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私、ワイバーンです。  作者: ムルモーマ
3. 私が真実を知るまでの物語
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15. 開始の音

 不死鳥が来る三日前の午後、雷雨の後に私はロを連れて、再び町へと行く事にしました。

 万全の体調で行きたいのと、ロが指名手配されている、という事を考えるとこの位の時間があった方が良いだろう、という事で余裕を持って行く事にしたのです。

 そうして、ドラゴニュートが私達の為に張ってくれた雨避けに体を小さくして入っていた性で凝り固まった体を解し、私は近くで欠伸をしているロに呼びかけました。

 ロはやっとか、と思うように私を待ちくたびれた顔で見て、体を伸ばしました。ぽきぽきと関節が鳴る音が響き、それから翼を広げます。

 そうして、「ヴルルッ」と喉を鳴らしました。

 私も喉を鳴らし、早速じめじめとした空気の中を飛びました。

 ロもすぐに飛びました。


 まず、数日おきに場所を変えて念入りに隠しておいた今回の鍵となる物、酸が入った瓶が入っている鞄の場所へと行きます。

 最後に狭い木の洞に隠したその鞄は盗まれる事もなく、ちゃんとそこにありました。

 中身も尻尾で開けて確認しますが、その僅かに水とも違うような液体が入っている瓶は七つ、なくならずにありました。

 閉めて、私はそれを首に掛けると、ロはそれが何だか気になるようでまじまじと見つめてきました。

「ラルルッ」

 これは駄目です。

 ロに持たせられるようなものではありません。

 それでも中身が気になるのか、鞄の臭いを嗅ごうともしてきたので、私はさっさと飛んで行ってしまう事にしました。


 この前と同じく、ロと言う討伐対象を連れているのでなるべく智獣と会わないようにゆっくりと進みます。

 昼間は道から外れた森の中をゆっくりと歩き、また時々休み、夜の内に空を飛んである程度の距離を詰めていきます。

 道が交差している場所では、一旦遠くで降り、私が先行して誰かが居たら脅して進みました。

 普通の馬に乗った智獣に見つかったとしたら、町に知らせに逃げられたとしても容易に追いつけるとは思うのですが、魔獣に乗った智獣に見つかってしまったら、そう簡単には追いつけないと分かっていました。

 追いつけたとしても、この鞄を首に掛けたまま戦うのは危険ですし、ロが見つからないよう細心の注意を払う必要があったのです。

 しかしこの調子だと、二日目には着くかもしれません。

 ロはこの鞄をずっと好奇心を持って見ていましたが、とても大切な物なのだろうという事は分かってくれたらしく、無闇に探ろうとはしてきませんでした。

 中に割ってはいけない物が入った鞄を首に掛けたままでは狩りもし辛かったのですが、ロが適当に獲物を狩ってきてくれるようになって助かりました。


 そうして何事も無く、三日目の早朝、不死鳥が来る日に私とロは町の近くまでやって来ました。

 飼われているワイバーンが狩りをする場所から離れた所で、ゆっくりと静かに体を休めます。

 作戦自体は簡単でした。

 ロが時間稼ぎをし、その間に私は姉さんを助ける。ただ、それだけでした。ロに難しい指示を出す事は出来ませんし、他のワイバーンに応援を頼む事も出来ません。

 群れに行ったとしても、もう春は過ぎたとは言え強制的に子を産まされる可能性もあるように思えました。

 勿論、智獣に助けを頼む事も出来ません。

 最初からその位の事しか出来ないと、私は観念していました。

 不安要素は幾つもあります。姉さんは飛べないだろうという事、また、姉さんは子供を産んでいるという事。

 何ともならない、という事態にはならない自信はありましたが、何とかなるという自信もそこまでありません。

 ただ、一つだけ、私は姉さんに選択肢の無い選択を迫る事になるだろうとは思っていました。

 姉さんの子、そして強制的にされたかどうかは分かりませんが、姉さんと交わった雄まで、私は助けられません。


-*-*-*-


 時間はいつもよりゆっくりと過ぎて行くように思えました。

 上空を智獣を乗せたワイバーンが飛んで行き、遠くの道では馬やまた、ケルピや大狼に乗った智獣が走って行く音が聞こえます。

 ほぼ確実に見つからないだろう、という場所に私は居るつもりなのですが、絶対に見つからないという訳ではないのです。

 それに加え、やはり私は緊張していました。

 失敗すれば、誰かが必ず死ぬ。私とロが逃げたとしても、姉さんは檻に戻される事なく殺されるでしょう。

 ロが時間稼ぎも出来ないようなとんでもなく強い智獣が現れれば、ロは逃げるかもしれません。ロとはそう長い間付き合って来た仲でもないのです。

 そうすれば、私も姉さんも窮地に立たされます。

 寝そべっていると、どく、どく、と心臓の音が聞こえました。

 緊張している時はいつもそうです。その時はいつも、時間の流れが遅くなるのです。

 上手く行くのでしょうか。

 自問しても、答えは出ませんでした。


 幸いに何事も無く、またいつもより早めに智獣達は町に帰って来ました。

 とは言え、それは私が太陽の傾きを見て確認した事であり、体感的にはいつもより遅く感じられました。

 早く帰って来た理由は勿論、不死鳥が来るからでしょう。私には何故か、その僅かしか居ない不死鳥の姿が記憶にありました。マグマのような、それでいて輝いている赤の羽を持ち、光の粉のようなものを鱗粉のように飛ばして飛ぶ姿は神々しいのです。

