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私、ワイバーンです。  作者: ムルモーマ
4. 私の物語
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19. 再戦

 日が昇る前、冬の暗く青い寒空の中起きると、ツイは帰って来ていました。

 イライラしているようで、体を丸めて頭を隠しているものの、歯ぎしりが聞こえてきました。

 私は立ち上がり、そのツイの方へと歩きました。

「ヴルア゛ァ! ……」

 近寄られたくなかったのか、近付いた途端に吼えられましたが、私である事に気付くと嫌そうに目を背けます。

 その声でまた、ロや他のワイバーン達も起きてしまいました。

 私は、山脈の方に翼腕を伸ばし、飛ぶ仕草をして、群れに帰るとロとツイに示しました。

「……ヴゥ?」

 何故そんな早急に、とロは私に疑問を持っていました。

 その内群れに帰ると分かっていたとは言え、たった一日過ごしただけで帰るとは思わなかったのでしょう。

 ツイもどうして、と私の方を見てきました。帰りたく無さそうでした。

 それはそうでしょう。好いているワイバーンに叩きのめされ、再戦もさせずにそのまま帰ると言っているのですから。

 私は、何も身振りはしませんでした。

 身振りだけで示すには複雑過ぎる事でしたし、伝えられたとしても伝えるつもりも余りありませんでした。

 それを見て、本当に帰るつもりだ、と察したらしいロは、私に向って昨日と全く同じように構えてきました。

 …………勝たなければいけない。例え、ロが私の何倍もの智獣を食らっていたとしても。ロが私よりも格上であっても。

 私はそう、強く思いました。

 楽して手に入れた強さを、私は否定出来なくとも否定したかった気持ちはありました。

 そしてツイにも、私が勝つ事によって智獣を食べた数だけが全てではないという事を伝えたいという気持ちがあります。

 ツイはロや私がどれだけ智獣を食べて来たか分からないのですが、そんな理屈を抜かしても、私は群れで、智獣という要素のみではなく、きちんと強くなった一匹のワイバーンとして勝たなければいけないと強く思いました。

