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私、ワイバーンです。  作者: ムルモーマ
3. 私が真実を知るまでの物語
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11. 焦燥

 ……嫌な予感自体はしていたのです。

 私の前世は知ってはいけないものかもしれない、という予感もあったのです。

 私がその前世の事を何か思い出したり、その影響が出た時、それに楽しい、嬉しいと言ったプラスの感情が出て来た事は一度もありませんでした。

 コボルトであった自分の顔を鏡で見ていた記憶、それの顔の表情は悲しいものでした。

 無意識に族長を救った時、その時は喜びよりも戸惑いが先に来ていました。

 この町を散策して知識の記憶を思い出していくとき、そこにあったのは邪魔という感情だけでした。

 しかし、今程その嫌な感覚はしませんでした。

 本当にどうして、私の思考している言語がコボルトの言語ではないのでしょうか?

 いや、考えるのは後にしよう。そうしなければいけない。

 今、やるべき事は考える事ではありません。考えるのはいつでも出来ます。

 深呼吸をして、私は無理矢理体を落ち着かせました。会話の声からして、二人の智獣はもう、すぐ側まで来ていました。

 檻の陰で身を潜め、私は尻尾の先を体の前に出します。

 ふぅ、ふぅ、と出来るだけ息を落ち着かせてじっと待ちました。

「その内ここ、やめるか?」

「次の勤め先があればな」

 その智獣達に家族が居ようとも、私には関係ない事です。私も、その家族を助ける為に動いているのですし。

 足が見え、続いて顔が見え、運悪く智獣の一人は私の方を向いていました。

 目と目が合い、直後に私は毒針を放ちます。

 かんっ。

 しかし、それは智獣には当たらず、後ろの寝ぼけている大狼の檻にぶつかって跳ねました。

 え? と私は一瞬茫然としました。どうして、こんな近距離で外してしまった?

 智獣は動いていませんでした。

 ……思った以上に、私は動揺している。

 私は気持ちの転換がまだ出来ていませんでした。その智獣二人が喋っていた事実は、深呼吸程度の事ではどこかに行かない程に、私の頭にこびりついていたのです。

 証拠に、いつも狙う時は僅かにも動かない尻尾がぶるぶると震えていました。

 智獣は短く息を吸い込み、私から距離を取って叫ぼうとしています。

 そうさせてはいけない。

 ほぼ無意識の内に私はまた毒針を飛ばしていました。そして、今度は叫ぼうとしていた智獣の口の中に刺さります。

「う゛ああ゛っ!」

 もう一人の智獣はそこでやっと私に気付き、私は無意識で放ったそれが上手く刺さった事に安堵しながらすぐに走りました。

 距離は僅かで、「え?」ともう一人の智獣が驚きの声を上げた時には私は体を回し、尻尾を二人に叩きつけます。

 しかし、一人の頭が胴体から離れてしまう感覚もしてしまいました。

 ……強くやり過ぎてしまった。

 体を回し終え、また目の前を見た時には、頭がなくなって胴体から激しく血が流れ始めているコボルトの死体と首がへし折れたリザードマンの死体があり、私の頭の中は血をどうしようと言う事に占められていきました。

 ただ居なくなった、という感じに始末するつもりだったのに。

 コボルトの頭が落ち、ごろごろと転がって行く音がして、取り敢えず、私は急いでその頭は食べてしまう事にしました。


 ばりばりと噛み砕きながら、檻の中で目覚めつつある魔獣達を傍目に私は急いで走ります。

 コボルトの首がもげた部分を咥え、既に大量の血が地面に流れ出ていましたが、更に出る血は極力飲むようにしました。

 僅かな高さで飛んで、このワイバーンの体重を支える足で掴むのは少し難しいのですが、リザードマンの死体も爪を突き刺しつつ何とか持ち上げて一旦森の方へ逃げます。

 血を飲みながら、流石に二人分の重さは少し辛いかな、とも思いつつ、私はまた考え始めていました。

 他種族を嫌う海の向こうの人間の国の言葉。それが私の思考している言語でした。

 ……私の前世は本当にコボルトなのでしょうか?

