表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ワイバーンです。  作者: ムルモーマ
1. 私が成獣するまでの物語
8/87

8. 唐突な別れ

 儀式としての食事が終わり、血の痕だけが残る草原になった後で、族長のワイバーンは私達の方へと戻って行きました。これ以降は戦うつもりはないようです。それと、そのワイバーンの尻尾から僅かに血が流れているのが見えました。

 食われた族長のコボルトも、流石に傷一つ負わせられずに負けはしなかったようです。

 それからは至る所で儀式が始まりました。コボルトが今前に居るワイバーンを選んで戦いを挑む事もあれば、逆もありました。

 ワイバーンも、何かしらの欲求がきっとあるのでしょう。強い者を打倒したいか、誰かを背中に乗せて飛んでみたいとか、そんな所だと思います。……私はまだ、分かりません。まだ、私と同じようなワイバーンが居るかどうかも知りませんし。

 儀式が行われている場所は、一気に激しくなりました。

 土煙があがり、火球が爆発する音も聞こえます。時間が経ってくるとワイバーンのみではなく、コボルトの雄叫びも聞こえてきました。それは勝った声なのだろうと私は確信していました。

 けれども比率としては、ワイバーンの方が多そうでした。

 私は数多の戦いを見ました。コボルトがワイバーンの脳天に槍を突きつけ、ワイバーンが負けを認めたのを見ました。首に山刀を当てられてワイバーンが動けなくなったのを見ました。ワイバーンがコボルトを尻尾で直接突き刺したのも見ました。武器を手ごと吹き飛ばされ、踏みつけられて負けを認めたコボルトを食らうワイバーンも見ました。

 見ている内に、私は思いました。この儀式は野生とそうでない者の境界線そのものなのではないかと。ワイバーンは、勝てば挑戦者を食らい、殺します。それは野生の掟です。コボルトはワイバーンに勝てば自らに従えます。それは他種を従えるという、文明の行為です。

 この儀式は、境界線上で行われ、勝者がその境界線上から自分達への方へ引きずり込むという儀式、と私には理解出来ました。もし、コボルトではなくとも、文明側の挑戦者がワイバーンを簡単に殺せる高度な武器を持って来たり、魔法を使おうとしたら、この儀式にワイバーンは参加しないでしょう。簡素な武器だけで戦う事が境界線に立つ事、儀式に参加する資格だとも私には見て取れました。


 戦いを私達兄妹は飽きずにずっと見ていました。姉さんが涎を垂らしていたのは、やはりコボルトが美味しそうに見えたからでしょうか。

 そんな時でした。ノマルが「ギャウ!」と強く叫び、必死に私達へある方向を見るように翼腕を振りました。

 私達は何事かとその方向を注意深く見ました。

 あ、とそれを見た瞬間、私は口を開けていました。父が戦っていたのです。

 コボルトの山刀による猛攻を必死に躱していました。横に薙ぎが入ったと思えばその直後に下から切り上げが入り、そのまま振り下ろしと、前進しながらコボルトは父に素早い連続切りを放っていました。何かをする余裕も与えられずに父は後ろへと退いて行っています。

 ギャウギャウと私達は、声は小さいながらも応援をしました。父が負けてしまったら、父はここから去らなければいけないのです。

 そんなのは嫌でした。

 コボルトが体を捻じって横に山刀を薙ぎました。普通の薙ぎよりも遥かに速い速度でしたが、何とか父はそれを首を上げて躱し、そのまま回転して背を向けたコボルトに牙を向けました。

 しかし、コボルトは背を向けたまま逆立ちになり、顎に回転の勢いも入れた強烈な蹴りを入れたのです。

 食らおうとしていた父の口は強制的に閉じられ、頭が少し持ち上がりました。

 コボルトは足を付け四足になると、今度は跳んで更に父の顎に蹴りを加えました。父の頭はまた持ち上がり、仰け反る恰好にまでされそうになっていました。また、頭まで揺らされてしまっていたのかもしれません。体がふらついていました。