 本能的な部分でも、それは強かったのです。

 私は尻尾を揺らし、そして一度脱力してから、ロと似た形に構えました。


 ロに私が勝てる面、それはやはり強いワイバーンと戦って来た経験のみでしょう。

 ロが私よりも沢山の智獣を食べてきたという事は、他の様々な点において私よりも上だという事です。

 私にとっては隙ではない本当に僅かな隙さえも捉えられる。より軽快に、より複雑に空を飛べる。

 私より筋力もあるでしょう。

 ワイバーン同士の戦いの経験のみにおいて、私は勝っている。それは才能と努力の対決のようなものでした。

 ただ、ロも自分の討伐を生き延びた経験があり、それからもきっと智獣を食べているのでしょう。私よりも命懸けの危機にあった時は多いという事は確実でした。

 それを思うと、勝つ事は非常に難しい、と思わざるを得ませんでした。

 ……けれど、勝たなくてはいけない。

 呼吸を合わせ、ロと私はじりじりと近付いて行きました。

 同じタイミングで足を滑らせ、尻尾を不規則に揺らし、互いの間合いが近付いて来ます。

 毒針を避けられない距離は、私は直接翼腕を伸ばして攻撃が届くかどうかの距離です。それは互いの間合いが被っている距離でもありました。

 視界の隅では、起きた他のワイバーンや大狼が息を飲むかのような緊張を持って私とロの喧嘩を見ています。

 間合いと間合いが近付いて来ます。

 遠くで互いに構えていた私とロは体二つ分の距離まで近付いて来ていました。しかし、私もロも、どちらも変化無く、翼腕を構えたまま近寄るだけです。

 体一個半、一個と四分の一、そして一個。間合いと間合いがぶつかる寸前。

 その瞬間、私は唐突に両足で大地を蹴り、無言のままロに跳び掛かりました。

 どん、と更に大地を蹴り、私は多少の攻撃は受けてもそのまま首に噛みつく勢いでロに跳躍しました。ロはそれを悟ったのか、素早い跳躍で後ろに跳びます。

 私はロの首に噛みつけないまま翼腕の鉤爪を地面に突き刺して着地し、そのまま体を勢い良く回して尻尾をロの体に向けて薙ぎました。

 ぶおん、と思い切り風を切る音はしましたが、当たった感触はしません。

 一回転し終え、目の前にはロは居ません。その薄暗い空、私は空からの闇を感じ、咄嗟に尻尾を高く空に伸ばしながら前転をしました。

 僅かな感触。尻尾の毒針の先端が僅かにロに当たった感触がし、同時に私の尻尾の先の方にも鋭い痛みが走りました。

 前転を終え、すぐに私は体勢を整えます。ロは目の前を滑空から宙返りして私の方へまた飛んで来ました。

 速さは今、そんなにありません。突進をするにしては威力は弱いです。

 しかしながらそれはロにとって、この後の選択の比重が等しくなるという事でもあり、私は全ての攻撃を予想しなければいけません。

 一旦地面に足を付けるのか、そのまま突進して来るのか。また加速する為に空高く飛ぶのか。火球を飛ばしてくるのか、それとも毒針を飛ばしてくるのか。

 私は息を大きく吸いました。ロには私の咆哮による攻撃も見せた事があると思い出します。

 しかしながら、尻尾を咥えて毒針を放つ事に関しては確か見せていないとも思い出しました。

 小さめの、殺せる威力ではない火球を飛ばし、ロはそれを上空に飛んで躱しました。

 ……いつが良い? 今ではない。

 そのロに見せていない攻撃は、私にとって何よりも勝っている点でした。

 そう考えながら尻尾を動かそうとして、びりびりと痺れた感覚を覚え、私は攻撃を尻尾に受けた事を思い出しました。

 更に悪い事に、その攻撃は毒針によるものだったようです。

 そしてロは私にそれ以上考える間を与えずにまた、上空から私に突っ込んで来ていました。

 昨日と同じく体をぶらしながら急降下して来ています。残念ながら、私が当てたと思った毒針は本当に掠り傷程度のものだったのでしょう。影響は全く無いようです。

 もう、今ではないとか思っている場合ではありませんでした。喧嘩はまだ僅かな時間しかしていませんが、これ以上長引いたとしても私がもっと不利になるだけです。

 私は後ろに引き、動かない尻尾を咥えて先をロに向けました。

 既にロはすぐ近くに迫っています。私は尻尾を咥えたまま体を丸め、右に転がりました。しかし、躱す事は流石に出来ません。ロの翼腕が強烈に左の皮翼にぶつかり、飛ばされた毒針が私の左足と右の翼腕に刺さりました。

 びりびりと、衝撃が翼腕に伝わり左の皮翼の感覚が無くなりました。左足に刺さった毒針は私が立っている事を難しくし、右の翼腕はだらりと力を失っていきます。

 その代わりに、ロが遠くへ去る前に私はロの背中を取る事が出来ました。衝撃を利用して体も反転させ、毒針はロの背中に向けてあります。

 もう、尻尾は自分の力では殆ど動きません。しかし、毒針を飛ばす事程度なら出来ます。

 一本目、それは尻尾の根本に刺さりました。二本目、一本目の直後に尻尾を噛んで飛ばし、左肩に刺さりました。

 そしてロはバランスを失い、低空飛行から地面に腹を滑らせながら落下しました。


 喧嘩というのは、どちらかが止めを刺せる状態になるか、覆せない差が出るまで続けるものでした。

 背後を取られる、急所を甘噛みされる、また急所への攻撃を寸止めさせられる、気絶してしまう。

 今、どちらも半分動けないような状態でしたが、まだ終わる状態ではありません。

 ロは立ち上がり、私の方を向きましたが左の翼腕はだらりとさせ、尻尾はただ体に付随しているだけのように動いていません。腹は擦り傷が多く付いていました。

 私はロが立ち上がるまでに距離を詰めずに居ました。足に食らってしまった毒針は、立っている事さえも辛く、また右の翼腕と尻尾はほぼ動かず、左の翼腕も余り感覚がありません。

