故郷 3
ドラゴンの麓で見る空々1-3を投稿する告知としての投稿。9月10月は繁忙期で過労死基準まで(80h)残業してたので遅くなりますた。これから就職する皆は、取り合えず日本から逃げる事をまず最初に心がける事をお勧めしますね。
多分。いや絶対に、僕達は智獣達から多過ぎる恨みを買っていたよ。智獣を食べれば強くなれる。そう気付いたら、小さめの集落を見つけたらもう、皆殺しにする事さえあったからね。
足を震わせながらも武器を向けてくる父親、その背後で赤子を抱きかかえて必死に逃げる母親。大声で泣き叫ぶ赤子。箪笥の中で口に手を抑えて必死に災厄が過ぎるのを待つ子供。笑い始める大男。自殺する女性。
ぜーんぶ食べた。食べれば食べる程強くなると信じて疑わなかった。ある程度食べると、もうそれ以上は食べたところで余り強くならないとは言っても、最初の頃に食べた時の、体がより一層自由になる感覚、それを忘れられずに食べ続けた。
そんな事をしていてね、でも、群れごと滅ぼしてしまうんだから復讐にもやってこないだろうとか思ってたんだ、僕達は。
うん。
……多分、討伐隊とかそういうものが組まれていたんじゃないかな。僕達は殺し過ぎた。
百……千、その位の智獣を殺したのは、確かだった。
「辛かったら、喋らなくてもいいぞ?」
そう俺が言うと、コハクはううん、と首を横に振った。
「これから僕達は何百年も生きるんでしょ? その何百年の間、ずーっと黙っているのも嫌だし、それに思い出すのが嫌だって言ってももう、思い出しちゃったよ。今でも、思い出そうとすればはっきりと思い出せるんだ」
「ああ、そう」
僕達は殺し過ぎた。
罪とか罰とかそんな事を考える訳でも無かったけど、あの村を襲おうと急降下を始めたときに、隠れていた人族達が一斉に出てきて矢を放ってきたのにそう驚きはしなかった。
体を捩じって僕は矢を避け、叩き落した。急降下をやめて、空へ舞い戻った。
でも翼に穴を開けてしまって上手く戻れなかったり、また智獣を沢山食べていた自信家……いや、無謀な仲間や、危機感を覚えられずに成獣したばかりの体だけ大きい子供達が、地面に降り立ってしまった。
遠くから鎖を投げられて縛られ、そして一気に動きが鈍くなった。
今なら分かるけど、雷の魔法を使っていたんだと思う。
そして、四方八方から更に矢を射られ、槍を投擲されて、遠距離から串刺しにされていった。
成獣したてのまだ体が大きくなっただけの子供達は抵抗も出来ずに殺されていった。降り立った強くとも無謀な仲間達も、囲まれて四方八方から攻撃されては全てを躱しきる事も出来なかった。
助けようと火球を放っても、魔法で障壁を張られてそう大した助けにはならなかった。
族長は、降り立ってしまった一部を見捨てる事を即座に決めて、逃げる事にして、そして同時に皆、気付いた。
四方八方から、グリフォンやヒポグリフ、ペガサスや同じワイバーン達。空を飛べる魔獣に乗って、人族が空からも追い詰めようと空を駆けてきたんだ。
族長が一か所から切り抜ける事を決めて、先陣を切ろうとして、けれど直後に襲ってきたのは弩による狙撃だった。巨大な機械仕掛けの弓。遥か上空を飛んでいても、勢いを失わずに普通の矢とは比べ物にならない速さで飛んでくる巨大な矢。
数は少なかったけど族長以外は躱せなかった。胴体すらも貫通して、力を失って落ちていく数匹。僕が貫かれなかったのは運が良かっただけだった。逃げる為に更に上空に飛んで、その隙に包囲が狭められていた。背後や左右から矢が飛んできた。落ちれば待っているのは大量の智獣による確実な死だった。
