12. 何かの魂
「予備知識として、まず肉体と魂の事について少し話す。
そうでないと、あいつの事を説明出来ない」
魂。それが何なのか、俺には何となく分かっていた。言葉を覚え、同時に意味も少しながら知っていたが、それ以上にその性質について僅かながら知っていた。
「魂がなければ、生物は単なる抜け殻。肉体は魂の器であって、生物としての本質は魂にある。
魂には質や量の差はあれ、ここに生えている名も無いような草にもある。生まれる前、子という肉体が出来た時、植物なら種が、動物なら卵が、胎児が出来た瞬間から、重さも感じられず存在も殆ど感じられない、ただ空間を漂っているだけの魂がそこに入る。
魂がない生物はいない。
そして、お前が智獣を食べる事によって強くなれる理由はそこにある。
魔獣は、生きている、または死んですぐの肉体を食べる事によって体内にある魂を体の中に取り込む事が出来る。智獣も一応それを出来るが、体格の差からして到底無理だから、実質魔獣だけが出来る」
成程、と智獣の体ではあの量を食う事は出来ないなと思いながらも、疑問も浮かぶ。
なら、何故普通の獣を食らっても意味が無いんだ? 魂は同じく入っているんだろう。
そう思うと、麒麟はそれに答えるかのように言った。
「肉体にも量や質があるように、魂には重さが無くても量や質といったものがある。ただの獣を食べたとしても智獣や魔獣の魂と比べれば量も質も悪くて、取り込んだとしても意味を為さない。
取り込んだ魂は自分の魂と同一化するんだが、同一化出来ないって所。
分かったんじゃないか? 何故、その儀式をさせられた事によって、その強さを手に入れられたか」
……余り思い出したくない事だった。
肉体が衰えて来たら、俺も最後はそうしなければいけないと何となく分かっていたが、その理由がはっきりと分かった。
「……まあ、魂を取り込まれたとしても、全てを取り込まれる訳ではない事がある。
特に普通の智獣や魔獣よりも質の高くなった、例えばお前や、あの三つ角のお前の友のような魔獣では。
そんな魔獣は、転生という事象を引き起こす事がある」
……転生?
「……魂というのは、肉体が死に、魔獣にも取り込まれなかった場合、変質していく。
幻獣になると魂は目を凝らすといつでも見えるんだが、魔獣や智獣はそうじゃない。
けれども、変質していく時だけ、注意すれば魔獣や智獣でも目に見える。お前も見た事があるか?」
……ああ。
あれもやっぱり、魂だったのか。
子供の頃、森に連れて行かれ、懐かしい友を亡くした時。喧嘩中に死んだ仲間を弔った時。
空に消えていったあれは、魂だったのか。
「脳と共に魂にもあった記憶は洗い流され、親からの遺伝とは別にその生物の根幹となるような魂を基とした性格というのも消える。
そして、雲が千切れるようにして分解されたり、同じく他の漂っているのとくっついたりして空間を漂い、その内違う生物に入る。
けれども、数多くの智獣や魔獣の魂を身に取り入れて質の高くなった魂を持つ魔獣の魂は、空間を漂って洗われるのにかなりの時間が掛かる。
それが洗われる前に他の生物に入れば、それが転生になる。
ただ、質も量も高い魂だから、ただの獣にもそれは入らなければ、魔獣や智獣にもそれは入らなくなっている。
幻獣にのみ、それが入るようになる。
……幻獣というのは、そう言う魂を良く探すらしい。
気高く強く純粋に、群れを率いて生きて来た生物の魂だから、と俺の今の親は言っていた。
幻獣でさえ、魂を完璧に操ったり、また弄ったりする事は殆ど出来ないけれども、引き寄せたり、与える事位なら出来る。お前に言葉を与えたのもその応用。
そうして、引き寄せた魂を自分の子供に入れる事によって転生という事象は起こる」
……何か、話す口調に違和感を覚えた。
良く探すらしい。
俺の今の親。
いや、今になって気付いたが、どうしてこいつもあの儀式の事を知っている?
