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私、ワイバーンです。  作者: ムルモーマ
α. 番外編
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故郷 2

ドラゴンの麓で見る空々1-2を投稿する告知としての投稿。計35000文字位になりました。

「僕は、試練とかそういうものを課せられる事も無かった。そもそも、元々あの群れにそういうものがあったのかも知らない。

 ただ、ウスズミの群れのようなそういう試練よりも、ずっと長い試練を僕はウスズミに会うまでずっと続けてきた。

 ずっと。ずっと。起きている時も、何かを食べている時も、寝ている時も、ずっと。

 何年間、そうやって放浪したかは覚えてないけれど、十年は色んな所を放浪したんじゃないかなあ」


 ウスズミも、今の親から色々教わったでしょ? 魔獣というのは、普通の獣と違って、魔法を限定的にだが使える獣を指すって事とか。

 肉体と魂の共鳴から力を生み出す、その為の肉体は幼少期に時間を掛けて作られる。普通の獣と違って、成獣になるまでの過程が一つ多い訳で。

 だから、何も出来ない幼少期っていうのが普通の獣に比べたら結構長く続く方だし、その間雨ざらしにも寒さにも、そう耐えられる程強い肉体でもない。

 雨の日は、移動もせずに、父さんの翼の下でじっと過ごしたよ。

 風邪を引けば、あの崖で暮らすよりもかなり高い確率で死んだ。暑くなってきて、水や血を飲めない時間が長く続いた時、弱い子供は耐えられずにぽろりと親の体から落ちていった。

 滑空出来るようになってから、けれど森の中に着陸しようとした時にはぐれてしまって、そのまま見つけた時にはもう獣の餌食になっていたり。

 そして冬にワイバーンは、体の基礎もしっかりと出来たワイバーンは耐え忍びながら一気に成長する。

 その冬に、食べ物をちゃんと見つけられなかった時は、ちゃんと成長出来なくて群れについていけなかったり。

 雨風を良く凌げる所は全くと言って良いほど見つからなかった。

 見つけられた時も時々あったんだけどね、そういう場所はもう既に他の魔獣の住処になっていたし、放浪を始めて幾年間の僕達の群れの力は強くなかったし。

 春が来て、何とか成獣出来た後に、小さな人里を見つけて族長はそこを襲う事に決めた。

 皆殺しにして、僕はそこで頭を食べれば強くなる事に気付いて、そして、屋根のある小屋を手に入れた。

 雄は時々来る人族を残らず殺して、雌は卵を育てた。

 異変に気付かれて、討伐されようと人族が沢山来るのを早くに察知して、逃げた。まだ孵っていない卵を見捨てて。そしてまた放浪。

 けれど良い場所は見つからなくて、子供はどんどん振り落とされて行って、それでも命を繋いで。

 ……そんな事の繰り返しだったなあ。


「……俺なんかより、ずっと大変だったんだな」

「うん。あの崖での生活はとても良い暮らしだったよ」

「……何か、その中で楽しい事とかはあったのか? 辛いだけだったのか?」

「あー、うん。

 色んな物を見たり出来たのはちょっと楽しかったかなあ。

 特に夏は色々と。夏の山で滝に打たれたりとか、海でしょっぱい海水を舐めたりとか、余り食べない魚を食べたりとか。……毒を持つ魚を見分けられなくて死んだのが居て、食べるのはそれっきりだったけど。

 後は……ああ、人里を襲うのはやっぱり返り討ちが怖いから、春に卵を孵す為にとか、どうしてもそういう場所が必要な時だけに留めていたんだけどさ。

 その人族が育てていた家畜は美味しかったなあ。

 野生の獣よりも脂が乗ってて、人族を皆殺しにした後は皆争うように、お腹が一杯になるまで食べまくったなあ。うん、正直人里を見つける度に襲う欲求があったな」

「へえ……」

 俺はまだそれらの、何も知らないんだよな。山も海も、滝とか、家畜の味とか。

 苦しい生活であったとしても、少し羨ましかった。

「ウスズミは? 何か変わった事あったの?」

「……それが何も無いんだよな……。

 群れの外に出た事もないし。あのリエンのように変わった経験も何一つとして無いし。あの群れで本当に普通に暮らしてただけだな」

「……うーん、じゃあ、族長になる前に智獣と戦った事は?」

「あ、ああ、結構あるぞ。そうだな、最初に戦った時の事はちゃんと覚えているな」

「僕みたいに、逃げ惑うだけの智獣を一方的に殺したような事じゃないんでしょ?」

「……ああ、そうだな。一対一で、魔獣を従えようとする両手に短めの刀を持った人間が初めての相手だった」


 生まれてから三年、少し調子に乗っていた頃だった。年上の強い方のワイバーンにも勝てる時があったし、また同じ歳の中では、一番強かった。

 そろそろ智獣にも勝てるんじゃないか、と思って、そこに参加した訳だ。

 あの場所で勝って、智獣を食べる姿っていうのはやっぱり、見ていて格好良かったしな。

 参加して、先代の族長、……その時はその族長の頭を俺が食うなんて全く思いもしなかったけどな。その先代の族長がいつも通りに人間に指一本触れさせずに、そして一瞬の隙を突いて頭をぱっくりと食い千切ってから。