 前世が男だったという事には未だに納得出来ていません。その鏡で見た自分の顔の記憶は、私がコボルトに変装した人間だった?

 でも、あれは確かに本物のコボルトの感じがします。

 あそこまで正確にコボルトに変装するとしたら、顔の皮を剥ぐとかしなければ難しいとも思えます。

 しかし、私はそこまで残虐ではありません。智獣も殺しますが、苦しませて殺すような趣味もありません。前世でもそれは同じだったと思います。

 ……え、あれ?

 どうして、私は元が智獣だったのに、私は最初にリザードマンを、智獣を食べようとする時、抵抗が無かったのでしょうか?

 そしてまた、気付きました。

 一番最初に儀式に訪れたコボルト達には、私の父が負けて連れて行かれたコボルト達には、見覚えがありました。

 ならば、どうしてその言語と一致しなかった?

 どうして、その事にその時気付かなかった? 何も違和感を感じなかった?

 心臓が酷く不安定に私の体を襲いました。血の雨を降らしてしまう程に強く噛まなければ、コボルトの死体を落としてしまいそうでした。幾ら強く足でリザードマンの死体を掴もうとも、落としてしまいそうでした。

 ああ、思い出してしまう。

 ……思い出してしまう?

 何が私にあったんだ? 私の前世は一体?


 ロの居る場所まで戻り、私はぜいぜいと息を切らしながら二人分の死体を降ろしました。

 この疲労は肉体的なものよりも、精神的なものの方が大きいと思えました。

 しかし、やらなければいけない事はまだ終わっていません。ロには、姉さんを見て貰わないといけません。

 最善でも私がこのワイバーンを助けたい、としか伝わらず、彼女が私の姉であるという事までは伝わらないとは思いますが、ロが手助けしてくれるかどうかは聞かなくてはいけません。

「ヴル?」

 リザードマンの死体を食っていいか、とロが尋ねました。

 私は頭だけなら、と尻尾で頭を指して答えました。

 もう、死んでからそこそこ時間が経っているので食べたとしても強くはなれないとは思いますが、ロはばりばりと頭蓋を噛み砕いてリザードマンの頭を食べました。

 そして案の定、ロは「グゥ」と悲しそうに喉を鳴らしました。

 こんな勿体ない事と、私を少し睨み付けても来ましたが、私はそれを無視してロに付いて来るように身振りで示しました。

「……ヴ?」

 本当に? と少し町の中に入るのを躊躇うように私に聞いてきました。

「ヴル」

 大丈夫、と私は言い、ロを急かして飛びました。


 もう一度魔獣の檻の方を見ると、月明かりは殆ど無いので物陰程度しか見れませんが、まだ誰も私が二人を始末した事はばれていないように思えました。

 しかし、夜の見張りを二人でずっとやる訳でも無いでしょうし、月が赤くなり始める夜のの真中の時間までも余りありません。

 大して時間は無いでしょう。

 私は戸惑うロをまた急かして檻の方へと降り立ちます。

 降り立つとすぐに、がしゃがしゃと拘束具の金属音を鳴らして双蛇が私とロの方を睨み付けているのが何となく分かりました。

 そっちの方を見ると、僅かな月光に反射されて双蛇特有の黄ばんでいる、いつでも威圧していそうな四つの目が私と降り立ったロを睨み付けていました。

 がん、と強く音が鳴った方を見れば、青虎が力任せに檻を叩き、私達を威嚇していました。

 普通の獣だったら檻があったとしても怯えたりするかもしれませんが、檻の事をきっと知らないロでもそこから出られないという事は分かるようで、ロはただ興味津々に青虎を眺めていました。

