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私、ワイバーンです。  作者: ムルモーマ
3. 私が真実を知るまでの物語
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6. 記憶の幸福

 町に入ってから数日が経ちました。

 魔獣や家畜のみならず、様々な種類の智獣の怪我も緑色の魔法で治してしまうコボルトの家に、私は居候という形でのんびりと毎日を過ごすようになりました。

 その日々の中、様々な智獣の会話を聞き始め、全てではなかったのですが私は大半の言葉を理解出来る事を知りました。

 ただ、それは軽く十を超える数で、それが異常だという事ははっきりと分かりました。しかしながら、未だに私は自分自身が思考している言語が分からないのです。

 もっと、違う地域に行かなければいけないのかもしれない。

 そう思いながらも、地理が分からないので、地理を知る事が出来るまでここに留まっていようと思っていました。


 腹を満たし、体を鈍らせない為にある程度運動した後に私は町に戻りました。

 町を出入りするのに煩わしい手続きとかは必要なく、ただ私はまた中庭に着地するだけで良いのはとても楽な事です。

 中庭には既にコボルト、呼ばれている名前はファル、が居ました。本名はファル・アール、だそうです。

 独身で、広い家の管理を使用人に任せ、今日も腕組みをして私について悩んでいました。

 私が名無しである事、智獣と行動を共にしたのは初めてである事、それなのに言葉が理解出来、智獣の生活に合わせられる事、様々な事を聞かれてそれに答えている内にファルは「訳が分からない」とばかり呟くようになっていました。

 毎朝、毎晩、仕事の前と後は私の前で独り言を呟いています。

 生まれつき言葉を理解出来るのはあり得ない。言葉の概念を知り、理解した魔獣は賢くなるが、それとも私は違う。複雑な質問にも身振りで答えられるものなら何でも答えられる賢さ。

 前世があるのか? とか、そんな質問を聞かれたら私は、そうです、と答えるつもりだったのですが、流石にそんな変な質問は、ファルはしませんでした。

「……何度も聞くが、生まれつき、なのか? その思考能力は」

 私が何度も聞かれた時と同じように頷くと、ファルは「あり得ない……」と同じように呟きました。

 ファルは私が普通のワイバーンでない事に気付き、それについて考えてくれていましたが、何故、前世を持っているのかは証明してくれなさそうでした。


 今日も悩んだままファルが家の中に戻り、私も玄関の方の庭へと軽く飛んで移りました。

 正面はそこそこの人通りで、聞こえる言葉の種類も内容も様々なので、私が記憶を思い出したりするのには最適な場所でした。

 この数日でどれだけの事を思い出したのか、もう数えきれない程です。

 しかし、それについても、どう考えても不自然な点がありました。

 ケットシーが魔法について話していました。それがかなり専門的な話で、余り他の智獣は知らないであろう事だというのも私は知っていました。

 コボルトが、自分の故郷の部族について話していました。そこでの習慣等について話していたのですが、私はそれを知っていました。勿論、そのコボルトが話していた言語は私の思考している言語と違いました。

 同じような事が、既に十回を越えて起こっています。

 私は前世でどのようにして生きていたのか、もう想像すら出来ませんでした。

 知らない事の方が少ない、と思える程に私は万象の事を記憶の中に封じ込めているようでした。

 私の思い出された記憶の容量は、もう八年間ワイバーンとして群れで暮らしてきて培って来た体験や記憶よりも遥かに多いようにも思えるのです。


 暫くしてワーウルフ、タルベ・イプサがやって来ました。腰には木刀を携え、また肩からその体躯には似合わない小さな鞄を提げていました。

 タルベはそんなふさふさで肉付きの良い体をしているのに、見た目が合わない職に前は就いていたそうで、その事は余り話したがりません。

 過去の事に後ろめたい部分があるのか、私に聞かれると不都合なのか、もしくはそれ以外なのか私には分かりませんが、私はタルベを完璧に信頼する事は出来ませんでした。背に乗せる事は無いでしょう。

 可能性としては、ファルを背に乗せる方が高いと思えました。

「よお」

 タルベは私に手を振って挨拶をし、私は立ち上がり、喉を鳴らして返しました。

 初めて町の中に入った時、このファルの家に着くまでにずっときょろきょろ辺りを見回しながら歩いていると、タルベが次の日から町を一緒に歩いてやろうか、と言ってくれたので私はそれを喜んで頷きました。

 流石に知性があるとはいえ、智獣よりも巨躯で膂力があり、その気になれば沢山の智獣を軽く惨殺出来る魔獣を一匹でぶらぶらさせる訳にはいかないのもあり、とても助かる事でした。

「さて、今日はどうする?」

 私は尻尾で行きたい方向を指し示しました。

「分かった。じゃあ、今日も行くか」

 タルベを前にして、私は歩き始めました。


 智獣の生活を目にする度に、私の眠っている膨大な記憶は起こされます。町に入ってからずっとそれは変わらず、また、終わりませんでした。同じものを目にしても、違う記憶が呼び起される事は普通の事になっており、何も思い出さない方が珍しいのです。

 有象無象の事が私の頭の中に新たに展開されていくのは、どうしても私の思考を妨げます。それは結果として、少しぼうっとした状態で私はタルベの後ろに付いて行かざるを得ないという残念な事になっていました。

