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私、ワイバーンです。  作者: ムルモーマ
4. 私の物語
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7. 次世代への

 冬が近付いて来る頃、二度目の試練の時がやってきました。

 色違い達は、何をするのか分からずに居ましたが、取り敢えずはと私達の流儀に従っています。

 月は夕方には青白く光っていました。

 年老いたワイバーン達は今はもう少ないですが、その代わりに今ここに居るワイバーンの数も昨年と比べるとやや少ないです。

 年老いたワイバーンに代わる、敵となる獣は、いつもより多く居る事でしょう。


 試練が始まる前、私はもう毎年の習慣となっている泥棒狩りをする為に試練の場所となる森からやや離れた場所から森に入りました。

 今年は、泥棒は来るのでしょうか。

 目標としては、百位の智獣を食べたいのですが、毎年泥棒がここに来る事はありません。

 それはただ、私が見逃しているだけなのかもしれませんが、二年に一回私が泥棒と接触出来るとしたら、その一回につき最低でも四人は食べなければいけません。

 そう考えると、少しきついかな、と思ったりもします。

 ここで天寿を全うするならば、私が子供のワイバーンを狙う側となった時にその子供のワイバーンを沢山食らってしまえば良い、という考えも浮かびましたが、そんな事はしたくありません。

 老いた体でそんな事出来るという自信もありませんし。

 この群れをもう、出たいとは思っていないけども、出なければ私はこの転生を終わりに出来ないのかもしれません。

 そんな事になったら嫌だな、と私は思いながらも森の中を歩いて行きます。

 するとすぐに「グオオオオッ!」と、遠くから雄叫びが聞こえて、二度目の試練が始まったのが聞こえました。

 その方向からは、子供のワイバーンがパニックになった事がはっきりと分かる叫び声が続けて聞こえてきます。

 灰色も、暗い橙色もこれからは等しく、平等にこの森の獣に、そして年老いたワイバーンに殺されていくのです。

 生き延びて、帰る事だけが課せられています。

 ……死か、生か。それだけです。泥棒は許しません。

 ただあんなように生かされているだけのような生活を送らせる事になるならば、さっぱりとした死の方が良いと、今、私は強く思っていました。もう、死ぬよりは泥棒に捕まえられた方がましだ何て、全く思っていません。

 泥棒は、全て殺してしまいましょう。まあ、私の為にもですが。

 ばさりばさり、とワイバーン達が帰って行く音も聞こえます。

 ……えっと?

