方の片面だった。その方に見当たらないとなると、可能性はやはり低いだろうと思ってしまう。
コハクの歩く速さが弱まる。
山の周りを、大きく迂回していく。生き物の気配を見透かす目を持ちながらも念入りに確かめていき、そしてまた、躊躇うように。これは、一日掛かりそうだと思った。
幾ら探そうと、居るのはただの狼や山猫、鳥や大蛇、熊などなど、ただの獣だけだった。
魔獣という、それらに比べれば強い魂を持つ生き物の存在は舐めまわすように探そうと見つからない。
「……」
少し位は居ても良いだろう、とは思う。体が弱ろうとも、魔獣は魔獣だ。ただの獣とは訳が違う。ワイバーンなら炎を吐けるし空を飛べる。獲物を狩るのに苦労はそうしないだろうし、番まで残っていたとしたならば、その子孫が残っていてもまだおかしくない程の年月だ。
「あ」
コハクが短く言った。
「居たのか?」
「分からない」
コハクは、山の先を見ていた。目を細めると、鳥よりも明らかに大きい何かが飛んできていた。
「……二匹、居るな」
「うん」
それが分かりながらも、近付く事はしない。
獣と魔獣の差が僅かなものに見える程に、魔獣と幻獣の差は広過ぎる。
山の麓と頂上という大きい距離を取っていても、力の差が遥かに離れた存在が居る事は見て取れるだろう。
見えて来たのは、ワイバーンと。
「……あの魔獣、ヒポグリフ、かな」
「ヒポグリフ? 俺、見た事無いから何にせよ分からないな」
「あ、そうなの」
「俺、ワイバーンだった時、あの崖の外の世界を何も知らなかったんだぞ。幻獣になってからもそう多年月経ってないし」
「ああ、うん、そっか。物事は僕の方が見聞きしてきたんだよね」
「……そうだな」
「まあ、四つ足で翼も持ってる魔獣はグリフォンとヒポグリフ、それからペガサス。ペガサスは馬に翼が生えた感じ。
グリフォンとヒポグリフは両方とも四つ足と翼を持った猛禽というようで姿形は似ているんだけど、グリフォンの方が大きくて、肉付きもがっしりしている感じ。ヒポグリフはグリフォンより小さくて、軽やかに空を飛んだり小回りが効く感じ。
実際、グリフォンは助走をつけないと飛ぶのが難しくて、ヒポグリフは助走無しで飛べる」
「へぇ」
「放浪している時に、ちょっとはぐれグリフォンを襲って食べた事あったんだけどね、固い事を除けば十分美味しかったな」
「……へぇ」
「ヒポグリフはグリフォンより肉付きが柔らかそうで美味しそうなんだよね。食べた事までは無いんだけど」
「……そうか」
その内ワイバーンを食べてみたいとか言わないよなこいつ。
流石に無いよな。
頂上に降り立った二匹は、黄色のワイバーンと、ヒポグリフだった。
特に争う事も無く、単純に仲が良さそうだった。
「一対一とかだと、こういう異種族間での交流も出来るんだろうな」
「そういうものかな?」
「赤熊と付き合っていた奴居ただろ」
「あー……っていうか、アレは赤熊がワイバーンの炎を欲しがってただけでしょ」
俺達の群れの崖の先、試練の場所でもある森の中に赤熊が一匹、長い間住んでいた。
その赤熊は一、二匹のワイバーンと常に交流をしていて、時々小さく煙が森の中から立ち上っているのが見える事があった。
「そうだろうけどな。交流には違いない」
命のやり取りとか、そんなものを全く介さない関係だ。
ワイバーンとヒポグリフは、自分達の方をじっと見ていた。
「僕があのワイバーンの親と一緒に旅をしていたなんて、思いもしないんだろうなあ」
「だろうなあ」
コハクは、自身が死んだ後こうして幻獣に転生するなど、全く思ってもいなかったのだ。
「まあ、何はともあれ。
一匹でも元気に生きていて良かったよ。何か、とてもほっとした。
放浪から離脱しなくていけなくなっても、必ずしも不幸にはならずに済んでるって分かったし、うん、とても良かった」
「……そうだな。良かったな」
それが心からの言葉でも、俺は普通に返すしか出来なかった。俺のワイバーンの時の経験というのはコハクに比べれば大したものも早々無く、それが辛い経験を沢山伴ったものだと言えど、羨ましさを覚えた。
本編完結時は7500pt位だったと記憶しているけど、それからぼちぼちと1000pt位増えてるんだよな。
まー、これ以上の作品は未だに出せてない訳だけど。