 一体、私はどれだけの事を眠った記憶の中に持っているのでしょうか。

 その記憶の中には、もしかして私自身に関する記憶もあるのではないのでしょうか。

 そうだとしたら、私は単に記憶喪失みたいなだけで、何か軽いショックで自分の事を思い出せたりしてしまうのかもしれない、と思うようにもなりました。


 町の、地面がきちんと舗装されている中心部から少し離れた場所の方が魔獣は多く住んでいます。

 この町では戦って負けたり、何かの利害関係が一致して智獣に従っている魔獣よりも、飼育されて売られた魔獣の方がとても多く、私はそんな魔獣を見る度に少しやるせない気持ちになりました。

 柔らかく心地良い寝床を与えられ、太った家畜の美味しい脂身の乗っている肉や智獣の作った美味しい料理等を偶に食べたりし、外敵なんて全く気にせずに暮らせるのは確かに幸せなのかもしれません。

 ただ、後は智獣を乗せて駆けたりするだけで良いのですから。

 しかし、私はそうはなりたくないと思います。……いや、その生活はもう私には合わないと断言出来ました。

 それも一種の幸せの形なのでしょうが、私があの群れで暮らしてきた、強くなる事を柱とした緊張感溢れ、自然と共に生きる楽しく厳しい生活とは全く違う形でした。

 私が飼われている魔獣のように生活したとしても、空虚感や倦怠感が有り余るだけでしょう。

 くあ、と首輪に繋がれた大狼が欠伸をし、私を寝ぼけた目で見つめました。

 目を合わせてると、私も大狼も、何を考えているのか分からないという感じになりました。

 私がそっち側を理解する事も、その逆も、それは良くて頭のみの理解であり、納得は出来ないのだと思えます。

 私は目を逸らし、タルベの後をまた付いて行きました。


 大人は殆ど私に近付いて来ないのですが、子供は私に良く近付いて来ます。

 無邪気に私に触れたり、喋りかけたりして来て、周りの大人達からは酷く心配そうな目で見られて対応に困るのですが、そんな風に居られる事も羨ましく思えました。

 前世の記憶が無ければ、魂が引き継がれなければそれは私ではなかったのでしょうが、そうだとしたら前世がある私よりも幸せだったのだろうと思っていました。

 そうであれば本当にワイバーンとして、ワイバーンらしく等という無駄な思考もする事もなく、自分という存在に何も疑問を抱かずに生きていけたのですから。

 しかし、前世がある、という事で私は今まで生きて来られた部分もあるのです。

 前世の記憶なしで試練を生き延びられたか、また、色違いとの戦いで生き延びられたか、それは分からないのです。正直に思うと、死んでいただろうとも思いえました。

 ……私は今、幸せなのか、良く分かりません。ただ一つだけ言えるのは、今、私に近寄っている子供達の方が幸せだろうという事でした。

 私を見上げて、人間の女の子の一人が言いました。

「ねぇ、スティってどうかな?」

 私が名無しだと知られてから、私に名前を付けたがる子供が多く、その挙げられる名前の候補に私はいつも首を振っていました。

 名前は他者に付けられるものだと思ってはいたものの、子供に付けられても余り嬉しくないです。

 ……気に入るものも結構あったのですが。

「鉄のように強くっていう感じもあるんだけど、どう?」

 体に差し障る怪我は全て治してもらいましたが、全ての傷を治して貰った訳ではなく、私の体が傷だらけなのは変わりません。

 ファルやイプサが強いと言わなくても、私の傷だらけの体からして強いだろうと思われていました。

 スティと言う名前も中々良いな、とも思いましたが私は首を振りました。

 続けて、違うケットシーの男の子が言います。

「ジルヴァって良いだろ?」

 子供は本当に、どうして排泄物が好きなのでしょうか。

 特にこの男の子は毎日、どこで調べて来るのか様々な言語の糞尿を意味する言葉を私に名付けようとしていました。

 勿論、私は首を振りました。

 イプサが、私が様々な言語を聞き取れるという事を教えたらどうなるのでしょう。

 そんな事を思いながら、私は淡々と、心の底ではひっそり楽しみながら首を振り続けました。


 目で見る以上の大量の情報が頭の中で氾濫する中、私は毎日来る、町の中央の近くにある噴水と掲示板の場所に着きました。

 智獣がいつでも集まっているこの場所で、流石に魔獣である私が掲示板を読むのはまずいと思い、ちらちら見るだけに留めておきました。

 文字まで読めるとばれたら、何をされるか分かったものではないですから。

 言葉を理解出来る魔獣は居ても、文字を読める魔獣は異常過ぎると私は知っていました。

 それでも、こっそり遠くから目を凝らして見ると、様々な情報が入ってきます。

 ロらしきワイバーンの討伐の依頼は、かなり高額な報酬が支払われる事、他にも様々な魔獣や智獣の討伐依頼や指名手配がありました。一つだけ幻獣の討伐依頼がありましたが、それはとんでもない高額でした。

 誰も少し見るだけで、やろうとしている智獣は居ませんでしたが。

 他には、働き手の募集や遠くの情報、学校の生徒募集、調査依頼等、様々なものがいつもありました。

 そして一つ、智獣が集まっている張り紙があり、それは我を忘れて凝視してしまいまう内容でした。

 ……幻獣が、来る?

 幻獣の一つの種類である不死鳥が近い内にここに来る、と書かれていました。

 何をするのか等は詳しくは書かれていませんでしたが、周りの智獣の会話からしても害は無さそうでした。

 もしかしたら、何か分かるかもしれない。

 こんな場所に訪れる幻獣は、無闇に殺したりはしないでしょう。

 何か、何でも良いから聞けたら聞こう。言葉が無くとも何とかなる筈だと、確信出来るような気がして、私はそう思いました。

 それまで、私は地理が分かってもここに居る事に決めました。

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