 また私は何かの足音を拾いました。歩き方からして、複数、そして二足歩行でした。

 早速、泥棒が現れたようです。

 しかし、こっちに近付いて来るワイバーンの翼の音も聞こえました。

 見られても困る訳では……私の智獣の取り分が減るので困りはしますが、きっとまだこの試練の事を良く分かっていない色違いでしょう。

 なら、泥棒に来た智獣をさっさと狙った方が良いかな、と私は走りました。

 色違いだけを駆逐しようとか、そんな勘違いをされても困りますし。


 走り、そこに見えたのは人間でした。

 五人居て、三人が弓を持っていました。私が視界に入った途端、それは放たれて私は木の後ろに隠れて一旦回避しました。

 ……結構、きついです。私、一匹だけで対応するには。

 しかし、私の背後からは誰かワイバーンが来ていました。しかもそれも複数である事に私は気付きました。

 全部食べたいけどなぁ、と私は悔やみますが、そうも言ってられません。

 取り敢えずはと、私は一人として人間が逃げないように接近しながら毒針を放ちました。

「上からも来てる、逃げろ!」

 背は向けずに、私がさっきやったように毒針を木で防ぎながら、人間達は私から逃げようとしています。

 五人全員がばらばらに逃げられたら、流石にそれぞれを追い掛けなければそれら全てを殺す事は出来ません。そうされる前に毒針を一人にでも当てておきたい、と思いました。

 ならば、一人に狙いを付けた方が良い。

 私は手に橙色の魔法の力を溜めている人間に狙いを定めました。

 橙色は炎の魔法です。こんな所で使われたら溜まったものではありません。

 誰も今は矢を番えていません。その人間だけが私を少しでも足止めしようとしています。

 なので私は堂々と尻尾を咥えて噛み、毒針を強く、沢山放ちました。

 狙われていると分かっていても、この速さ、量では、並の人間では躱せないでしょう。

 人間も私の顔位の大きさの火球を私に向けて放ち、しかしそれを貫通して毒針は人間目掛けて飛んで行きます。

「ぐげっ」

 一本が顎に刺さったのを見て、私はこの火球をどうするべきかほんの一瞬だけ悩んだ後、普通に躱しました。

 そのまま後ろに着弾し、枯葉に引火してしまったので、私は急いでそれを踏み消しました。

 上からワイバーンが降りて来る音が聞こえ、私が炎を踏み消している間に他の人間は残念ながら逃げてしまいました。


 ばさり、ばさりと降りて来たのは色違いの族長ともう一匹の色違い、それと私達の族長、と私達よりやや年上のワイバーン、そして何故かアカでした。

 多いと思いながらも、それよりも強く疑問が浮かびます。

 どうして、アカが? こんな場所来たくないような性格だった筈ですが。

 変にそう思っていると、不審がるように色違いの族長が私を見てきました。

 取り敢えず、私は人間の方に歩いて頭だけ食べておきます。断じて灰色のワイバーンを贔屓する為に来たのではなく、泥棒を殺す為に来たと伝われば良いのですが。

 ばりばりと食べながら、やはりいつも通り強くなった感覚がしました。

 この感覚がしなくなる時はあるのでしょうか。飲み込み、私は残りの人間を探しに行きたいと、多くある足跡等を指し示しながら身振りで示しました。

 何とか伝わったようで、色違いの族長は面白そうだな、とも思いながら納得した様子も見せ、一つの足跡をもう一匹と辿って行きました。

 私達の族長も、二匹を連れてさっさと行ってしまいます。

 もしかして、そういう事なのかな。アカともう一匹のワイバーンにはきっと、族長になれる素質があるのでしょう。

 途中、アカが振り返って私の方を不安そうに見つめましたが、族長に声で促されて渋々付いて行きました。

 …………。

 いや、まだ、そうであるという可能性がある何て思うのには、早い。

 取り敢えず、試練が過ぎてからでも。

 そう思い、私もまだ居るであろう泥棒を探しに行きました。


-*-*-*-


 矢を鉤爪で弾くと、対抗する手段を失ったのか絶望的な顔をして逃げ始めた人間を走って追いかけ、蹴って食べました。

 その後に子供のワイバーン二匹を取り押さえようとしていたリザードマンとケットシーの二人を見つけました。

 見つけた時、リザードマンが色違いの一匹を押さえていて、そしてもう一匹、灰色の方は既に何かをされて気絶していました。

「早くしてくれ。意外と力が強い」

「分かった」

 ケットシーが白色の雷の魔法を手に溜めて、そのぎゃあぎゃあと暴れるも無力な子供の首に押しつけます。すると、子供のワイバーンはびぐ、と震えて動かなくなりました。

「ふぅ、これでやっと二匹か」

 その時にはもう、私は十分近くまで接近する事が出来ました。正確に毒針で狙える距離です。

 尻尾を噛んで毒針を放てば、この距離からでも殺せるのですが、何度もやるとかなり長い間尻尾が痛いままになってしまうので余りやりたくはありません。

 なので二本、それぞれの頭に毒針を放ち、そこに走って尻尾で二人共薙ぎ払いました。

 そうして倒れた二人を見て、私は複雑な気分になりました。

 結局、私の本心はどっちなんだろう。

 自分がこの転生から抜け出したいのか、子供を助けたい一心でやっているのか。

 いや、答は分かっています。

 どちらもある。でも、自分がこの転生から抜け出したいと言う気持ちの方が強い。

 姉さんを喪ってからも、その気持ちの方が強い事に私は余り良い気分にはなれませんでした。

 取り敢えず、死なない内に食べてしまいましょう。


 二人の頭を食べている内に上げられた悲鳴で、二匹は起きてしまいました。

 しかし、電撃を食らった影響か上手く動けないようで、どう足掻いても勝てない私を見てまた、怯えていました。

 まあ、私もここに居てはいけないのですが。

 すぐに去ろうとして、少し悩む事がある事に気付きました。

