後悔
私、それと麒麟の話。短め。
ぼうっと森を眺めていると、大狼だった以前とは違い、生きている様々な生物が魂の形を通して見える。
虎が兎を追い、その兎が巣穴に潜って難を逃れているのが見えた。それでも虎が必死に手を伸ばして兎を捕まえようとしているのは滑稽だった。
後ろから、足音が聞こえて振り返る。
今は智獣の姿の、そして今は雄の彼はふぅと息を吐いて俺の隣に座った。今回の産みの親から貰った名前もあるが、彼はその名前で呼ばれるのを嫌がっていた。その理由もまだ、良く分からない。
どうして、お前も転生しているんだ?
大狼という魔獣から麒麟という幻獣に転生した俺のその単純な質問に、彼はこの数日間答えなかった。
ここに来もしなかった。
そして今、彼は俺と同じく森の方を眺めて、静かに長く息を吸って、吐いてから言った。
「……もう、私は十を越える回数の転生をしている」
「え?」
どういう事だ、と思わず言おうとした俺に対し、彼は言葉を重ねてそれを遮った。
「質問とかは後にしてくれ。今はただ、私は吐き出したい」
そして、ぽつぽつと話し始めた。
-*-*-*-
もう、三度目、四度目の転生の記憶はあるようでないものだ。けれども、十を越える転生の一番最初の生の記憶だけは、絶対に忘れはしないと思う。
やってはいけない事を冒した。そんな単純な言葉では言い表せないが、最も的確な言葉を私は永く生きて来てまだ知らない。
私が冒した事は私のみに影響した。私という魂以外には何も起こっていない。私が異常になっただけ。
……私が不幸になった。それだけだ。
そう思うと、やってはいけない事を冒した、という単純な言葉が的確なのかもしれないけれど。
余り、そうは思いたくはないだけかもな。
はぁ。
生物が死ぬ時、何かが体から出て行く。重さを持つものでは無い何かが、体から出て行き、そして空へ消えていく。
一番最初の生で、私はそれに気付いてしまった。理由は、私がその村で生業として死者を弔う事をしていたからだったと記憶している。多分、間違いない。
目で見える、と言うよりはそれは、体が感じていると言った方が正しい気がしていた。それ……魂は透明なものだった。空気のように透明なのに、そこに在ると感じられるものだった。
一体何なのだろう、これは。
その内、私は気付いた。
智獣が死ぬ時、種族の差異関係無く、それはふわふわと浮かび上がって消えていく。ただ手を翳したりするだけではそのまますり抜けさえもした。
魔獣が死ぬ時も同じだ。けれども、ただの獣が死んだ時は、本当に注意深く感じ取ろうとしないと見えない。きっと獣に限らず昆虫とかにもあるのだろうけれど、多分矮小過ぎるからか、見えなかった。
格、を表すものなのだろうか、とその時の私は思った。
魔獣は、智獣の言葉を理解出来る頭を持っていたし、賢い魔獣になれば道具の使い方まで理解して自分なりに使える。
そして智獣が武器と魔法を使っても勝てない強さを持っている魔獣さえも居る。
そんな魔獣が、智獣と同じ格を持っていない方がおかしい。
それは、既に証明されたけどな。
……ふぅ。
その内、私は魔力を帯びた肉体なら魂に触れられる事に気付いた。
とは言え、それは水の中で気泡を掴もうとするようなものでしかなかった。いや、どう頑張ろうとも、掴む事さえも出来なかった。気泡のようなものだったけど、消えていくまでそれは一つで固まっていたものだった。
死への冒涜だと思いはしたけれど、千切ったらどうなるのだろう、とも思った。当然、出来はしなかったけれど。
そして、そこから先はただ考えた。色々な仮説を考えたりもしたが、それの所有者でない自分が弄れないのは当然なのでは、と言う仮説にも辿り着いてしまった。
それからも死に面する時、色々試し続けたし、そしてもう一つ、それを確信する出来事があった。
暴れ回っている魔獣の討伐という出来事があり、その時一人が瀕死になってしまった。魔法の治療ももう追いつかない、もう死ぬとその智獣自身も分かっていたけれど、死にたくないとずっと呟いていた。