 そして、着地したコボルトは、父が動けないのを見て山刀を手に持ち直し、悠々とした動きで首に刃を付けてしまいました。

 私達は、悲痛な声を上げました。父がもう帰って来ない事は、知識がある私でなくとも分かっているようでした。

 コボルトはそんな声には気付かず、父も負けた事を認めてしまいました。


 昼が過ぎた頃、最後に壮絶な戦いがありました。ワイバーンの族長も、私達兄妹も、誰もがその戦いを一心に見ていました。

 どちらも至近距離での猛攻を重ねていたのです。ワイバーンはコボルトの攻撃を紙一重で躱しつつ、時折尾や翼を使いながらもコボルトを攻めたてていました。コボルトはワイバーンの全ての攻撃を軽やかにまるで踊っているかのように躱しながらも、隙があれば攻撃を仕掛けていました。

 どちらの方が優勢か、私には見当がつきませんでした。多く攻撃しているのはワイバーンでしたが、コボルトの攻撃の方がワイバーンに先に届きそうなのです。

 けれども、先に攻撃が届いたのはワイバーンでした。何があったかは分かりませんが、軽やかに動いていたコボルトの体が一瞬滑ったように思えたのです。その瞬間、ワイバーンはコボルトに向けて大きく口を開けました。

 コボルトは体を捻じったものの、片腕が口の中へと入ってしまいました。

「クアアアァァァ、ァァァアアアアアッ!!」

 しかし、コボルトはそれで終わりはしませんでした。痛みの悲鳴は、一瞬にして決意の怒声へと変っていました。

 ワイバーンがその声に畏れを為して、その腕を食い千切りながら後ろへと体を引きました。コボルトは無くなった腕の先から血をどばどばと流しつつ、体を今まで以上に強く速く回転させて、それをワイバーンの顔へと浴びせかけました。目潰しです。

 それは上手くワイバーンの目に入ったようでした。ワイバーンは体を回し、全身を武器としてコボルトを近付けまいとしました。目が見えなくなり、位置が分からなくなっている証拠でした。

 遠心力を受け、確殺の威力を持った太い尾が高速でコボルトへ飛んで来ます。けれども、片腕を失っても、血を失っていても、コボルトの軽やかさは全く失われていませんでした。

 コボルトはそれをふわりと跳んで躱しました。失われていない片手には槍が握られていました。ワイバーンを殺さないようにと、穂先が丸い石で出来た槍です。

 ワイバーンが回転を終えると同時に、コボルトはその大きな背中へと着地しました。そして、ワイバーンがそれを振り落そうとする前に、頭にその槍を当てました。

 ワイバーンはそこでぴたりと止まり、そして動かなくなりました。

 少ししてから、ワイバーンは頭を下げました。急所に武器を置かれ、負けを認めたのでした。コボルトはそれを見てから、全力を使いつくしたかのようにワイバーンの背に倒れました。血が灰色のワイバーンを赤く染め始めていました。

 ワイバーンはすぐさまにコボルトを優しく降ろしました。そして、素直に治療しに来るコボルトに場を譲ったのでした。けれども、そのコボルトの傍から離れはしませんでした。

 片腕を食われながらも自分に勝利したコボルトを、負けを認めたと同時に主と認めたのでしょう。


 戦いが全て終わると、母がやってきました。

 母は私達に降りるように身振りで示し、私達は素直に従いました。何となく、私に限らず、皆これからする事を分かっていたのだと思います。

 滑空をしている最中、いつも曲芸飛行をしているマメも今日は静かに飛んでいました。他の場所からもちらほらと同じ子供達が出てきます。

 同じような事になった家族も少なくはないのでしょう。それでも、少なくとも私は救われた気持ちにはなりませんでした。不幸、というものではあるのですが、この不幸は誰かと比べる事によって慰められないような、そのような不幸だったのです。