傷を負って上手く飛べなくなってしまえばそれでおしまいだった。高度を失えば弩が貫く。
族長が今度こそ先陣を切った。矢を全て紙一重で躱して、グリフォンの首を爪で引きちぎり、赤色のワイバーンの首を尻尾の刃で掻き切った。
次いで突進して来たペガサスの頭に体を一回転させて頭から尻尾の刃を振り下ろしてどぱっと真っ二つにする。今度は下に潜り込んで腹を裂き、血の雨が降る。いきなり上空に舞い上がったかと思えば頭を思いきり蹴飛ばして首を折った。
そして、更に直後、族長が下に潜っていたその軌道に居た沢山の魔獣が上手く飛べなくなった。その尻尾が、沢山の魔獣に毒を与えていた。
墜ちていく魔獣と自力では空を飛べない智獣達の悲鳴の中、族長は付いて来いと高らかに吼えた。僕達はそれにとても勇気を貰った。族長に加勢すればこの窮地を必ず切り抜けられる。そう信じて疑わないほどに。
数多の魔獣が族長が通り過ぎる度に毒に犯され、血をまき散らし、墜ちていった。
僕達も後ろから追われながらも、ひたすらに族長に追いすがった。族長が弱らせた魔獣達を仕留めながら、少しずつ犠牲を出しながらも。
後ろから僕の頭上を通って、族長だけを狙って矢が飛んでいくのを見た。族長はそれら全てを見極めて、体を回転させて全てを弾き、躱し切った。
魂が強化されると目と飛行能力が強化されるワイバーンの族長だからこそ出来る芸当だった。
飛ぶ速さは変わらないとしても、筋力そのものもそう変わらないとしても、複雑に飛べるようになる。全ての動きを見極め、それに体を付いて行かせる事が出来る。
族長だけで、二十、三十、五十……それくらいの魔獣と智獣を屠っていた。
うん。覚えているんだ。はっきりと、隅から隅まで。その身に代々受け継いできた質の高い魂の力を以て全力を尽くすその姿を。たった一匹で囮になろうとも攻撃を全て躱し、いなし尽くして何者も寄せ付けずに屠っていく姿を。
僕達を助ける為のその動作の一つ一つ格好良くて、無駄なんて一つ無くて美しさまで覚える程だったもの。
僕は、あの時族長だったとしてあんな動きが出来たんだろうか? あそこまでの完璧な動きが出来ただろうか? 分からない。
そして目の前の最後のグリフォン、族長は下から急襲して、グリフォンの喉笛に食らいつくと同時に乗っていた智獣の胸に尻尾を突き立てていた。
その直後だった。一瞬、気を緩めてしまったんだ。弩が、一斉に族長に向けて発射された。敵わないと知った智獣達は、仲間を囮にしてでも族長を確実に仕留める事にしたんだ。
最後のグリフォン、人間ごと弩の矢がどすどすと突き刺さった。族長は避けきれなかった。一つの巨大な矢が族長の皮翼を破り、ばき、と翼腕を折った。すぐ近くまで追いすがっていた僕は、咄嗟に落ちる前に族長を背負った。
誰よりも激しく動いた族長の体は、その折れた翼腕以外、完全に無傷だった。返り血さえも、余り身に受けていなかった。
その僅かな時間の事も、同じく覚えている。夢でも時々見ている。今でも。
重みに耐えきれずに高度を落としていく僕。重みと共に激しく動いた族長の熱が感じられて、族長は食い千切ったグリフォンの喉を飲み込んで、それから静かに呼吸をした。
緩やかな、余裕のあるような動きだった。翼を破られようとも、腕を折られようとも、その顔に焦りは見られなかった。悟っていたんだ、と僕は後で分かった。
族長と目が合った。濁りのない、綺麗な目だった。まっすぐに僕を見てきて、僕は目が離せなくなった。そして族長が口を開けるのに連れて、何となく僕も口を開いた。