 俺は目が合った人間と、戦う事になった。

 両手にそれぞれ刀を持つその構えは、何となく俺と似ていた。

 その鋭い刃にこの体一つで立ち向かうのはやっぱり怖かったけどな、他の勝っている奴等はその身一つで大した傷も負わずに勝利している訳だ。憧れもあったし、自分を奮い立たせて。

 攻めるタイミングは同時だった。

 人間はひゅんひゅんと風切り音を鳴らしながら、舞うように攻めてきた。俺はそれに攻められるような隙を見つけられずに毒針を放ちながら後ろに下がった。毒針は容易く断ち切られて、姿勢を低くしながら距離を詰められる。切り上げ、切り落とし、薙ぎ、突き、全身を刃で覆うように動くそれは、幾ら距離を取ろうとも即座に詰められた。

 防戦一方の俺は息を大きく吸って火球を放った。最大の火球、流石にその人間は大きく避けた。舞が止まり、俺はそこへ毒針を再度放ちながら一気に距離を詰めた。

 中段に翼腕を薙ぎ、距離を取って躱される。俺はそのまま体を回して翼腕より長い尻尾を地面に滑らせた。足が引っかかった感触がした。

 体を回し終えると見えたのは尻もちをついた人間。体を持ち上げ、毒針を放ちながら一歩前へ踏み出した。その一歩では、殴るには届かなかったが、体を回せば尻尾が当たる距離。転がって躱した方向を見ながら、俺は止めに体を宙返りさせた。長い尻尾の先の数多の毒針が、人間の体を滑った。

 着地すると、人間は、動けなくなる体のその顔を恐怖に引きつらせていた。

 けれど俺は素直には勝利を喜べなかった。肉体的には上回っているのに、その両手に武器を持っただけで俺は、何も手出し出来なかった。火球で崩せなければ、負けていた。

 まだ、俺は強くないと、思い知った。


「まあ、人間の武芸をこの体一つで上回る事は出来ていなかったが、火球や毒針を使えば、上回る事が出来て、そして初勝利を挙げた。

 そんなところだ。普通だよ、ワイバーンとしては」

「へぇ。でもやっぱり、そういうのはちょっと羨ましいな」

「羨ましい?」

「だって、僕が智獣と戦う時は、無力な智獣を一方的に殺すか、逆に智獣が数で圧し潰そうとしてくるか、それしか無かったからね。そんな心地良さそうな緊迫なんて、ウスズミと初めて戦った時位だよ」

「……そうか」

「それに、そんな緊迫、これからは味わう事なんて出来そうに無いし。……そう考えるとちょっと羨ましいどころじゃないな、凄く羨ましい」

「え、ああ」

「いいなあ、ウスズミは」

 何て返したら良いか分からなくなった。


 崖で一緒に住んでいた頃の話へと流れて、コハクが言った。

「やっぱりあの試練は唐突過ぎないかなあとも思ってはいたよ。

 狩りの練習みたいな事もせずに、色んな獣が棲む森の中に老いたワイバーンと共に放り出されて、自力で川を渡って帰って来い、だなんて。

 帰って来いという目的も分からないわけでしょ? よくもまあ、三分の一程度だっけ? そのくらいも帰って来るわ」

「……それは、俺も少しは思っていたさ。

 でも、俺がいつから続いているのかも知らない。あの群れがどうして、あんな試練を行うようになったのか、智獣とどうして儀式めいた事をし始めたのか、俺も全く知らないんだ。

 必要な事だとは、育つ内に何となく分かって来たし、多少変だとは思っても、特に変えようとは思わなかったな」

「いつから、始まったんだろうね。多分、僕達みたいに転生した元魔獣の幻獣が遥か昔に仕込んだものだとか、そんなものだろうと思うけれど」

「俺もそう思う」

 幻獣に転生した遥か昔の魔獣が、森という資源を食い散らかさないように、そして智獣に激しい恨みを買われないように、それを続けられるように仕組んだもの。そんな感じに考えると、しっくりくるのだ。

「智獣や魔獣に手を出し過ぎると長い間閉じ込められるって聞くけど、そんな事をこっそりやっている人は多そうだよね」

「そうだろうな」

 多分、あの群れに何か起こるのならば、俺もコハクも、手を出さずにはいられないだろうな。

 そんな事を喋っている内に、山脈の頂上へと着いた。先に見えるのは、小さな町が点々と。

 コハクが、固まった。

「……どうした?」

「……左の方に、町の跡があるでしょ?」

 見ても、その跡とやらは中々分からなかった。

「跡って言っても五十年とかその位前だから、ただの荒地になっているけれど、ほら、一か所、家とかが経っていたような場所があるでしょ」

「あー……あれか」

「あそこ、僕が先代の族長を食べた場所だったんだ。

 ……うん。僕があの崖に辿り着く数年前の事だった。

 良く、覚えている」

 コハクの顔は辛そうだった。けれど、そこから暫く、目を離さなかった。

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