 現役引退のワイバーン達のすぐ上を私達は通って着地しました。

 ノマルと姉さんが走り始め、私とマメは歩き始めました。ハナミズは暫くの間その場で突っ立っていました。振り向いて見てみると、何だか別れを恐れているようにも思えました。

 一番心が弱いのはハナミズなのかもしれない、と私は思いました。死んだカラスとは違う心の弱さですが。

 大人のワイバーン達が密集している場所をすり抜けていくと、そこにはコボルト達が居ました。

 はっきりとした顔までが見える位の近くでしたので、私は少しだけ後退りしました。けれども、そのコボルト達の顔を見ていくと私は何故か、その中の幾人かに見覚えがあると感じました。……本当に、私の前世はコボルトだったのでしょうか?

 コボルト達が話しているのが聞こえます。

「お別れの時間だな」

「そうだな」

 そう、ちゃんと聞き取れました。しかしながら、それは私が思考している言語とは違いました。

 私は混乱したのですが、すぐに新たな結論が出ました。私はコボルトの言語を理解出来る、他の種族だったのでしょう。もしかしたら、見覚えがあると感じたコボルト達にも会っていたのかもしれません。

 そんな思考に耽っていたら、コボルト達の後ろに居た父が既にやってきていました。首に何か飾りを付けているのが見えました。ハナミズも既に私の隣に居ました。とにかく、今は前世の思考をするよりも大事な事があります。

 父が私達の前で座り、姉さんとノマルを体に乗せました。二匹とも、行かないでくれと叫んでいました。けれども、父はそれを聞いて首を軽く振りました。

 ……これ以降、父に会える可能性はどの位あるのか、どの位の期間、父はコボルトを主と認めて活動するのか、私には何も分かりません。なので、少しの時間だけですが、私達は父に目一杯甘えました。

 ハナミズは泣いてました。私とマメは、悲しく思いながらも、最後である事を噛み締めながら父にずっと甘えていました。それと、姉さんとノマルは父を従えたコボルトに食って掛かろうとしたのですが、父はそれを許しませんでした。そのコボルトは、私達の近くでずっと頭を下げていました。


 その内、母がやってきました。

 母の顔は怒っても悲しんでもいませんでした。いつもの歩くように、父の前まで歩き、翼腕で父の頭を抱きしめました。

 父も母も、長い間動きませんでした。声も出しませんでした。

 私達もその空間には入っていけないような気がして、直前まで父に甘えていたハナミズとマメも、足を引いてじっと見ていました。 

 そして、ゆっくりと母が父から離れると最後にグルルと小さく喉を鳴らしてから私達より先に戻って行きました。

 父は、それから立ち上がりました。

 もう、お別れのようです。他の父や母としての役割を持っていたワイバーン達もばらばらとでしたが、子供達との別れを済ませています。

 父は長い首を私達の方へ向け、全員を一舐めして、後ろを向いてコボルトの方へ歩き始めました。

 ハナミズが大きく声を上げて泣き始めました。涙も鼻水もだらだらと流していました。

 私も気付くと泣いていました。生まれて一年もしない内に、父と別れる事になるとは今日の今日まで思いもよらなかった事だったのです。それだけ、衝撃と悲しみも大きかったのです。

 父は振り返りませんでした。他の子供のワイバーン達も至る所で泣いてました。追い掛けようとして、他の成獣したワイバーンに止められる子供も居ました。

 それからの事は余り覚えていません。心臓が高鳴って、感情が昂っていたのですが、私はコボルト達が去るまでずっと蹲っていました。そして、コボルトが父に乗って飛んで行くのを、気が付いたら兄妹と一緒に悲しく眺めていました。

 コボルトが地平線の彼方へ見えなくなっても、まだ日は高い場所にありました。

 他のワイバーン達が散らばる中、啜り声や泣き声は未だに私の耳に入ってきていました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