 ただ、私は今まだ、毒針を口に咥えています。私のみが今、ロに毒針を放てるのです。

 まず数本、足に向けて普通に毒針を放ちました。片方の翼腕が動かないとは言え、ロはその程度なら避けられます。

 しかしながらまだ私は、ロに尻尾を噛んで毒針を飛ばす技も見せていません。先程もロが背を向けた状態でしたし。

 両翼腕を満足に動かせず、立つ事すらやっとですが、私の方が不利という訳ではなくなりました。

 そしてロは、私の方へ走ってきます。まだだ、と私は自分に言い聞かせました。

 絶対的に不利な状況でなくなった今、焦る必要も無くなりました。

 私は普通に毒針を飛ばします。足に飛ばした毒針は飛んで躱され、胴体に向けて飛ばした毒針は動かない左翼腕を体の捻じりによって前に出す事によって受け止められました。

 火球が飛ばされ、それを片足で何とか躱そうとしますが、右の翼腕の先の方が焦げました。

 毒針を躱され、火球を何とか躱し、そうしてロは距離を詰めてきました。

 ……加速した毒針を絶対に躱せない距離までロが来た時、私はロの足に毒針を放つ事にしていました。しかし、その距離はとても短いものです。

 体二つ分もきっとありません。そしてまた、毒針を受ければロは、そのまま突進して来ると何となく確信出来ていました。

 毒針を受けて満足に動けなくなる前に、今持っている速度を攻撃に利用しない手は無い。そうロは思う。私だって、他のワイバーンだって、同じ状況になったらきっとそう思う。

 けれども……その後、どうする?

 着地を考えずに全力で突進を躱す? それとも少しのダメージは覚悟して待ち構える?

 片足しか動かない中、器用にロの突進を立ったまま躱す何て出来そうにありませんでした。そして体自体も動かなくなりつつある今、私は迷っていました。待ち構えたとしても立って居られるかは分かりません。全力で躱せば、ロの足に毒針を当てて転ばせたとしても私も転び、ロの隙を突く事が出来ません。

 しかし、この選択をして、毒針を当てても私の方がまた不利になるのは確実でした。

 毒針をより加速させて飛ばす方法を知られ、そして私は体全体が動かなくなりつつある。ロは、片腕と尻尾が動かないだけ。まだ毒は全身に回らない。

 ……ロを転ばせて、そしてその間に決着を付けなければいけない。

 私は待ち構える事にしました。

 そして、体二つ分程の距離になった時、私はロの足に狙いを定め、尻尾を噛んで毒針を放ちます。

 格段に違う速度でロの右足に向って飛んだ毒針は、どす、と強い音を立てて、ロは思わず「ア゛ッ」と悲鳴を漏らしました。

 私は尻尾を口から離し、姿勢を低くします。毒針を受け、転びながら、怯みながらも、左足で地面を蹴り、牙を向けて私に転んで来るロに対し、私はその牙を躱して側頭に側頭をぶつけました。

 そして、そのままロの肩が額にぶつかります。

 ぐらり、と私の重心がロと一緒に後ろへとずれていき、転ぶ、と私は確信しました。

 押し倒された状態になってしまう。けれど、ロに頭突きをする事が出来た。首に噛みつけるのは私の方が早い?

 分からない。何か、確実に首を噛める為に良い方法……。 

 しかし、そんな刹那の間では、納得行く方法は見つかりませんでした。……納得行かない方法なら見つかったのですが、それは雄のみにしか通じない方法でした。

 それではこの喧嘩に勝っても意味が無い、と私は無意識の中で却下し、背中から倒れました。


 私の背中が冷たい地面に触れながらも、私は首を動かしてロの首に噛みつこうとしました。

 が、流石にロもそう簡単にはさせてくれません。やはり、あんな頭突きでは殆ど怯みもしないのでしょう。

 ロは動く翼腕で私を抑えつけながら、体を持ち上げ、私の噛みつきは空振りに終わりました。

 しかし、もうここしか勝てる場面は無いのです。

 私は噛みつけなくとも、鼻先でロの喉を突きました。

「ヴッ」と、ロの呼吸は一瞬止まり、唾を吐きながら口を開きました。同時に私の拘束も僅かながら緩みました。

「ヴ、ア゛アアッ!」

 持ち上がれ! そう強く念じ、吼えながら、痺れつつある背中のバネを使い、私は更に体を持ち上げます。

 ロの、私の体を抑えつけていた翼腕がその反動で私の体の上を滑りました。そして体勢を崩したロの首が私の前へ落ちてきます。

 私は、その幸運を逃しません。

 口を開けて正確に首を甘噛みし、そのまままた、私はロと一緒に地面に倒れました。

 そして、ロは諦めたように力を抜きました。

5日間書いたけど、そんなに進まなかった。明日は多分投稿出来ない。

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