 それを見ている余裕はありませんが、少し残念にも思いました。

 記憶の中のそれは、鮮明な物ではありませんでしたし、鮮明に残っていたとしても実物を見た方が遥かに綺麗でしょうから。

 智獣が帰って来るのが一段落すると、ロは狩りに行こうと立ち上がりました。

「ラ゛ルッ」

 まだ、駄目だ。

 もう少し待ってからでないと危ないと、私はロを止めました。

 どれだけ帰って来るのか分かりませんが、まだ全員は帰って来ていないです。少し遅れて帰って来る智獣も少なからず居る筈でした。

 ロは渋々と、また座りました。


 辺りが暗くなり始め、ロはもう良いだろう? と私の方を向きました。

 あれからは数人、智獣が来ただけでした。多分もう、智獣の魔獣の狩りも終わっているでしょうし、私は「ヴゥ」と答えました。

 もう大丈夫でしょう。確証はありませんが。

 すると、ロもやはりそこそこは警戒しているのか、飛ばずに歩いて獲物を探しに行きました。

 とうとう、とうとうです。

 姉さんを見つけてから約五十日位が経ちました。

 不死鳥が来るという凄く珍しいイベントの絶好の日、とうとう私は姉さんを助けに行くのです。

 緊張も高まってきました。喧嘩の前のような緊張ではありません。

 もっと重々しく、楽しくない緊張でした。

 精神が削られていくような、そんな、何かを賭けたような緊張でした。

 賭けたものは、命です。失敗すれば、誰かが確実に死にます。

 ……失敗は、許されません。


 暫くして、ロが狩って来た山犬数匹を食べて、私とロは完璧に夜になるのを待ちました。

 二人だけまた町に帰って来たのをほっとしながらも怖く思いながら、それ以外に何事も無い事を祈り、時間が過ぎ去るのを待ちます。

 そして、夜は無事に来ました。

 ここまでは、確実に、とても順調に来る事が出来ました。

 ロという心強い味方も連れる事も出来ましたし、檻を破壊する為の酸も手に入れる事が出来ました。

 誰にも遭遇する事なく、この町まで来る事も出来ました。

 私は体を起こしました。ロもしっかりとした顔つきで私を見つめて起き上がりました。

「……ヴゥ」

 行く、と私はロに言いました。

 ロは無言で頷きました。


-*-*-*-


 空を飛び、ゆっくりと町へ近付いて行きます。遠くからですが、あの町の中央に赤く光っている、その不死鳥が見えました。

 まだ、ここからは格の違いというものは感じませんが、どう足掻こうが勝てないという事だけは分かります。

 後ろに居るロが少し震えたのも分かりました。

 ……果たして、今日に決行するのは正解だったのでしょうか?

 今更どうにもならない疑問が浮かんで来ました。

 月明かりも強く、私とロがこうして空を飛んでいる事も、こっちを注意深く見ている智獣が居たならば気が付いてしまうかもしれません。

 しかしながら、もうどうする事も出来ません。

 私は出来るだけ早くあの場所に着いてしまおうと、速く飛びました。ロも一瞬遅れて付いて来ました。

 緊張は、嫌な方向に高まっていました。


 すぐに檻の場所の真上に着きました。もう、誰かに気付かれているかもしれない、と私は焦っている自分に気付いていました。

 焦るのは良くないと分かっていましたが、時間がどれだけあるかも分かりません。

 しかし今回はもう死体を隠す必要はありません。私達がここに危険を冒しに来る事はもう無いのですから。綺麗に殺して隠す等という、時間を掛ける作業は必要ありません。

 ただ単純に、素早く殺す。

 それだけで大丈夫です。限られた時間は大して変わりありません。きっと。

 見張りは四十日経った今も少しは警戒はしているのか、前回とは違い二人二組に分かれてやっていました。

 しかしまだ、上空に居る私達には気が付いていません。

 ロはあっち、と指示し、私も鞄の紐を口で咥えてのこのこと歩いている二人に向けて急降下しました。

 空気を裂く音が耳に響き、地面が近付いてきます。

 視界の隅で、ロも同じく急降下しています。

 そして、最後まで二人は気付かないまま、私の両足に潰れて死にました。

 声は何も出さず、ただ肉が弾ける音がして、作戦は始まりました。

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