 この二人の死体、どうしましょう。放置するべきか、どこかに持って行ってしまうか。

 試練なのに、無償で食べ物が手に入ってしまうという事はどうなのでしょうか。

 置いて行きたい気持ちもありました。特に、その二匹を見ていると。

 その二匹はここで知り合い、協力しているというよりは、前から友達だったという風に見えたのです。

 八年前の、あの時の私とオチビを思い出すような関係の二匹だったのです。

 見れば見てしまう程、死なないで欲しい、と強く思いました。

 しかし、やはり置いて行く事は駄目でしょう。強く在らなければ、ワイバーンはワイバーンとして生きられないのです。

 この群れから出て一番最初に会った、あのひ弱なワイバーンのようでは駄目なのです。

 あのような事にならないように、この試練があるのかもしれません。

 ……それでもやはり、少し悩みましたが。

 私は、リザードマンのその太い足一本だけでも置いて行こうかと思いましたが、それも振り切り、捨てに行きました。


 ふぅ、と二人分の死体を適当な場所に落としてから私もまた、試練の場所からまた離れ、智獣の足跡を探して歩き始めました。

 あの二匹の事を少し頭の片隅に置きながら。

 早ければ今年か来年にでも、色違いと灰色の番が出来るかもしれません。あの二匹は両方とも雄でしたが、雄と雌で友達になっている子供達が居ても全くおかしくありませんし。

 ……オチビは、どうしたら助けられたのでしょうか。

 唐突にまた、思い出した疑問が私の足を止めました。既に答は出ている疑問です。

 丁度、今から八年前の事です。月が赤くなり始める頃の時間帯ではありませんが、あの時の事が誰も居ない今、ありありと思い出されました。

 オチビは弱かった。マメと同じか、それ以下な程に。更に、精神的にも弱かった。

 ハナミズが試練を乗り越えられなかったのは精神的な弱さがあったからだろうと私は思っていました。力は一番あったのにも関わらず、兄妹の中では真中位の強さだったのもその証拠でしょう。

 でも、オチビはきっとハナミズよりも精神的にも弱かったと思えます。

 私があそこでオチビを死なせずに大蛇を殺せたとしても、その後の老ワイバーンとの戦いで生き残れたか。

 残念ながら、オチビの強さでは私の中では難しかっただろうと結論付けられました。

 結局、生き残れなかったのはオチビ自身のせいでもあります。しかし、もう一度何か試練があると分かりながらも、弱かったオチビに対して何もして来なかった私にも問題があった、という事でした。

 ……。

 本当に死なせたくないなら、生活を楽しむ事も捨てて、それに全てを捧げなければいけないのでしょう。

 私はまた、未だに整理が全く付いていない姉さんの事も思い出し、頭痛を覚えながらも止めた足を再び動かし始めました。

 その結論は、しかしこの群れの中では必要のない事でした。

 必要があったのは、姉さんの時でした。

 そして、私はそれを怠ったのです。


-*-*-*-


 夜になり、月も赤み掛かって来る頃になりました。

 結構歩き続けましたが、残念ながらあの二人を食べてからは泥棒を見つける事は出来ていません。

 毎年のように、子供のワイバーンの断末魔は聞こえて来るのですが、暴れるような声も聞こえません。

 もう、全員屠られてしまったのでしょうか。

 まあ、族長が二匹も探しているならあり得ない事でも無いかな、と思いました。少し残念でもありますが。

 帰ろうかな。少し眠くなっても来たし。

 そう思うようになりながらも、後もう少しと探していると、智獣の悲鳴が聞こえました。

 遠くで良く分かりませんが、すぐに消えるかと思ったら結構長い間続いています。

 何だろう? 私はその方に飛ぶ事にしました。


 智獣にしては珍しく、声にならない、発狂しているに近い悲鳴だったのですが、着いてみると納得の光景でした。

 族長が二人の智獣を抑えつけていて、その近くにはアカともう一匹のワイバーンが居ました。

 既に頭を失った人間が一人、ごろりと転がっています。

 そして今、アカが恐る恐ると言ったように智獣の頭に噛みつこうとしていました。

 ……どうして、頭を?

 族長は明らかに、頭を食べさせるように体を抑えつけていました。それも、人間やコボルトが喚いているのを無視し、敢えて健康な状態で。

 智獣を食べれば強くなれる、という事だけを教えている訳ではありませんでした。

 ばり、と人間の頭が首から離れ、ぼりぼりとアカは食べながら不思議そうな顔をしました。

 ああ、もうアカには追いつけないな。何て事はもう、些細な事でした。

 可能性は、限りなく高くなってしまった。もう、断定に近い程に。

 考えてみれば、その推測には簡単に辿り着けるのです。しかし、そうであって欲しくないと私は、それは推測でしかないと逃避していました。

 けれども、やはりそうなのでしょう。

 私は今、あの魔法を封じられる腕輪を身には付けていませんでした。今はそれは、私の巣穴の隅にひっそりと置かれています。

 私が腕輪を身に付けていないのは一種の願掛けでもあったのですが、もう、そうも言っていられないのでしょう。

 まだまだ、それが起こるのは先の事でしょうが、もう私には腕輪を身に付けないという選択肢はありませんでした。

 ああ。

 アカは不思議そうに一度跳躍しました。

 体が軽くなった感覚を楽しそうに感じています。族長は、さっさと食えと促します。

 今度は頭ではなく、腕でした。

 ……本当にそれは、起こるのでしょう。

 アカが腕を食べ、強くなる感覚がしていない事にまた純粋に不思議そうにしているのを見て、私はとても強く、願いました。

 次の族長は、アカであって欲しくないと。


少し遅れた。

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