その瞬間僕の口に族長が自分の頭をねじ込んできて、同時に僕はそれを噛み砕かなければいけないと半ば直観的に理解した。
後ろからやめろというような声も聞こえた。でも、高度は下がり続けていた。いつまた、弩が飛んでくるか分からなかった。けれど僕はこんな美しいほどに格好良かった族長が、皆の為にずっと尽くしてくれた族長が、こんな、こんな形で死んで良いのかと思った。刹那の時間に、ぐるぐるとぐちゃぐちゃと悩んだ。でも、やっぱり時間はなかったんだ。僕は死にたくなかった。そして、もう誰に代わる時間も無くて、腕の折れた族長が何か出来る訳でもなくて。
僕は、一息に顎に力を込めた。
ばき、と音を立てて。族長の体から力が一瞬で抜けて、僕は首をねじ切って骨の一片たりとも残さないように、一気に食べた。頭蓋も、角も、脳も、目も、歯も、何もかも。
体が、鳥の羽のように軽くなった。何でも出来る気がした。弩が飛んできた。簡単に避けられた。全てが見えていて、僕は落ちていく族長を見ながら、強く強く、吼えた。すぐ後ろまで迫っていた残りの智獣達に向けて火球を吐き、また吼えた。
唐突な火球に、多くの魔獣達が火だるまになった。次いで僕が目を付けたのは、敵のワイバーン達だった。色んな種類のワイバーン、でもその中には等しく火球を吐く為の燃料が詰まっている。
それ以外を殺して、ワイバーンを集めて一気に落とした。そこに火球を放った。
落ちていくワイバーン。下では逃げる僕達に対して、弩を運んでいた智獣、魔獣達が数多く見えた。
遥か上空から落ちたワイバーンの死体から燃料がはじけ飛んだ。それは一気に燃え広がった。
族長になった僕と少しの最も腕が立つ仲間達が殿を務めて、皆はもう、避けられない弩に突き刺される事もなく逃げられた。
空から襲ってきた魔獣と智獣の半分を屠る頃、智獣達はとうとう撤退し始めた。
追いかけて、もう少しを仕留めて。完全に誰も攻めてこなくなってから僕は下を見た。
族長の死体に丁度、炎が燃え移り、内臓が弾けていた。
僕は、殿を務めてくれた他の皆を見回した。
皆、気付けば不満のない目で見ていた。僕には、族長になる素質が幸いにもあったようだった。
一息も吐かずに、そこまでを一気にコハクは喋り切った。目線もそれが起きていたであろう場所に常に注がれていて、聞いているだけでそれを俺自身も体験したような感覚に陥っていた。
コハクは、ふぅ、と一息吐いた。
「僕はね。それから少し疲れちゃったんだ。
でも、だからと言って休む訳にもいかなくて。いきなり族長になってしまって、皆を引っ張っていかなきゃいけなかった。
だからあんな良い場所を見つけたとき、多くの犠牲を出してでもここを奪おう、駄目だったら駄目で終われる。そう思っちゃったんだよ」
壮絶さに何も言えないでいると、コハクは言った。
「別に無理して何かを言わなくても良いよ。あの崖での生活は本当に楽しかったし、今も楽しい。
それで僕は満足してる」
「……分かった」
それから、コハクと俺はその村の跡地へと歩いた。
暫く歩いて、その村に近づいて行くに連れて、気付いた。誰か、幻獣が居る。二匹。遠くからでは分からなかった。
「……まさかね、いや、でも」
コハクが先に走り始めた。
俺もその可能性しか思い浮かばなかった。
コハクを追いかけて、いつの間にか景色が置いて行かれるほどの速さで走って、すぐに着く。
二匹の幻獣が、そこに居た。
風を纏う、智獣の形をした幻獣。麒麟をそのまま黒くしたような幻獣。
それらが言った。久しぶり、と。
コハクは尋ねた。
「えっと……どっちがどっちですか?」
……まあ、そうだよな。