俺がまさか、と目の前の麒麟を見つめると、麒麟は言った。
「そうだ。俺もお前と同じ、群れを率いていた魔獣の長だった。俺は転生して、この麒麟と言う幻獣になった。
俺は、大狼だったが」
唖然としていると、その麒麟は自分を笑うかのように言った。
「前世では肉食だったのに、今は草食。
それに大して物を食わなくても生きられる。
血の味、肉の味、懐かしいその味は今では味わおうとすると吐き気がする。無理に食べようとして実際に吐いた事もある。
記憶にだけその美味しさが残っているのが更にいらつく。
まあ、この体になっても美味い物はあるが。
……いや、そんな事はどうでもいい。
お前は、嬉しいと思うか?」
俺は首を横に振った。それはワイバーンの中でも否定を表す動作だったが、奇しくも智獣の中でも同じなのが多いらしい。
「そうだろう。
生物というのは、死に囲まれて、そして自分の中にも死を持ってこそ、生物だ。
外包されている死と、内包されている死を持ってこそ、生物は生物として在れる。
誕生という始まりと、死という終わりを持ってこそ、生物だ。
不死鳥という幻獣が居る。そいつの肉体は粉々にならない限り不滅だけれども、魂は不滅ではない。肉体の所有している魂は一定期間毎に変わる。
他にもドラゴンという、幻獣とも魔獣とも智獣とも、ましてやただの獣とも全く違う、首を落とされても、言葉通り粉微塵になっても死ななければ、何も食糧を必要とせず、体の姿も自由自在に変えられる馬鹿げた生物がこの世界に一つだけ居るんだが、そいつにも寿命はある。
寿命がある、だから当然死ぬ。
生物と思えないドラゴンだって、生物として在る。
不死鳥だって、ドラゴンだって誕生の時はあった。そして両方とも死も迎える。
死とは無縁にあるような生物も、肉体と魂、両方とも死を迎える」
激しく、熱弁するかのように麒麟はそう語った。
そして、弱々しく、締めくくった。
「……死なない生物は、生物として言えない。転生なんて事象、起こらない方が良い」
しかし、そう言った後でまた、麒麟は言った。
「けれど、そのおかげで俺は、死ぬまで考えても全く不可解だった彼女について知る事が出来た」
……良く、言っている事が分からなかった。
彼女は、ここで生まれたんじゃないのか? しかし、この麒麟が言う限り、その麒麟の前世だった大狼の頃から、彼女は生きていた事になる。軽く見積もったとしても、それは百年を超える。
転生出来たとしても、出来るのは、魔獣から幻獣にだけだろう?
いや、これはまだ予備知識としての話なのか。
そう言えばまだ、麒麟は彼女について話してない。なら、分からないのも当然か。
先に結論を言って欲しいと、俺は思った。
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「ったく。何をしてきたんだ?」
ドラゴニュートは焚火で肉を焼いて齧り付きながら、夕方頃に帰って来た私とロを見て呆れていました。
ロは欠伸をして、ゆっくりと焚火の前に寝そべりました。
流石に、私も一日寝ずに過ごしたのは疲れました。私もつられて欠伸をしてしまいます。
……腹も減ったなぁ。
腹が減った状態で寝るのは余り好きではありませんでした。眠りもいつもに増して浅く、起きた時も酷い空腹に襲われて満足に休息出来ないのです。
けれども、疲れた。でも、腹も減った。
参ったと思いながら、私はまた肉を食いに行く事にしました。
コボルトの肉体は既に私の活動源として全て使われて、後は糞として空から落ちてしまったのでしょう。
まあ、いつもの事ですが。
私はのんびりと空を飛び、獲物を探しました。
……探している途中、何となく思いました。
私が何であれ、こうやってのんびりと、いつも通りの狩りをして、いつも通りの生活に戻りたいと。
群れに帰って。
まだ、群れを出て大した時間は経っていません。しかし、私はあの群れに帰りたいと切実に思い始めている自分が居る事に気付きました。
辛い事があろうとも、悲しい事があろうとも、そこはワイバーンとして普通の生活を出来る場所でした。いや、私が思える普通なのかもしれませんが。
普通こそが、普通と思える事こそがやはり一番安堵して居られる事なのかもしれない。いや、きっとそうなのでしょう。
ああ、もしかしたら私は普通になりたいからこそ、こうやって自分を知りたいのかもしれない。ずっと、頑張って来たのかもしれない。
捨てられないモノ、私を私たらしめる何かはどうする事も出来ません。
それは私を助けてくれた事もありましたし、それが無かったら私は既に死んでいたのかもしれません。
私は、口を緩めていました。智獣のような顔だったならば、私は笑っていたでしょう。
私を困惑させている私自身をきっちり知り、そしてけじめをつける為に私はこうやって今まで生きて来ました。しかし、その負の部分とも言える私自身に、私は助けられてきたのです。
矛盾しているような、そんな変な私に私は笑っていました。
もうすぐ、私は私自身を知る事が出来る。知ってしまう事が出来る。
この短い期間では私自身に関する記憶はほんの僅かしか知れず、手掛かりも僅かしか見つけられませんでしたが、私はその事を何故か確信出来ていました。
記憶の氾濫は、今は止まっています。
また流れ出して、何か僅かでもきっかけがあれば、私は思い出す事が出来るでしょう。思い出してしまうでしょう。
……覚悟は、しておいた方が良いのでしょう。
こんな短い期間で私自身の事を見つけられるかもしれないとは全く思いませんでしたが、もう、佳境に入っていると思えました。
姉さんを助けた時、もう私は私自身の事を知っているかもしれません。混乱の中でどうにもならなくなっているかもしれません。
私は血を飲み、骨を砕いて大蜥蜴の肉を食べ終えました。
口をしっかりと閉じ、私は戻りました。
何だかんだで投稿出来た。