「ウオオンッ!」

「ヴォウッ」

「シャアアッ」

 何か、騒がしくなってきました。

 時間は思ったよりも少ないかもしれません。私は再度ロを急かして走りました。


 記憶を頼りに、少し走り、ワイバーンが多く居る檻の方へと私は辿り着きました。

 きょろきょろと周りを見回して、私は姉さんの檻を見つけて歩み寄りました。

 まだ助けられる訳でもないのに、ぬか喜びさせるだけとかもしれないと、少し嫌な思いもあり、出来るだけ絶対助けると伝えられるようにしようと決めました。

「ヴッ……」

 しかし、私は思わず姉さんの体を見て呻いてしまいました。

 卵が、腹の中に出来ている。

 少し膨れた腹と、今は助けられない事を察して悲し気に私とロを見つめる目は、やはり私には長時間受け止めていられないものでした。

 その私の心苦しさを察してか、ロも私が頼みたい事を分かってくれたようです。

 しかし、やはり最大の問題が立ちはだかっています。この頑丈な檻をどうやって壊すか、という事です。

 二足歩行でこの体を支えられるワイバーンの脚力を以てしても、この檻が破壊出来ない事は姉さんの体の傷が物語っていました。

 ロも体当たりをしてみて、その硬さを知り、私に本当に出来るのかと疑問を感じています。

 ……手段としてはやはり、薬物に頼るしかないと思います。檻の一部を溶かして、破壊し易くします。

 無意識に使える魔法に頼る事は出来ませんし、鍵を奪う何てこと、この体では奪うより破壊してしまう可能性の方がずっと高いように思えました。また、この体では開錠も難しそうですし。

 しかし、私の頭の中にこの檻を溶かせそうな薬物の知識があるとは言え、それはワイバーンの骨をも溶かせる胃液よりも遥かに強いものでなくてはいけません。短い時間で溶かせなければ、意味はありません。

 檻を壊し易くし、脱出出来る量の薬物を手に入れる事、且つ、それをここに掛ける手段を見つける事。

 それは鍵を奪うと同じ位難しい事かもしれませんが、その方法は時間を掛けられる事ですし、僅かながら伝手も私にはあります。

 やはり、それが最善だと思えました。

「……ヴゥ」

 次は、絶対に助けに来る。

 私はそう伝わるように、力強く喉を鳴らしました。

 檻を破壊する以外にも問題はありますが、私だけでやる訳ではありません。

 ロも私の頼み事を手伝ってくれるようで、同じく姉さんに強く喉を鳴らしました。

 姉さんも、最後の希望を託すかのように私とロを見つめました。

 すると、光源が遠くに見えました。とうとう異変に勘付いて誰かがやってきたようです。

 ロがその方を向いて戦おうとするのを止め、私はもう一度姉さんに「ラルルッ」と鳴きました。

 姉さんも「ルル」と小さく鳴き、そして私とロはここから去りました。


 また、コボルトとリザードマンの死体を置いた場所まで戻り、私とロはその死体を食べて一息吐きました。

 不死鳥が来る日まで、まだそこそこ時間はある。

 焦る必要はない。

 誰にも見られなかったとは言え、私はあの町の智獣を二人殺しました。血を出してしまいましたし、すぐに戻るのは流石に怪しまれるでしょう。

 一旦、あのドラゴニュートの所まで戻ろう。

 そう思い、私はロの方を見ました。

 「ヴウ?」

 もう行くのか?

 不満そうにロは立ち上がり、私は「ヴゥ」と、もう行くと、答えました。

 用心に越した事はないでしょう。

 仕方ないようにロは立ち上がり、私よりも先に飛びました。

 私も飛び、ロの後に続きます。

 ふと、細く赤い月を見ると、私は知ってしまった事を思い出してしまいました。

 ……本当に、私は私自身の事を知った方が良いのでしょうか?

 もう、知ろうと思えば知る事が出来る気がしましたが、私はそうしようとは思えませんでした。

 ロの協力を得る事が出来たというのに、どうも達成感に浸れませんでした。

いきなりポイントが伸びてびっくりしてます。

現時点で日間8位、週間79位にもなっていて、驚きばかりです。

これからもお願いします。


……しかし、学祭が近いから次怪しい。

宣伝にハシビロコウを描いているこの頃。

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