魂が出始めて、智獣は目を見開いて、そして口を開けて腕をぴくりと動かした。
生きようとどうにかしてでも足掻いた結果からか、最期に魔法を使った。すると、その魂が少しぐにゃりと動いた。
そうか。その仮説が正しいのか。
そう、確信してしまった。
…………。
その先どうなるのか何て、何も考えなかった。
それが生物を構成する一部分だったと分かっていても、生き返る何て全く思わなければ、実質的に死ななくなるとも思わなかった。本当に、微塵たりとも。
それに加えて生まれる時、その魂が入って来るのは見た事も無かった。幻獣が群れの長だった魔獣の魂を捕えて自らの子にするという事も知らなかった。最初の生で幻獣に会った事はあれど、話す事も無かったし。
そして、自分が死ぬ時は、出来るならば自分のそれを魔法で弄ってみようと思ってしまった。
……そして、出来てしまった。
死ぬ間際の体で、思った事は殆ど覚えていない。ただ、意識が切れる直前、自分の魂を弄っている最中、完璧な球体にしてみよう、と試みたのだけは覚えている。
-*-*-*-
大きく、息を吐いた。
つられて、俺も息を吐いた。俺自身、転生した事は不幸だと思っていたが、きっと彼がやった事はそんな俺が思っている不幸何て軽く吹っ飛ぶ事だ。
「話したからって、そんなに楽になるものじゃないな。やっぱり」
彼はそう言って、ごろりと地面に転がった。
「もう、何年生きているかも分からない。私がこの世に生を受けてから何年経ったのかも知らない。
そして、これから何年生きなければいけないのかも知らない。最低でも智獣と魔獣が滅ぶまで生き続けなければいけなくなったんだ、私は」
そう言って、大きくまた、息を吐いた。
名前を呼ばれたくない理由はきっと、もう自分を称する名前が沢山あるからだろう。それぞれの産んだ親にとっては自分の子供に間違い無いが、彼の魂は性別が変わろうとも、種族が変わろうとも変わらない。
それぞれの名前が、親からの愛情が、例えそれが普通のものであっても、彼にとっては酷く重いのだろう。
「……質の高くない魂は、肉体を失うとすぐに形を失って世界を満たしている何かに戻る。
それが、形を失わなくなった、って事なのか?」
その事には、聞きながらも何となく確信が出来た。
俺が彼を見つけられたのは、俺が転生してその後の大狼の群れを一旦見に行った時と魂が変な形で全く同じだったからだ。
「……そうだと、思う。私は、魂に関して色々調べて来たつもりだけれども、幻獣程に知っている訳でもない。お前のように魂をいつでも見られる訳でもないんだ」
彼は俺の毛皮に顔を埋め、掴みながら彼は言った。
楽になるものじゃない、と言っていても話した事によって何かしらを感じているようだった。
毛皮が少し濡れていた。
暫く、無言の時を過ごした後、彼が俺に質問して来た。
「お前が転生した理由は、魂の質が高かったからだよな?」
「……量が多かったと言う方が正しい」
「…………そう、か」
毛皮を掴んでいる手が強くなった。量を多くする為には、智獣か魔獣を生きた状態で、頭を食わなければいけないという事は既に彼も知っている事だった。
「……手伝ってやる」
「え?」
「お前が死ねるようになる為に手伝ってやるよ」
どれだけ膨大な時間が掛かろうとも、そもそもこの二度目の生に目的は殆ど無い。
「幻獣の寿命にとってはそこまでじゃないかもしれないけど、かなり長くなるかもしれないが。それでも、良いのか?」
だからこそ、こういう目的があっても良いんじゃないかと思う。
それに「ああ。元は番だったんだ。それ位の事はやってやる」元々はこいつと俺は番だったのだ。
それだけで元々、十分だ。
握られる力がまた少し、強くなった。
「……ありがとう」
彼は、俺を強く抱き締めた。毛皮が更に濡れ始めていた。
一応、次で番外編は最後。それからまた設定をちょこまかと書いて、それでまた完結済みにする予定。
リクエストは気が向いたら書く。




